君に咲く、放課後の花

ひよこ

第1話


第1章 ー 普通じゃない夕暮れ


昼休みのチャイムの音が、タチバナ高校の校舎全体に響き渡る。

椅子が引かれる音、クラスメイトの笑い声、そして教室を飛び出す足音が空気を満たしていた。


しかし、窓際の隅で、


アヤカ・シラサキ


は静かに座っていた。

そこから、日差しに満ちた中庭を見つめている。

春の風が窓の隙間から入り込み、彼女の髪をそっと揺らした。


アヤカ:「静かな雰囲気だな」 (とアヤカはつぶやく)


リン:「シラサキ、ここ座ってもいい?」


「シラサキ、お昼食べないの?ほら、余ったお弁当持ってきたよ。」


その明るい声は、


リン・トウドウ、


幼なじみの親友からだった。

明るい茶色の短い髪が揺れながら、アヤカの机の上にお弁当を置いた。


アヤカは薄く微笑んだ。


アヤカ:「ありがとう、リン。今日はお弁当を持ってくる時間がなくて。」


リンは後ろの席に座り、アヤカはリンの方に振り向く。


リン:「最近、よくボーッとしてるよね。何かあった?」


アヤカは少しうつむいた。


アヤカ:「さあ…毎日が同じに感じるの。ただ、何も変わらないみたいで。」


リンはため息をつき、そして大きな笑顔を見せた。


リン:「じゃあ、あたしが今日を特別にしてあげるよ!」


と元気いっぱいに言った。


アヤカは小さく笑ったが、胸の奥に言葉では説明できない温かさが広がっていた。


............


その日、昼の授業が始まる前、担任の先生が新しい女生徒を連れて入ってきた。


担任:「みんな、今日は転校生が来ました。自己紹介をお願いします。」


黒く長い髪の少女が入ってくる。

髪は肩を越えて美しく流れ、右側には小さく光る髪留めがつけられている。

その瞳は静かで、しかしどこか謎めいていた。


カスミ:「綾波カスミです。」


柔らかいがはっきりとした声でそう言った。


カスミ:「今日からこのクラスに入ります。よろしくお願いします。」


クラスは一気にざわめき始めた。


生徒1:「めっちゃ可愛い…」

生徒2:「なんかオーラあるよな…」


しかし、アヤカは固まっていた。

なぜか、カスミの目に見覚えがあるように感じた。

まるで、どこかで会ったことがあるかのように。


担任はアヤカの隣の空席を指差した。


担任:「カスミさん、シラサキの隣に座ってください。」


カスミは優雅に歩き、その席に静かに座る。


一瞬、二人の目が合った。

カスミはふっと微笑む。その笑顔だけで、アヤカの心臓は理由もなく高鳴った。


カスミ:「よろしくね……アヤカ」


アヤカ:「え…うん」


.................


放課後、空はオレンジ色に染まり始めていた。

アヤカはいつものように、気持ちを落ち着かせるため校舎の屋上へ向かった。

夕暮れの風は、散る桜の香りを運んでくる。


だが今日は、彼女は一人ではなかった。


カスミはすでにそこにいた。

屋上の柵にもたれ、夕日の光に照らされた黒髪が輝いている。


カスミ:「あ…ごめんなさい。誰かがよく来る場所だとは思わなくて。」


カスミは優しい声で言った。


アヤカは黙って近づいた。


アヤカ:「大丈夫…私もよく一人でここに来るから。」


しばらく沈黙が続く。


聞こえるのは風と鳥の声だけだった。


カスミはアヤカの方を向き、深い瞳で見つめた。


カスミ:「シラサキさん…変だよね、この感覚。まるで昔から知っていたみたい。」


アヤカは動けなかった。

その言葉は心の奥に突き刺さり、説明できない波紋を生んだ。


アヤカが返事をしようとした瞬間、屋上の扉が大きな音を立てて開いた。


「シラサキ!」


鋭い声が響く。バン!


ミユ・ホシザキ

長い銀色の髪をなびかせた生徒会長が立っていた。

風で生徒会のブレザーが揺れている。


彼女の視線はまっすぐアヤカへ、そしてカスミへ移る。

その目には、言葉では説明できない感情があった。


ミユ:「シラサキさん…生徒会室へ来てもらうわ。」


アヤカは困惑しながら振り向く。

一方のカスミは、何かを知っているかのように、静かに微笑んだ。


つづく…


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第2章 ー 影に満ちた部屋


放課後の屋上は、まだ夕焼けの色に染まっていた。

その中で、ミユ・ホシザキの鋭い声が響く。


「シラサキさん、生徒会室まで来てもらうわ。」


アヤカは固まった。

ミユの目――冷たく、鋭く、しかしどこか重い感情を含んだその視線は、思わずスカートの裾をぎゅっと掴ませた。


隣に座っていたカスミが、ゆっくり顔を向ける。

その口元には、またあの薄い笑みが浮かんでいた。

まるで、この緊張を楽しんでいるかのように。


「呼ばれているみたいですよ、シラサキさん。」

と優しく言う。


アヤカは唾を飲み込む。

「わ、わかった。行くよ。」


ミユは返事を待たず、堂々とした足取りで歩き出す。

アヤカは立ち上がり、ちらりとカスミを見る。

カスミは深い瞳で見つめ返し、小さく頷いた。


――『行ってらっしゃい。また後で話しましょう』

そう言いたげに。


.....


