第30話 肩の荷物
朝食をナギの家でいただいてから、アザードは一旦
荷物を置いているとはいえ、何も告げずに宿に戻らなければ女将も何事かと思うだろう。
――龍帰亭の前で、
収まっていたはずの砂塵が心の中で舞って、闇の底に飲み込まれそうな気がした。
胸の嵐が治まらないまま野盗と遭遇して、荒れた気持ちで剣を振るって、すべてを壊してしまいたい衝動に陥る。自暴自棄な仄暗い気持ちが、胃の縁から上がってきた。
……なのに自分は今、またこの日の当たる道を歩いている。
フードの下から覗いた世界は、外套の色味のせいだろうか、今までよりもほんのり明るく感じた。
「……」
新しく袖を通したナギお手製の外套は、彼が言っていた通りに軽くて、大きめに開いた袖口からは前の外套よりも空気が通る。
肩が、軽くなった気がした。
***** *****
龍帰亭に入ると、食堂で女将と客が談笑している。目が合ったので、小さく「おはよう」と声をかけた。
「! おはようアザード。昨日はどこに行ってたんだい?」
気さくに尋ねる女将に、アザードはナギの家に泊まった、と伝えると、「ああ、ああ。それもいいんじゃないかい」とニコニコと笑うのが何故か気不味い。
そしてアザードの姿を上から下まで見て「それ、あの子の作った外套かい? ……いいのにできたねぇ」と言うので、アザードは何だかくすぐったくなって「……ん」とだけ答えた。
それが彼の照れ隠しだということに、女将はもう気がついていた。
「こないだは悪かったね、命拾いしたよ」
女将と談笑していた客をよく見ると、先日荷運びの護衛依頼を受けた荷主の男だった。アザードと荷主の男は街に着いた後、野盗の襲撃による事後処理と事情聴取のために街に据え置かれて帰宅予定が延びてしまったのだ。その後は二人で慌てて村に帰ってきたので、アザードへの仕事の報酬も未払いのままだった。
「確か、ここに泊まってるって聞いてたから……ハイ、これこないだのお礼」
男から渡された報酬の中身を見ると、最初に提示されていた金額よりもかなり多い。アザードは「こんなに貰えるようなことはしていないが」ともらった袋を荷主に押し返した。
「いや……積み荷も無事に街に届けられたし。君がいなかったら命すら危なかった。正当な金額だよ」
受け取ってくれ、と、再び袋を押し返されたので、アザードは小さく会釈をしてそれを懐にしまった。不意に、可笑しさが込み上げてきて笑みをこぼす。アザードが急に笑い声を小さく上げたのを聞いて、女将と荷主の男は驚いた顔をした。
「……いや、悪い。この村はお人好しばかりだなと思って。アンタ達、人がいいのは結構だけど、もう少し人を疑った方がいいんじゃないか? 皆がみんな、あの男みたいなことを言っていたら騙された時がしんどいと思うぞ」
笑いながらも、半分呆れたような声色でアザードは忠告した。
女将は、そんなアザードを見て薄く微笑む。
「……アンタがどんな厳しい世界で生きてきたか……私にゃわからないけれどさ。厳しいばっかりの世界があるのなら、優しい世界があってもいいんじゃないかい」
女将の言葉に、アザードはフードの下で目を見開いた。
「……しばらく仮眠する。昼まで声はかけないでくれ。昨日、遅くまで飲んでたんだ」
少しかすれた声色に、女将は明るくわかったよと返す。
「あの子、ザルだからねぇ……。同じペースで飲むと潰れちまうから気をつけな!」
朝から豪快に笑う女将に、できればそういう情報は事前に知りたかった、と思いつつ、アザードは軽く手を上げて二階の自分の客室に消えていった。
「彼……こないだ俺が仕事を頼んだ彼だよな?」
アザードの背中を見送った女将に、荷主の男が独り言のようにポロリとこぼす。ん? と男を見た女将に、男は自分の心の声が漏れ出ていたことに気がついて、少々奥歯に物の挟まったような言い方をした。
「いや、その……こないだとは随分印象が違うな、と思って……。一緒に街まで行った時にはその……まるで幽霊みたいだったからさ」
実は給金の支払いが遅くなったのもその事が原因で……と、男は女将に街までの間にあった出来事を話した。
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【新版】龍の案内人と焼痕の旅人 🐉東雲 晴加🏔️ @shinonome-h
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