Day?
「私、最近考えていることがあるの。」
「何?」
「『多様性』って、なんだろうって。」
「なるほど。」
「よく世界ではさ、『自分らしく生きること』って言われるじゃん。」
「そうだよね。」
「私、ちょっと違うと思うの。」
「………」
「もしも世界が本当にその意味で『多様性』を重視するなら、『自分らしく生きるため』に人を迫害したり、『自分らしく生きるため』に誰かに殺されたりしても、許されるってことでしょ?そこでは、社会的に『偉い』一部の人しか幸せになれなくて、他の人は無視されることになる。」
「………確かに、そうだ。みんな、自分勝手だから。」
「私ね、『多様性』は、『自分らしく死ぬこと』だと思うんだ。」
「どうして?」
「この世の中ではさ、死に方を決められない人が大勢いるんだよ。自殺でも、そう。満足に死んでいく人は、ほとんどいない。それは、やっぱり一部の人が『多様性』を履き違えているからだと思うんだ。だから、可愛いワンピースを着たり、美味しいものを食べたり、危険な仕事をしたり、好きな人と一緒にいたり。そうやって死んでいくことが、一番の幸せなんだ。それを邪魔する権利は、どこにもない。」
「………君は、今幸せ?」
「幸せ。」
花を添えた。もうそこにない、私の故郷に。空と瓦礫しか見られない、かつての戦場に。
彼と手を繋いだ。この人が、私の大好きな人だ。
みんな、見てくれてる?戦争が、終わったよ。帰ってきたんだよ。
「行こうか。」
ここにいると、壊れてしまう気がした。彼と一緒に踵を返してしまった。
雨が降っていた。イギリスで降る雨とは違う。じっとり、私たちを包むように。私たちを慰めるように。それでも、彼は変わらず赤い傘をさしていた。
「………私が、避難先でイギリスを選んだのはね。」
「うん。」
「雨が、よく降るからなんだ。」
赤い傘の中で。傘に落ちる雨音と、私の声だけが響いていた。
「雨に、打たれたかったんだ。」
「うん。」
泣いていた。目を見開いたまま、声が震えているのをそのままに。
「もっと、早く帰って来れたらなあぁ………!」
彼が何も言わず、私を抱きしめた。それが最後だった。静かで、孤独なこの場所で。私は大声で泣いた。彼が背中をさすってくれるから、泣くしかなかった。
迷惑ばかりだ。私は、この人に迷惑ばかりかけている。
「悔しいね。」
「………!」
「僕も、悔しいよ。」
ガラス玉のように透き通った、それでいて耳の奥に染み渡るような、彼の声。
「でも、生きるしかないよ。」
彼が、私の顔を見て、微笑んだ。もう私は、泣いていなかった。
何も言わず、私たちは歩き出す。
私たちの明日へ、帰るために。
レンガと屋根の家 蒔文歩 @Ayumi234
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