生徒会室


生徒会室はいつも整然として静かだと言われる場所だ。

だが今日は、空気が違っていた。


静寂。

聞こえるのは、壁掛け時計の秒針の音だけ。


ミユは窓辺に立ち、夕陽に照らされた銀色の長い髪が輝いていた。

外を見つめたまま、顔を向けずに口を開く。


「シラサキさん……放課後、屋上によくいるの?」


不意の質問に、アヤカは少し驚く。


「えっ…はい。あそこが好きで。落ち着くっていうか…。」


ミユは振り返り、青い瞳でじっと見つめる。

その視線は、心の奥まで覗き込むようだった。


「気をつけたほうがいいわ。屋上は誰でも行く場所じゃない。まして――」


言葉を切り、視線を落とす。


「まして、誰かに見られているとしたら。」


アヤカは瞬きする。


「見られてる? …どういう意味?」


ミユはすぐには答えなかった。

ゆっくり歩み寄り、二人の距離は数歩だけになる。


「私はずっと見てたのよ、シラサキさん。前からずっと。」


アヤカの心臓が跳ねる。

その言葉は、重すぎる。

真っすぐ過ぎる。


返事をする前に――


ガチャッ。


生徒会室の扉が開いた。


「なーんだ、ここにいたのか。」


明るい声。

リン・トウドウだった。


しかしリンは、二人の間に漂う緊張を見て一瞬固まる。


「えっ…邪魔しちゃった?」


アヤカは慌てて顔を振る。

「い、いや!全然!」


ミユは小さく息を吐き、距離を戻した。


「問題ないわ。また続きは今度にしましょう。」


......


夕暮れの帰り道


帰り道、校舎の廊下はもう静かだ。

リンはアヤカの横を歩きながら、空気を変えようとする。


「で?生徒会長なんか言ってた? 顔、めっちゃ赤いよ。」


アヤカは両手で顔を隠す。


「な、なんでもないよ。普通の話。」


リンは半眼で見つめる。


(普通の話で、その表情になる?)


