光の村へようこそ  ― 逢えなかった言葉たちの行き先 ―

ケンネル

第1話 父との再会

「うん? ここはどこだ?」


男は自問自答するように呟いた。

男の名は、忠彦。


周囲を見渡すと、どこか懐かしい風景が広がっていた。

穏やかな川のせせらぎ。

小鳥のさえずり。

田んぼが一面に広がり、その間を一本の農道が伸びている。


忠彦は迷彩柄のポロシャツに白いズボン。

背中にリュックを背負っていた。


「確か、さっきまで家のベッドで寝ていたような……」

だが、それ以上の記憶は霞がかかったように曖昧だった。


――ああ、これは夢だな。


そう思いながら、一本道を歩き出した。


しばらく行くと、小さな民家が点在しているのが見えた。

「しかしどこだろう……以前にも来たような場所だが」


やがて道は山へと続いていた。

頂には寺のような建物が見える。


「ああ、これはいつも見ている風景だ。いつか行ってみたいと思っていた場所だ」


忠彦の趣味は神社仏閣巡り。

毎年正月には友人と七福神を巡り、ノートに感想をしたためるのが習慣だった。


今の状況は、まるでその延長のようだった。

夢の中でさえ、心は穏やかだった。


「よし、登ってみよう」


忠彦は声を弾ませ、緩やかな坂道を登っていく。

息も上がらず、足取りは軽かった。


その時――


「忠彦ー!」


山の上から声が響いた。

顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。


「……親父?」


それは、忠彦が成人する前に事故で亡くした父・友彦だった。


「親父が、どうして……?」


友彦は神妙な顔つきで、ゆっくり坂を降りてくる。

そして忠彦の前で、いきなり土下座をした。


「許してくれ! 忠彦。お前には苦労をかけた。本当にすまなかった!」


涙を流しながら謝る父の姿に、忠彦は言葉を失った。


父・友彦は博打と酒に溺れ、家庭を壊した男だった。

忠彦は中学生の頃から新聞配達をして家計を支え、

やがて夜学の高校に通いながら働いた。

そんなある日、友彦は酔って交通事故に遭い、帰らぬ人となった。


膝をつき、忠彦は父のそばにしゃがみ込む。


「もういいよ、親父。もう終わったことだから。泣くなよ」


「いいのか……? 本当に許してくれるのか?」


「当たり前じゃないか。もう済んだことだ」


「ありがとう、忠彦……ありがとう……」


忠彦は父を抱き起こし、背中を軽く叩いた。


――それにしても、親父の格好は……


亡くなった時と同じ、汚れたジャンパーとヨレヨレのズボン。


「汚い格好して……これに着替えなよ」


そう言ってリュックから服を取り出し、手渡した。


「いいのか?」


「もちろんだよ」


父は嬉しそうに着替え、少し照れくさそうに両手を広げた。


「似合うか?」


「おう、似合うよ」


ふたりは笑い合った。


だがその直後、忠彦が振り向いた時、父は静かに言った。


「もう帰るのか?」


「家に帰るだけだよ」


「家……?」


友彦は深く息をつき、ゆっくり首を振った。


「忠彦、お前はもう“こっち”の人間だ」


「……何を言ってるんだ、親父?」


友彦は優しく微笑んだ。


「お帰り、忠彦。よく頑張ったな。お前は、もう“光の村”の住人だ」


忠彦は、ただ呆然と立ち尽くした――。

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