第2話 不採用

 故郷の漁村を出て三十日後、俺の視界は遂に王都を捉えた。


 ずっと家業を手伝っていたので体力に自信はあったが、一人旅は初めて。知らない道や土地を進み、モンスターや野盗に気を張りながら過ごすのはなかなか大変だった。


 もし俺が【剣士】のスキルしか持ち合わせていなかったら、三十日では王都に辿り着けなかっただろう。下手すると、命を落としていたかもしれない。


 人には言えないが、十三のジョブ遍歴の中で得た様々なスキルに助けられた。


 恩恵が大きかったのは【鉱夫】時代に覚えた【暗視】、【商人】時代に覚えた【収納空間】などだろうか。野営道具を背負わず、夜も歩き続けることが出来たので、大幅に旅程を短縮できた。


 旅を振り返りながら歩いていると、王都を囲む城壁が迫ってきた。今までに見たこともない高さだ。一体、人何人分の高さがあるのだろう。


 その威容に圧倒されながら王都の門を潜ると、そこは異世界だった。漁村とは比べ物にならない巨大な石造りの建物が立ち並び、道行く人々の服装は華やかで、馬車が絶え間なく行き交っている。


「すげぇ……」


 思わず呟きが漏れる。目の前に広がる喧騒と活気は、漁村での生活しか知らなかった俺には刺激が強すぎた。


「おい! 危ないぞ!」


 呆気に取られて口をあんぐり開けていると、後ろからきた馬車に轢かれそうになる。


 俺は飛び退いて深呼吸をし、意識を改めた。


 王都に何をしに来たのか? 俺は手に職をつけにきたのだ。


 父は「騎士団を目指すもよし。冒険者にだってなれる」と言っていた。流石に漁師の息子が騎士団に入れるとは思えない。当面の間は冒険者として暮らしていくしかないだろう。


 冒険者になるには、王都に数多あるという冒険者ギルドのいずれかに所属しなければならない。さて、どうしたものか……。


 辺りを見渡すと、人の良さそうな門衛が暇そうにしている。とりあえず、聞いてみるか。


「あの、すみません。冒険者ギルドってどこにありますか?」


 門衛はニヤリと笑う。


「やっぱり声を掛けてきたか。だいたい、田舎から出てきた冒険者志望の若者は俺に『冒険者ギルドはどこ?』って聞いてくるんだ」


 なんだか、恥ずかしい気分になる。


「……そうなんですね……」

「あぁ。それで俺の答えはいつも決まっている。ギルド案内所にいきな。この大通りを真っ直ぐ進んでいけば、左手に看板が出ている。そこでは、いま所属メンバーを募集している冒険者ギルドを教えてくれる筈だ」

「案内所ですか?」

「あぁ、そうだよ。この王都には大小様々な冒険者ギルドがあるからな。そして冒険者になるために若者がわんさか押し寄せてくる。その両者をつなぐのが案内所だ」


 なるほど。自分の足で探すより、遥かに効率がよさそうだ。


 礼を言って、言われた通りに歩き出す。あまりの人混みに挫けそうになるが、かき分けながらなんとか進む。


 しばらくすると、左手に「冒険者ギルド案内所」の看板が見えてきた。俺は泳ぐようにして、案内所の扉に近付き、やっとの思いで中に入った。


 ギルド案内所は、板張りの落ち着いた建物だった。カウンターにぽつんと一人、受付嬢が座っている。漁村の女性とは違い、垢ぬけていて可愛い。


 俺は顔が赤くなるのを意識しながら、カウンターに近付いて話し掛けた。


「あ、あの、冒険者ギルドに所属したいんですが……! ここに来れば案内してくれると聞いて!」


 受付嬢は口に手を当てて噴き出す。笑われてしまった……。


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。年齢とジョブを教えてください」

「ウォルト、十八歳。ジョブは【剣士】です」


 必死に冷静を装って答える。


「【剣士】ですね。今、前衛職を積極的に集めていてお勧めなのは、Sランクギルドの『天空の盾』です。倍率も高いですけど、所属することが出来れば、最高の待遇と最高の環境で成長することができます」


 Sランク。最高の待遇と最高の環境か。もしかして、俺は【漁師】を授からなくて、正解だったのでは?


「その『天空の盾』の場所を教えて欲しいです」

「わかりました」


 受付嬢は地図と紙を取り出して、サラサラと『天空の盾』までの道のりを描き移す。


「頑張ってください」 


 俺は内心舞い上がりながら、地図のメモを受け取り、その足で『天空の盾』のギルド本部へ向かった。



#



 『天空の盾』の本部は、白い大理石でできた宮殿のようで、門番も騎士のような重装備だ。ここで冒険者として働けるなら、人生は安泰かもしれない。


 緊張しながら受付を済ませ、面接室に続く廊下で、俺は足を止めた。


 向かいから歩いてくる女に、思わず目を奪われたからだ。


 白銀の鎧を身に纏い、腰には装飾の美しい細剣を下げている。透き通るような銀色の髪は光を受けて輝き、翡翠色の瞳は、まるで王都の空そのものを閉じ込めたかのようだ。


 女は俺を見付けると足を止め、ニコリと笑顔を作る。


「所属希望者さんですか?」

「は、はい! ウォルトといいます!」

「面接、頑張ってください」


 笑みを浮かべたまま、女は通り過ぎていった。


 なんて綺麗な人だろう。一目見ただけで、心臓の高鳴りが止まらない。きっと、『天空の盾』所属の冒険者だ。俺も一員になれれば、毎日顔を合わせることになるのだろうか?