二人が階段を降りたとき――


廊下の奥。

一人の少女が壁にもたれて立っていた。


カスミ。


薄暗い廊下に、彼女だけが静かに存在している。

目が、まっすぐアヤカへ向いた。


また、あの笑み。


アヤカは足を止め、息が浅くなる。

リンも振り向き、険しい目つきを向ける。


夕暮れに照らされた校舎で――


3つの視線が交錯した。


リンはアヤカを見る。

カスミは遠くからアヤカを射抜くように見つめる。

そしてアヤカの頭の中には、ミユの言葉がまだ残っていた。


――「私はずっと見てたのよ、シラサキさん。前からずっと。」


心臓の鼓動が速くなる。


その瞬間、アヤカは悟った。


彼女の日常は、もう終わったのだと。


つづく…

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第3章 – 彼らの間に落ちる影


廊下に響く足音は、ゆっくりとしたリズムを刻んでいた。

薄暗くなり始めた学校の照明が壁に淡い光を投げかけ、

向かい合って立つ三人の影を伸ばしている。


カスミはまだ壁にもたれかかったまま、

まるで彼女の周りだけ時間がゆっくり流れているかのようだった。

視線は一瞬たりともアヤカから逸れない。


一方、リンはアヤカの少し前に立ち、その姿勢はまるで盾のようだった。


アヤカは唾を飲み込む。

ただ立っているだけのカスミ――

その静かな笑みが、胸を締めつける。

理解できない感情。

けれど、目を逸らすこともできなかった。


「シラサキさん。」


カスミは口を開いた。

声は柔らかいのに、奥に何かを隠しているようだった。


「こんなに早く、よく顔を合わせるなんて思わなかった。」


リンはすぐに振り向く。


「よく顔を合わせる?どういう意味?」


カスミは薄く笑い、壁から体を離した。

長い黒髪が動きに合わせて静かに揺れる。


「なんとなく……運命が、私たちを会わせている気がするんです。」


アヤカはまばたきをした。

“運命”という言葉が、胸の奥に刺さる。


リンは眉をひそめ、何か言い返そうとする。

だが、先にアヤカが小さな声で口を開いた。


「カスミさん……どうしてずっと私を見ているの?」


空気がさらに静まる。


カスミはゆっくり歩み寄り、

二人との距離が数メートルまで縮まる。

視線は一度も逸れない。


「あなたをもっと知りたいからです。

シラサキさん、あなたを一人にしてはいけない気がするんです。」


アヤカは言葉を失った。

心臓が、落ち着かない。


リンは息を呑み、低い声で言う。


「まるで昔から知ってるみたいな言い方。転校してきたの、今日でしょ?」


カスミはそこで足を止め、笑みを浮かべる。


「昔から知っていたのかもしれません。遠くから、ずっと。」


その言葉に、アヤカは息を呑んだ。


「遠くから……知っていたって……どういう意味?」


すぐには答えない。

カスミは少し俯き、黒髪が表情を隠した。


「明日、放課後。

シラサキさんと話がしたいんです。

二人きりで。屋上で。」


アヤカは固まった。目が大きく開く。


すぐにリンが食い下がる。


「ダメ!アヤカは行かない――」


しかしカスミは静かに言葉を重ねた。

声は穏やかだが、拒絶を許さない強さがあった。


「シラサキさんは来ます。私はわかっています。」


再びあの微笑み。

カスミは二人の横を通り過ぎ、

どこからともなく花の香りを残して去っていく。


夕暮れの影が伸び、

角を曲がった瞬間、彼女の姿は闇に溶けた。


アヤカはまだ動けなかった。

リンが制服の袖を掴み、必死に彼女の目を覗き込む。


「ねえ……行くつもりじゃないよね?」


アヤカはうつむき、

スカートをぎゅっと握りしめる。


言いたい。

「行かない」と言いたい。


でも――

カスミの声が頭の中で響く。


――「昔から知っていたのかもしれません。」


心臓が、痛いほど鳴る。


その瞬間、アヤカは気づいた。


答えが怖いのは、否定できないからだ。


つづく…

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第4章 – 一つの触れ合い、一つの想い


その日の午後の教室は、いつもより静かだった。

壁の時計がゆっくりと時を刻み、

少しだけ開いた窓から風が吹き込む音が聞こえる。


アヤカは自分の席に座り、

最後の授業で埋め尽くされた黒板を

ぼんやりと見つめていた。


朝からずっと、頭の中からカスミの言葉が離れなかった。


「明日、放課後。屋上で。」


その言葉が浮かぶたび、心臓が強く脈打つ。

行きたいのか、逃げたいのか、

自分でもわからない。


「……アヤカ。」


リンの声が静寂を破った。

幼なじみの彼女は、真剣な表情で机のそばに立っていた。


「一人で行かせるなんて無理。私も一緒に行く。」


その声は半分、懇願のようだった。


アヤカは驚き、俯く。

「リン…わたし――」


「お願い。付き添わせて。

一人であの子と会わないで。」

リンの声は震えていた。

「何を考えてるかわからない。でも、でも…

アヤカに何かあったら、嫌だ。」


アヤカはスカートをぎゅっと握りしめた。

心が温かくなり、同時に罪悪感も生まれる。

しかしその瞬間、リンの携帯が激しく震えた。


リンは電話に出ると、表情が一気に険しくなる。


「……うん、すぐ帰る。」


(通話終了)


「ごめん、アヤカ……

お父さんが、私を呼んでる。今すぐ帰らなきゃ。」


リンは不安げにアヤカを見つめた。


「お願い。今日行かないで。

明日、私と一緒に行こう。三人で話せばいい。」


アヤカは何も言えず、

急いで教室を出るリンの背中を見送った。

足音が遠ざかり、部屋に静けさが戻る。


それでも心の奥底で、

何かがアヤカを引っ張っていた。

抗えない、強い引力のような感情。


...........


時間が流れる

(17:00 – 18:10)


