私は国会議員。野次を飛ばすのが仕事だ

いずも

第1話

「お前に私の地盤を引き継いで欲しい」

 突然の提案に面食らった。私はただのカバン持ちであり名ばかりの秘書だ。

「私なんかが先生の後を引き継ぐなんて恐れ多いことです」

 これは社交辞令ではない。本心からそう思っている。

「いや、私の後継者はお前だと最初から決めていた。何のために全国津々浦々を連れ立って要人と引き合わせたと思っているんだ。後援会にだって幾度となく足を運んできただろう。あれはお前の顔見せでもあったのだ」

 先生の声が少しずつ強くなるのを感じた。

 もう声を出すのも辛い状態のはずなのに、その言葉は一つ一つはっきりと聞き取れた。


 これは本気だ。

 私が今更どうこう言ったところで覆るものでもないだろう。ならば私が取るべき行動は先生のため、そして何より有権者のために清く正しい活動を執り行う立派な政治家になるための宣誓だろう。

 私はゆっくりと、しかし確実に大きく頷いた。それが意味するところを察した先生が僅かに息を漏らし、大きく息を吸い込む。それに合わせて私も息を吸い込む。


「よろしく!!!!!!!!!!! 頼むぞっ!!!!!!!!!!!!」

「はいっ!!!!!!!!! お任せください!!!!!!!!!!!!」



 私は国会議員。野次を飛ばすのが仕事だ。

 とにかく一番大きい声で野次を飛ばすこと。先生からの教えはそれだけだった。目が痛くなるような小難しい文書に目を通す必要もないし、頭の薄いガマガエル共が集う会合に出向く必要もない。そんなものは勉強だけが取り柄の秘書にでも任せておけばいい。私はただ国会中継のさなか、目立つタイミングで美しく完璧な野次を飛ばすことだけに注力してきた。


 回数を重ねるごとに奥が深いと感服せざるを得ない。

 ただ汚い言葉で罵るだけなら簡単だ。その匙加減が難しい。放送出来る範囲でギリギリの野次を飛ばさなければならない。罵詈雑言の取捨選択は一筋縄ではいかない。ウケを狙って「ケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか!」と叫んだらバッサリカットされて折角の失言が放送されない事態となった。どこかの週刊誌が極秘入手したと言って公開した音声にも配慮のためか私の発言には謎のピー音が入り、逆に注目を集めた。


 どうやら私のような野次専門議員は各地方に存在するらしく、年末には一堂に会して一番野次が上手かった議員を決める催しがあるようだ。

「あなたが有名なピー音さんですか」

「いやぁ規制音議員さんと会えるなんて光栄だなぁ」

「お見事でしたよあの口撃。あれを自主規制するマスゴミなんてクソ食らえです」

 本気で称賛しているのか皮肉を言っているのかわかりにくい。所詮は同じ穴のムジナか。

 流石に、というか当然というべきか。私はやりすぎ議員の烙印を押され入賞とはいかなかった。後で知ったのだが、ここで入賞することで支援者から得られるお金が変わってくるのでどこの地方も必死なのだ。


「お前は一番声がうるさいから選んだ。だみ声で目立つからな」

 そうおっしゃってくれた先代の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 私は必死に野次を飛ばした。おかげで翌年から二年連続で美野次大賞を受賞した。技術点、芸術点ともに過去最高得点での受賞となり翌年の野次連合交付金が文字通り桁違いだったことを覚えている。



 さて、そろそろ私も政界を引退する歳になった。

 肉体的な辛さはもちろんのこと、何より喉が限界だった。野次議員の政治家生命は平均2.5年、私は任期満了まで政治家としての務めを果たせたことを誇りに思う。

 野次議員の多くは途中で喉をやられ、最後の方は無言のままうつむき加減に座っているか居眠りしている。国会中継でよく目にする居眠り議員の大半は彼ら野次議員の成れの果てだ。彼らは政治家としての職務を最後まで果たせず沈んでいった負け犬である。しかしながら自分もその一人になってしまう可能性もあった。ともすればあまり彼らに対して罵る声も大きくは出来ない。小声で「ザーコ」と囁くのが関の山だ。


 この仕事、最初は戸惑ったが少しずつ楽しくなってきたのも事実だ。

 ひとえに、その真髄に辿り着けたからかもしれない。


 野次とはコールアンドレスポンスではない。魂のぶつけ合いだ。ただ発言者の言動に対して呼応して発するだけのものではないのだ。

 わかりやすく言えばMCに対する客の合いの手という印象が強いかもしれないが、根本からして違う。

 国会答弁と野次の関係性は歌と歌のぶつかり合いだ。演者と客の立場で考えてはいけない。それぞれが主役で、対バンと言った方が正しいのかもしれない。与党バンドと野党バンドの対バン形式で、どちらが主役に躍り出るかの勝負なのだ。それに気付いた時、私の野次議員としてのステージが上がった気がする。



 とある道場で出会ったスポーツ馬鹿をカバン持ちにした。この男は見込みがある。後継者にするなら彼のような男が良いと心底思った。


「押忍!!!!」

「威勢がいいな。やはり私が見込んだだけのことはある」

「押忍!!!! しかし、なぜ私を? 勉強も出来ないのに」

「それはな、お前の声が大きいからだ」

 そしてこの仕事に一切の疑問を抱かない馬鹿だから。


 ――ああ、自分が選ばれた理由もやっとわかった。

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