 やばいな。滅茶苦茶テンションが上がってきた。漁村にいた頃、俺は自分のことを女性に興味がない人間だと思っていた。しかし、それは間違っていたらしい。


 王都で冒険者として成功し、女の人と仲良くなりたい! 今、俺はその第一歩を踏み出す。


 意を決して面接室に入り、椅子に座った面接官と対峙した。面接官は、肩に盾のエンブレムをつけた厳めしい男だった。


「名前と年齢、ジョブを」

「ウォルト、十八歳。ジョブは【剣士】です」


 面接官は値踏みするような視線を俺に向ける。  


「履歴書を見せてもらおうか、ウォルト君」


 腰のポーチから、折り畳まれた履歴書を取り出し、面接官に渡す。履歴書はカリア教の神官からもらった正規のものだ。何も、問題ない筈……。


 面接官は、その紙を広げた瞬間、顔色を変えた。眉間に深い皺が刻まれる。


「……君は、三年間で十二回も転職しているのかね?」

「は、はい。その、いろいろと適性を試しまして……」


 面接官はため息を深く吐き、冷たい視線を俺に向けた。


「不採用だ、ウォルト君」

「えっ……」

「当ギルドは、一時の熱でジョブを変えるような軽薄な人材は求めていない。専門職としての継続的な努力を評価する。君の履歴書は、その真逆をいっている。【剣士】になってからまだ日も浅いし、スキルも覚えていないだろう。ウチに入りたいなら、最低でも三年は同じ【剣士】として経験を積んでからきたまえ」

「……そんな……」


 彼は俺の履歴書を、まるで汚物でも扱うかのように、俺の手に戻した。


「失礼だが、君のようなジョブホッパーはすぐにギルドを辞め、また別のジョブに逃げるだろう」


 顔が熱くなる。俺の実力を見ようともせず、たった一枚の履歴書で否定された。


「……失礼しました……」


 俺は何も言い返せず、面接室を後にした。



#



 Sランクギルド『天空の盾』に断られた後、俺は絶望しつつも、諦めきれずに他のギルドを訪ね歩いた。しかし、結果は同じ。Aランク、Bランクはおろか、立ち上げたばかりのEランクギルドにさえ、所属することは出来なかった。


 「こんな転職を繰り返している人は見たことがない」

 「ウチは長く働いてくれる人材を求めている」

 「キミの履歴書は……ええと、前例がないので採用は難しい」


 どのギルドも、「履歴書」という紙に書かれた、「三年間で十二回の転職」という事実を何よりも重視した。


 まさか転職を繰り返すことが、冒険者ギルドに所属する上でこんなにも不利だったなんて……。


 王都の大通りを歩きながら、俺は悟った。


「俺、冒険者になれないな……」


 全身の力が抜け、王都の華やかな光景が、自分とは全く関係のない遠い世界の出来事のように感じられた。


 土地勘のない王都をふらふらと歩く。


 いつの間にか、空は茜色に染まっていた。仕事もないのに、普通の宿に泊まることは出来ない。そんな余裕はない。しかし、今日だけは野宿したくなかった。ベッドの上でぐっすり眠りたい。


 俺は人通りの少ない裏道に入り、王都の外れ、薄暗い地域へと足を踏み入れた。


 昼間の華やかさとは一変し、ここには澱んだ空気と、酔っ払いや犯罪者の視線が渦巻いている。だが、今は背に腹は代えられない。


「あの、この辺りで一番安い宿はどこですか?」


 地べたに座り込み、壁に背を預けてぼーっとしている老人に尋ねる。


「うぅ、宿? トカゲの尻尾、安い」


 そう言って、老人はある建物を指差した。煉瓦造りの建物が見える。随分と古そうだ。


「ありがとう」

「うぅ」


 老人に礼を言い、俺は「トカゲの尻尾」と呼ばれる建物に足を向ける。看板はなく、錆び付いた重厚な鉄の扉だけがある。


 俺は恐る恐るドアノブを廻し、中に踏み込んだ。


 魔石の切れかけた灯りの魔道具がカウンターを照らす。カウンターにはそり頭で、片目に眼帯をしたおっさんがいる。アクが強い。


 おっさんは残った眼でギラリと俺を睨み付け、口を開いた。


「宿か仕事か、どっちだ」


 宿か仕事? どういうことだ? ここは仕事も斡旋してくれるのか?


「両方」


 俺の答えを聞いて、おっさんはニヤリと笑い、手招きした。それが、全ての始まりだった。

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転職回数が多くて正規ギルドに入れないので、闇ギルドで成り上がる フーツラ @futura

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