第9話 B級の怪物

「着いたぞ。開けてくれ」

「許可証を」

 隼人は無言で胸元から黒いカードケースを取り出し、警備員へ差し出した。

 端末の青いライトが点灯し、認証完了の表示が浮かぶ。

「……確認。Bクラス国家霊能管理官、神宮寺隼人。通行を許可します」

「他の三名は?」

 警備員が聞いてきた。

「一名は新入りだから許可証を持ってないし、後ろの一名は陽菜管理官と拘束対象だ」

 警備員は端末から顔を上げ、隼人たちを順番に見回した。

「……新入り、ね。そっちの青年か?」

 視線がサトルに向けられる。

 サトルは肩を跳ねさせたが、隼人が代わりに答える。

「ああ。研修扱いだ。許可証の発行は後日になる」

「了解……で、そっちの二人が“陽菜管理官”と“拘束対象”ってわけか」

 警備員の目つきが鋭くなる。

「……確認した。では通行を許可する」

 警備員が端末に指を走らせると、ゲートが重々しく動き始める。

 廊下を進むと、壁に埋め込まれたモニターに過去の作戦記録や警戒図が流れている。

 警備員は無駄なく動き、それは以前、サトルが岸田に事情聴取された部屋だった。

 面会室兼事情聴取室の前で、護衛が軽くドアを押す。

「……入れ」

 岸田は書類を閉じ、指先で机を一度だけ叩いた。


「――では、拘束対象の御巫唯だが、君は死刑だ」

 唯は、震える声をようやく絞り出す。

「そ……そんな……私は……何も……」

「死刑と言っていても、執行猶予がついた」

「執行猶予……今すぐってわけじゃないわけ?」

「そう。一から説明しようか……例の物を持ってきてくれ」

 岸田が指先だけで合図を送ると、後ろに控えていた若い職員が無言で頷き、首輪状の物を机に置いた。

「唯君にはこれを装着して任務に行ってもらう」

 机に置かれた“首輪”を見た瞬間、唯の顔から血の気が引いた。

 金属光沢はほとんどなく、代わりに黒く鈍い質感があり──まるで処刑具そのもののようだった。


「……な、なによこれ……監禁用の枷……?」

「そう思ってくれてかまわない。無理に外そうとしたら、頭が吹き飛ぶぞ」

 岸田は淡々とした声のまま、机の上の首輪に指先を置いた。

「……っ!」

 唯の顔から血の気が引く。

 息を呑む音がはっきり聞こえるほど、彼女は全身を強張らせた。

「安心しろ。いきなり爆破するための物じゃない。

 “管理のための装置”だ。君が逃げたり、命令を無視したり――あるいはまた暴走の兆候を見せた時に、局側が“止められるようにしておく”だけだ」

 唯の瞳がかすかに揺れ、恐怖と屈辱が混じった感情が滲み出る。

「……結局、死刑囚に爆弾つけて走らせるって事じゃない……」

「違いは一つだけだ。君にはまだ“生きる余地”が残されている」

 岸田の声は冷たいが、淡々とした事務処理ではなく、どこか“線引き”のある声だった。

「執行猶予は“任務遂行が前提”だ。協力すれば期限が延びる。成果を上げれば刑は軽くなる。無茶はさせないが……裏切れば、それまでだ」

 隼人が口を挟む。


「唯、覚悟を決めろ。あれは脅しじゃない。局は本気だ」

 唯は唇を強く噛んだ。

 震える指先が少しだけ机の端を掴む。

「……拒否権は……ないのよね?」

「最初から用意してない」

 岸田の返事は機械のように速かった。

 唯はゆっくりと目を閉じ、細く息を吐く。

 そして――観念したように、かすれた声で言った。

「……分かったわ。つければいいんでしょ……その首輪」

 そう言って唯は渋々机の上の首輪を装着した。

 乾いた音がして首輪が閉じられた瞬間――

 部屋の空気がわずかに凍りついた。

 岸田は書類をめくりながら、感情の読めない声で言う。