階段を上るたび、足音が重く響く。

逃げられない何かに導かれているようだった。


屋上への鉄の扉を開くと、

カスミがすでにそこにいた。


長い黒髪が夕風に揺れ、

静かな瞳がアヤカをまっすぐに見つめる。


「来ると思ってた。」


アヤカは唾を飲み込む。

「どうしてそんなに自信があるの?」


カスミはそっと歩み寄る。


「あなたを、ずっと知っていたから。」


その視線に、アヤカの呼吸が止まる。


「確かめたいことがあるの。」

「あなたのこと……私たちのこと。」


アヤカが言葉を紡ごうとした瞬間、

下の階から教師の足音が響いた。

こちらに近づいてくる。


カスミはアヤカの手を強く握った。


「こっち。」


二人は階段を駆け下り、

人のいない学校のトイレへと入り込む。

扉が閉まり、外の足音はやがて遠ざかった。


アヤカが胸をなでおろしたとき――

カスミがそっとアヤカの手に触れ、身体を寄せた。


「シラサキさん……

まだ気づいてないんだね?」


アヤカは困惑する。


「気づく……何に?」


カスミはじっと目を見つめ、

ゆっくりと顔を近づけた。


「私たちのこと。

初めてのキスのこと。」


アヤカの体が固まる。

幼い頃の記憶――

いじめからある少女をかばったあの日。


数日後、ほんの小さな事故で、

二人の唇が触れた。


「じゃあ…あのとき……あなたが……

わ、わたし、ちゃんと謝ったよね……?」


声が震える。


カスミは静かに微笑む。


「あなたにとっては、ただの事故でも……

私にとっては、すべての始まりだったの。」


次の瞬間、

カスミが距離をゼロにした。


唇が触れた――

暖かく、柔らかく、確かに。


アヤカは息を止めた。

心臓が爆発しそうなほど跳ねる。

世界が二人だけになった。


離れたあと、カスミの瞳は確信に満ちていた。


「間違いない。あなた。

あのときと同じ。

この気持ちも、このキスも。」


アヤカは言葉を失う。


カスミの声は震えながらも優しい。


「シラサキさん……

ずっと一人だけ。」


アヤカの胸が締め付けられた。

あの日助けた少女――

偶然キスしてしまった相手――

それが、カスミだった。


そのとき、

外から再び教師の足音が近づいた。


恐怖、混乱、そして高鳴る鼓動。

アヤカは逃げられない感情に挟まれていた。


…………


つづく。

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第5章 – 十年前の影


小学校のチャイムの音が響く。

1-Aの教室は、ランドセルを背負った子どもたちの笑い声であふれていた。

みんな楽しそうに走り回り、色とりどりのランドセルが揺れていた。


しかし、その教室の隅に、一人だけ座っている少女がいた。

髪は少年のように短く、白くて目立つ色。

日本の小学校のスカートを履いているのに、男の子に見える。


それが、小さなカスミだった。


入学した初日から、彼女は噂の的だった。

「金持ち」「見た目が変」「無口すぎる」

そんな理由だけで、いつもひそひそ言われた。


「なあ見ろよ!女なのに男みたい!」

一人の男子が叫び、カスミを指さす。


「絶対オカマだって!ははは!」

別の子どもが真似し、大きな笑い声が続く。


カスミは俯き、

指先でランドセルの紐をぎゅっと握った。


その日が過ぎても、状況は変わらなかった。

休み時間になると、肩を押されたり、

お弁当をひっくり返されたり、

悪口を書かれたりした。


ある昼休み。

校舎裏で、カスミは一人でお弁当の箱を開けていた。

ご飯、焼き魚、果物。

家の使用人が作ってくれた綺麗なお弁当。


突然――


ドンッ!


誰かの手が弁当を叩き落とした。

ご飯と魚が地面に散らばる。


「ははは!見ろよ!金持ちのメシ!」

「こんなの食べるわけないじゃん、バカみたい!」


一人の女子が、焼き魚を足でぐちゃっと踏みつぶす。


「かわいそ~、金持ちなのに男みたい!キモッ!」

別の男子が、紙切れをカスミの背中にこっそり貼る。


そこにはこう書かれていた――

『オカマ注意』


カスミは膝を抱え、震える声でつぶやいた。

「やめて…お願い……」


でも、黙れば黙るほど、笑い声は大きくなる。


・・・・・・


重い夕方


校舎裏で、数人の男子と女子が

カスミを壁に追い詰めていた。


「行け!もっとやれ!」

「金持ちのくせにキモいんだよ!」


逃げようとするカスミの腕は掴まれ、

小さな身体では抵抗できなかった。


「わ、わたし…何も…してない……」

涙で目が赤く染まる。


一人の男子が腕を振り上げた。

殴ろうとして――


・・・・・・


突然


「おまえらァァ!!」

「やめろおおお!!」


その声は空気を切り裂いた。


いじめっ子たちが振り返る。

廊下の端に、小さな女の子が立っていた。


黒い肩までの髪、

小さな体なのに、まっすぐな目。


――それが、小さなアヤカだった。


アヤカはカスミの前に走り込み、

その小さな身体で立ちはだかった。


「殴るな!!」

7歳の子どもとは思えない声だった。


「なんで意地悪すんの?!

あの子、何もしてないでしょ!!」


いじめっ子たちは驚いた顔で固まった。


カスミは目を見開いた。

知らない少女が、自分のために立っている。


「だ、だれ…?」


アヤカは震える足で前に踏み出す。

汗が流れても、目は真剣だった。


「殴りたいなら――

あたしを先に倒してみなよ!!」


静寂。


校舎裏の風が、

「オカマ注意」と書かれた紙切れを

ひらりと舞い落とす。


カスミは息を呑んだ。


なぜ?

なぜ、この子は――自分を助ける?


