ロッカーベイビー

月塔珈琲

ロッカーベイビー

 ほこり臭くて、かび臭い。

 暗くて狭い、自分の心を現したような場所で、あたしは目を覚ました。

 背中に当たっているのは、細くて長い棒のようなもの。頭上を見れば、汚れを吸って灰色に変わってしまったモップの頭があった。

 あたしと同じだ。

 人々の悪意を吸い取って、薄汚れてしまった心を抱えながら、もう二度ともとには戻れない白さを夢見てる。

 でも、限界だ。

 この世界は、あまりにも汚れが多すぎる。

 ふき取っても、ふき取っても、次々に悪意は生まれていく。


 放課後、あたしはクラスの女子たちに、このロッカーの中に閉じ込められた。

 はじまりは、些細なことだったんだ。

 たとえるなら、今日の朝みたいに家で飼ってる水槽のメダカに餌をやり忘れた、ぐらいのことだ。


「明日実って、本当はわたしたちのこと、バカにしてるでしょ?」


 毎日、あたしは彼女たちの良いところを探して、褒めておだてて、思ってもいないことを口にして作り笑いでやり過ごす。

そうして色の違う自分を隠すため、みんなと同じ色になるよう自分を嘘で塗り固めていく。


 なのにあたしはミスをした。今日に限って、彼女たちに餌をまくのを忘れてしまった。

 いや、違う。

 忘れたのではない。

 嫌気がさしてしまったのだ。

 そんな日が来るなんて思っていなかった。

 馬鹿みたいに変化のない日常は今日も続くと思っていた。


 些細な変化を、彼女たちは見逃さなかった。

 あれよあれよと、彼女らのあたしに対する日ごろの不満が、小さな水槽から水があふれるように零れ落ちる。


 無視から始まって、教科書を隠されて、聞こえるように悪口を言われ、最後にロッカーに押し込められた。


 狭いロッカーの中は、この世界のようだとあたしは思った。

 汚くて、暗くて、一部の優しい人たちが次第に汚れていく。

 汚れてしまったモップや箒と同じだ。

 いずれ新品に変えられて、お役御免の灰色の清掃道具は焼却炉に捨てられる。

 そんな道具たちは、再生されることを夢見てるのかな。


 あたしは夢見たよ。


 すべて元通りになることを。


 でももう無理だろうなぁ。彼女らがあたしを許しても、あたしはきっと彼女らを許さないと思う。

 馬鹿にしてた?

 だって仕方がないじゃない。

 あたしはあなたたちと違うもの。

 あなたたちと同じように、あたしは灰色になんてなれない。


 もう何年も前から、あたしの中は真っ黒で。

 白い心なんて、とっくに消えていた。


 わずかに白いあなたたちが、あたしはうらやましかった。


 どんなに綺麗な言葉を吐いたって、あたしは綺麗にならなかった。


 薄暗いロッカーの中で、あたしは自分を捨ててくれる人を待っている。

 でもさ、こんなに汚い人間をさ、誰がゴミ箱まで運んでくれるの?


 みんな自分が汚れることを嫌うから、自分でゴミ箱に進むしかないよね。


 あたしは狭いロッカーの中で立ち上がろうとする。

 ああ、このロッカーを開いたら、産まれなおせたらいいのに。


 汚れを隠し通して、周りを黒く汚そうとしていたのかな。

 そんなあたしに気が付いたから、あたしはロッカーに押し込められたのかな?


 この扉を開いても、何も変わらない。

 でもあたしは自分の足でいかなきゃいけない。

 ゴミ箱の中へ。その先の焼却炉へ。


 本当は変わりたかった。

 生まれ変わりたかった。


 狭いロッカーの中でうまく立ち上がれないあたしは、這いずりながらロッカーの外に出た。


 暗い教室。

 生まれなおしてもきっと、祝福してくれる人なんていない。 

 窓の外の夕闇は星を隠して、ゴミ箱さえも照らしてくれなかった。





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ロッカーベイビー 月塔珈琲 @tsukito_coffee

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