「確認した。……それでいい。唯君、その首輪は“霊力抑制と監視”のためのものだ。

 装着を拒んだ場合は、その場で死刑だった」

 唯は喉を震わせながら、ようやく声を出す。

「……なんで……私が……こんな……」

 岸田は淡々と続けた。


「君には執行猶予が与えられた。ただし条件付きだ。これは“自由”ではなく、“猶予”だと理解しろ」

 隼人が腕を組んだまま、横目で唯を見る。

「逃げる選択肢だけは考えるな。首輪の爆弾だけじゃない。監視官も常に張りつくことになる」

 唯は唇を噛み、悔しさと恐怖で声を押し殺した。

「……で、その“条件”って何?」

 岸田はようやく顔を上げ、書類を閉じる。

「任務だ。君には“霊災事件の現場協力者”として働いてもらう。あと、陽菜君がダメージを受けているからな、代わりの局員を派遣するから少し待て」

 岸田が淡々と説明すると、唯は俯いたまま、奥歯を噛みしめた。

「……結局、働かされるってことじゃない」

「その通りだ。ただし――君の働き次第では、刑は軽くなる。首輪の扱いにも慣れるだろう」

  唯はその言葉に小さく息を呑む。

 隼人は腕を組んだまま、無言でその様子を見ている。

 サトルはどう声をかけていいか分からず、ただ不安げに岸田と唯の顔を交互に見ていた。


「局員はすぐに来る。君たちは一度ここで待機だ」

 岸田はそう言い残すと、書類の束を手に扉の外へ出て行く。

 重い静寂が部屋に落ちた。

 唯は椅子に深く腰を下ろし、両手で自分の首輪をそっと触れた。

 金属特有のひんやりした感触が伝わってくる。

「……これ、本当に爆発するの?」

 恐る恐るサトルに尋ねる。


「……ああ、多分。隼人が嘘つくタイプじゃない」

「だから怖いのよ……!」

 唯は思わず声を上げ、すぐに口を押えて俯いた。

 隼人が静かに口を開く。

「唯。覚えておけ。これは罰でもあるが、“猶予”でもある。お前が勝手な真似をしなければ、爆発する事はない」

 その声音は厳しいが、どこか冷たすぎるわけでもなかった。

 唯はしばらく黙ってから、小さく息を吐く。

「……分かったわよ。好きに使えばいいんでしょ、私を」

 その時――

 控えめなノックがあった。

「失礼します、局員を連れて来ました」

「失礼しまーす! 呼ばれたんで来たんすけど!」

 勢いよく扉が開き、入ってきたのは――

 東龍二だった。


「ん……東龍二?」

 唯が龍二の方へ顔を向けた瞬間、龍二は軽く眉を上げた。

「……東龍二、で合ってるわよね。あなた、結構な有名人よ。霊能力を使わずに戦ってるんですって?」

「いや?その噂は嘘だ。S級にはちゃんと霊能力をちゃんと使ってるぞ」

 唯が思わず瞬きをする。

「……十分化け物じゃないの。本当にあなたB級なの?」

「いやいや、俺は正真正銘の B級だよ。霊力の総力が少ないから、Aになれないんだよ」

「総量が少ない……あれで?」

 唯の眉が動く。

「よく目を凝らしてみろ。霊能者ならその総力が見えるはずだ」

 隼人が唯にそう言うと、唯はわずかに眉を寄せ、龍二をじっと見つめた。

「……ほんとだ。霊力の量だけ見れば、私より遥かに少ない」

「だろ?」

 龍二は嬉しそうに笑い、隼人は呆れたように肩をすくめた。

「――で、本題に戻るぞ。龍二、お前は陽菜の代わりに現場協力任務へ同行する。それでいいな?」

「もちろん。面白そうだしな」


 緊張と軽口が入り混じる空気の中──

 新しいチームが、ゆっくりと動き出そうとしていた。

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