いじめっ子たちは数秒黙り込んだが、すぐに嘲笑が戻った。


「なにコイツ、ヒーロー気取り?」

「かっこつけんなよ!」

「こいつもやっちゃえ!」


輪が狭まり、子どもたちが近づく。


震えるカスミの視界に映るのは――

自分の前で、必死に立つ小さな背中。


涙が静かに落ちた。


生まれて初めて。

誰かが、自分を守ってくれた。


・・・・・・


つづく。

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第6章– 学校の廊下に差し込む三つの光


夕方の空は赤く染まり、小学校の廊下の窓から落ちる長い影がほこりっぽい床に伸びていた。

学校の裏手には、まだピリッとした緊張感が残っている。


小さな綾香は香澄の前に立ち、体は震えているのに、目だけは鋭く子どもたちを睨んでいた。


「私が言ったよね… 彼女に触るなって!」


声は震えているけれど、その瞳は決して怯んでいなかった。


子どもたちは一瞬黙った。

そしてそのうちの一人がバカにしたように笑う。


「はぁ!? ヒーロー気取り? 今ここでこいつにお仕置きしてやるよ!!わからせてやるか?!」


香澄は綾香の後ろで、膝を抱え込むしかできなかった。

息は乱れ、震える手で綾香の服の端を掴む。


「やめて… 大丈夫… きっと君も傷つけられる…」

声はかすれ、弱々しい。


それでも綾香は動かない。


「彼女を傷つけるなよ。あんたたち、ほんとにひどい!」


一人の男の子が前に出て、怒った顔で綾香を押しのけようと手を上げた──。


しかし、その瞬間。


「こらーーーっ!!そこで何してるの!!!」


鋭くて甲高い声が廊下に響いた。


全員が一斉に振り向く。

廊下の端から、髪を二つに結んだ小さな女の子が走ってくる。

怯えているのに、必死な顔。


小さな凛だ。

綾香の同級生で、幼馴染でもある。


その後ろには、担任の先生が血相を変えて走っていた。


「全員止まりなさい!!」


子どもたちは青ざめ、急いで手を離す。

後ずさりする子、固まる子、泣きそうな子もいた。


先生は怒りを込めた声で叫ぶ。


「どうしていじめなんてするの!?誰がそんなことを教えたの!? あなたたち全員、校長室へ来なさい。今すぐ!!」


空気は凍りつき、

いじめた子たちはうつむいたまま、先生に連れられて歩き出す。


廊下には、綾香・香澄・凛の三人だけが残った。


綾香はようやく息を吐き、そして振り返る。


「……大丈夫?」


声はさっきと違い、驚くほど優しかった。


香澄は泣きそうな顔で頷く。

声が震えて言葉が詰まる。


「うん… だいじょうぶ… ありがとう…」


綾香はふっと微笑み、しゃがんで手を差し出す。


「立てる? もう怖くないよ。」


香澄は少し迷ったけれど、その小さな手を握った。

綾香の手はあたたかかった。

今まで誰からも感じたことのないぬくもり。


凛が横から覗き込む。


「ねえねえ、綾香。この子だれ?」


綾香は頭をかく。


「えへへ… 実はまだ名前聞いてないんだ。」


そして香澄の方へ微笑む。


「あなた、名前は?」


香澄はしばらく黙り、

二人の顔を見て、初めて心が少し緩んだ。


「わたしは……香澄。」

(周りで草刈り機の音が響く)


凛がにっこり笑う。


「いい名前!わたしは凛!で、こっちが綾香!」


綾香もうなずく。


「これから、もしあいつらに何かされたら、わたしか凛に言ってね!」


香澄は顔を赤くしながら小さく頷く。


生まれて初めて、

名前を呼ばれても、そこに嫌悪も笑いもなかった。


その日の夕陽は、少しだけあたたかかった。


……


数日後。


休み時間になると、綾香と凛は香澄のクラスまで迎えに来た。

三人でお弁当を食べ、笑う声が少しずつ増えていく。


「ねえ、卵焼き好き?」 「うん…すき。」 「じゃあこれ!ママと一緒に作ったの!」


かつて香澄を困らせていた子たちは、今は遠くから見ているだけだった。

校長室に呼ばれた日のことがまだ怖いのだ。


ある日、放課後。


綾香と凛が教室の前で香澄を待っていた。

香澄は小さなカバンを持って出てきて、どこか嬉しそう。


「綾香、凛!ごめんね、待たせちゃった!」


綾香は香澄の髪をじっと見て、しばらく考えて──

自分の髪につけていた可愛い髪留めを外す。


「香澄、ちょっとこっち来て。」


「え? なに…?」


綾香は優しく香澄の髪に触れ、ぱちんと髪留めをつけた。


「ほら!めっちゃかわいいじゃん。もう『男の子みたい』なんて言わせないよ。」


凛も手を叩く。


「うん!似合うよー!」


香澄はそっと髪留めに触れ、瞳が潤む。


「ありがとう… 綾香…」


綾香が凛に振り返る。


「今日から、三人は友達だよ!」


凛は元気よく手を上げる。


「賛成ーっ!!」


香澄は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑む。


夕焼けの校舎を三人の小さな影が並んで歩く。


──最後のパネル──


香澄は窓に映る自分の姿をちらりと見る。

髪留めが夕日に光っていた。


その顔には、小さくて優しい笑み。


心の中でそっとつぶやく。


> 「ありがとう… 綾香…はじめて…あたたかい場所を見つけた気がする。」


つづく……

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第7章–桜と恋のはじまり


その日、朝の太陽が学校の校庭にやわらかく差し込んでいた。

小さな鳥たちが咲きはじめた木々のあいだを飛び回っている。


綾香は小さくあくびをしながら、かばんを整えた。

「うぅ… 今日の屋外授業って絶対疲れるよね。」


隣の凛は元気いっぱいに笑う。

「え、でも楽しそうじゃん!自由な対象を外で描くんでしょ?先生が言ってたよ、街の公園でも、橋の上でも、桜の木の下でもいいって!」


綾香は黒板を見つめた。そこには大きく書かれている。


> 課題:実際のものを描く 2人1組


担任の先生:

「他のクラスの子とペアを組んでもいいですよ。先生は校門の前で待っていますね……」


教室は一気に騒がしくなり、

みんながペアを探して走り回った。


凛はすぐに綾香へ向き直る。

目をキラキラさせながら言う。


「綾香!今回も一緒にやろうよ、いつもみたいに!」


しかし綾香が口を開こうとしたその瞬間、

別のクラスメイトが凛の肩を叩いた。


「凛!今回は私とやらない?私、まだペアいないし…それに一度も一緒にやったことないでしょ!」


明るい声だったが、

凛の表情は固まり、目だけが不安そうに揺れた。


凛は綾香を見つめ、小さな声で言った。


「綾香… あの…」


綾香は微笑んで、首を横に振る。


「大丈夫だよ、凛。あなたはその子とやってあげて。私は別の相手探すから。」


その声音はいつも通りだったが、

胸の奥がすこしだけ、ぎゅっと締めつけられた。


凛は申し訳なさそうに言う。

「ごめんね…あとで一緒に帰ろう。」


「うん、気にしないよ。」

綾香は親指を立てて笑ってみせた。


みんなが準備のため教室を出ていく中、

綾香は一人、廊下を見渡した。


一番奥に、香澄が立っていた。

胸にスケッチブックを抱え、静かに下を向いている。

誰も近づこうとしない。


別のクラスの子供たちが通り過ぎながらひそひそ話す。


「見て、またあの子ひとりだよ。」 「かわいそうだけど、なんか怖いよね…」 「髪、白すぎでしょ。あれ、絶対変だよ。」 「関わらない方がいいよ、絶対不幸になるもん。」


言葉は刺のように空気を裂く。

でも香澄は、ただ静かにうつむいていた。


綾香は大きく息を吸って、歩み寄る。


「ねえ。」


香澄は肩を震わせて顔を上げる。

「あ、あやか…?」


綾香は笑ってスケッチブックを掲げる。


「ねえ、ペアはもう決まってる?」


香澄は目を泳がせ、小さく首を振った。

「い、いない…誰も…」


「じゃあさ、私とやろうよ!

2人で一番すごい絵描こう!」


その言葉は

世界に色を塗るみたいに明るかった。


香澄はしばらく黙り――

それからそっと微笑んだ。


「……うん。ありがとう。私のペアになってくれて。」


.................


町の公園


空は澄んで、桜の花びらが風に舞う。

大きな木の下、川の近くに2人は座っていた。


周りには他の児童も思い思いに描いている。


綾香はページにぐいぐい線を引きながら呟く。


「んー…なんか、香澄描きたくなってきた。

桜の下で座ってる香澄、絶対きれいだよ。」


香澄は真っ赤になった。


「え…わ、わたし?どうして…?」


「だって、桜の色と、香澄の髪がすごく合うんだもん。」


香澄は一瞬ぽかんとして、

それからふっと笑う。


「綾香って、変わってるね…でも、ありがとう。」


綾香はじっと香澄を見た。


太陽の光が白い髪に当たり、

花びらがひっそりと引っかかる。


綾香は立ち上がり、顔を近づける。


「ほら、花びらついてるよ。」


指で拾おうと身を寄せた、その瞬間――


香澄も同じ方向を向いた。


――コツン。


小さな鼻同士がぶつかる。


次の瞬間。


ふわりと唇が触れた。


時間が止まったようだった。


綾香は固まり、

香澄も息を呑んで真っ赤になり、

ふたりは同時に飛びのいた。


「あ、あの!ごめん!わざとじゃなくて!!」 「わ、わたしも!!」


声が重なり、

風だけが静かに桜を揺らした。


少し離れた場所で、

凛がパートナーと遅れて到着し、

2人の様子を見て目を見開く。


「え…綾香と、香澄……?」


..........


夕方


課題が終わり、全員が先生のもとへ集合した。


「みんな、本当に上手に描けましたね!どれも素敵ですよ。」

先生はやさしく言う。


そして綾香と香澄の番。


先生は絵を見つめ、目を細めた。


そこには、

桜の木の下で微笑む香澄が描かれていた。

花びらは太陽のように丸い形。

線は太いけれど、あたたかい。


「とても素敵な絵ね、綾香、香澄。」


だが、その後ろから小さなひそひそ声。


「まあね、綾香って絵うまいし。」 「でも、なんであの子がモデル?」 「変な子をヒロインにしてるみたい。」 「気持ち悪っ」


香澄は服の裾をぎゅっと握りしめ、

目を伏せた。


だが綾香は振り返り、

声を落としながらもはっきり言った。


「これは、かわいそうだから描いたんじゃないよ。」


皆の視線を真正面から受け止める。


「私は、香澄がいちばん優しいって知ってるから描いたの。

だから、文句あるなら私に言いなよ。」


空気が静まり返る。


凛はその様子を見て、目を細め、

誇らしそうに微笑んだ。


先生は優しい声で言った。


「みんな、他の人を傷つける言葉はやめましょう。

綾香と香澄、よく頑張りました。」


香澄はそっと綾香を見つめる。

顔は赤いまま、でも目はきらきらしていた。


風が吹き、

桜の花びらがふわりと舞った。


............


エンディングパネル


街のビルの向こうに夕日が沈む。


綾香、香澄、そして凛は

並んで歩いて帰る。

橙色の歩道に、3つの影が長く伸びる。


香澄はうつむいたまま、小さくつぶやく。


「綾香… さっきの…わたし…」


綾香は顔を赤くしながら笑う。


「あれは…気にしないで。

みんなの言うことも。」


香澄は胸のスケッチブックを抱きしめ、

そっと微笑む。


「…うん。

でもね、もしまた同じことが起きたら…

もう、逃げない。」


綾香は思わず足を止めた。

目を見開いて、香澄を見る。


後ろで歩いていた凛は、

二人の背中を見つめるだけ。


風が吹き、髪が揺れる。


「…苦しい。」


凛の胸はぎゅっと締めつけられる。


夕空に、

桜の花びらが舞い続けていた。


つづく……

...........................................................................

第8章 – 忘れられない思い出


日々は写生の課題のあと、あっという間に過ぎていった。

昨日まで満開だった桜も、今は散り始め、裸の枝が目立ち始めていた。

けれど、その温かさは、あやかの胸の中にまだ残っていた。


その朝、3人はいつものように一緒に歩いていた。

りんは真ん中、あやかは左、かすみは右。

彼女たちは、給食の話、よく遅れてくる先生の話、

学校の大きな木にできた鳥の巣のことなど、くだらないことで笑い合った。


しかし、その笑いの中で、りんはふと気付いた。

あやかのかすみを見る目が違う。

優しくて、だけど深い。

そして、かすみが笑うたびに、あやかも無意識に微笑んでいた。


りんは小さく唇を噛んだ。

胸の奥に、正体が分からないモヤモヤした気持ちが広がっていく。

かすみが来てから、全部が変わった。

2人だけの世界が、3人になった。

そして、りんは気付いてしまう。

——自分の居場所が奪われていくのが怖いと。


............


数日後


1-B組はいつも通り賑やかだった。

笑い声、足音、おしゃべりが入り混じる教室。

だがその日の昼、かすみが前に立ち、静かな声で言った。

隣には担任の先生。


先生「みんな静かにしてね。かすみさんから話があります。」


かすみは一度深呼吸して言った。


「わたし、来週…転校します。」


教室は一瞬でどよめいた。


「えっ!? 本当に!?」

「どこに行くの!?」


かすみは寂しそうに微笑んだ。


「お父さんの仕事で、家族で引っ越すことになって…」


しんみりする子もいたが、別の声が小さくささやく。


「やっとだね…」

「クラスに変な子がいなくなる…」


その空気に、かすみは何も言わず、ただ俯くだけだった。

それはもう慣れてしまった痛みだった。


..............


放課後


1-Aの教室を出たあやかは、廊下で数人の会話を耳にする。


「聞いた? かすみ、来週転校だって。」

「金曜日が最後らしいよ。」

「やっと不幸を運ぶ子がいなくなるね。」


足が止まる。

呼吸が詰まる。

考えるより早く、あやかは走り出していた。


遠くからそれを見たりんが追いかける。


「アヤカ! 待って!」


勢いよく1-Bのドアを開ける。

黒板を消していたかすみが振り向く。


「アヤカ?」


息を切らしながら、あやかは言った。


「転校するって……本当?」


かすみは小さく頷く。


「うん。ごめんね、直接言う前に知られちゃって…」


あやかの目に涙がたまる。


「なんで言ってくれなかったの……?

まだもっと一緒に—」


声が震えて途切れる。


かすみはあやかの元へ歩き、そっと手を握る。


「わたしだって行きたくないよ。

でも、どうにもならないの。

でもね、遠くにいても、あやかとりんのこと、絶対に忘れない。」


その手は温かかった。


りんはドアの前で立ち尽くし、ふたりの手を見つめる。

胸が締め付けられるように痛い。

けれど笑ってみせる。


「じゃあ、約束しよう。

絶対に忘れない。」


かすみは笑って頷く。


「うん。約束。」


.......


別れの日


夕方。

小さな家の前に引越しトラックが停まり、荷物が積まれていく。


あやかとりんは同時に駆け寄る。


「ああああああ!! かすみ!!」


あやかは泣きながらかすみを抱きしめた。

肩が震え、声がつまる。


「行かないで……お願い……」


かすみはうるんだ瞳で微笑む。


「うん、わたしも行きたくないよ。

でも……お父さんの仕事で、どうしても。

ごめんね…」


りんは後ろで静かに立ち、泣かずにうつむいていた。

言葉は出ない。ただ胸が苦しい。


トラックが動き出す。

かすみは後部座席から窓を開け、小さな手を振る。


「あやか…… りん……」


エンジン音に消える声。

車が角を曲がり、見えなくなる。


残ったのは夕方の風と、舞い散る桜の花びら。


.................


現在へ戻る


……(遠くの記憶のような声)


あやかが目を開ける。


ふたりが急いで逃げ込んだ女子トイレ。

あのキスのあと。

夕日の光が窓から差し込む。


かすみは息を整えながら立っている。

扉の外では、先生が足音を響かせて近づいてくる。


「あの女子トイレに誰か入ったはずなんだけど…?」


しかし突然、猫がネズミをくわえて飛び出す。


「うわあああああああああっ!! この悪い猫!!」


先生は悲鳴をあげて追いかけていき、廊下の向こうで声が消える。


かすみは小さく肩の力を抜く。


「よかった…… 捕まらないで済んだ……」


あやかは笑いをこらえ、2人はそっとトイレを出る。


夕日が赤く、学校の廊下を照らす。

言葉はないのに、不思議と心が満ちている。


かすみは空を見上げた。


「しらさきさん……

時間が止まってくれたらいいのに。

今日だけは。」


あやかは横顔を見つめ、静かに答えた。


「……ごめんね。

10年前の君だって… 全然気付かなかった……

別人みたいに変わったから……」


歩くたび、二人の影が長く伸びる。

桜の花びらが風に乗って舞い続ける。


そして物語は静かに幕を閉じる—


ゆっくりと薄れる、並んで歩くふたつのシルエット。

終わらない夕暮れの中で。


つづく……

...........................................................................

第9章 – MC


次の朝。


橘学園はまだ静かだった。

秋の冷たい空気が、教室の窓ガラスに薄い水滴をつけている。

あやかはいつものように少し早めに登校した。

彼女は窓際の2列目に座り、白く霞んだ空をぼんやりと見つめる。


静かな空間に、校庭の雀のさえずりだけが響く。


彼女の手は頬を支え、視線は昨日のまま止まっている。

――本当は思い出してはいけない夕暮れに。


「……かすみ……」

その声は、風にかき消されそうなほど小さかった。


ガラリ。


教室の扉が静かに開き、りんが入ってきた。

自動販売機から買ってきたコーヒー牛乳を2本抱えて。


足取りは落ち着いているのに、表情は妙に真剣だった。


「おはよう、あやか。」

「おはよう、りん。」


りんは1本をあやかの机に置く。


「大丈夫?」

「あたしは平気だよ。」


りんはあやかの横顔をじっと見る。


「昨日、屋上で……かすみに会ったの?」


あやかは沈黙した。

壁時計の秒針がやけに大きく聞こえる。


そして、視線を合わせずに呟いた。


「もう……あの子とは終わったの。」


声は静かで穏やか。

だけど、自分に嘘をつく人の声だった。


りんは俯き、缶を握りしめた。


「……そっか。」


空気が重くなる前に、あやかがわざと明るい声を出す。


「そ、そういえばさ! 来週の理科のテスト勉強した? 先生ってさ、変なひっかけ問題出すじゃん?」


りんは苦笑した。


「あなたって本当に、真面目な話になるとすぐ違う話題にするよね。」


あやかは照れたように笑い、教科書を開いたふりをする。


そのうち、クラスに他の生徒たちが増え、いつもの賑やかさが戻った。


数分後、かすみが教室に入ってきた。

少し髪を下ろし、ショルダーバッグを抱えて。


彼女はあやかを見つけて、小さく微笑む。


「おはよう、あやか。」


しかし、あやかは顔を上げず、短く会釈しただけで本に目を落とした。


かすみは一瞬だけ止まり、少し寂しそうに席へ向かう。


後ろの席から、りんがその様子を静かに見つめていた。


教室の前の席には、みゆが座っていた。

彼女は生徒会の書類を整理しているが、ときどきあやかのほうをちらりと見る。


(あやか、何か元気がない……

いつもと全然違う。)

(もしかして……あの転校生のせい?)


みゆは慌てて目をそらし、ノートに書き込みを続けた。

頬がほんのり赤く染まっていた。


...............


昼休み


カフェテリアは生徒でいっぱい。

あやかはパンとストロベリージュースを持って、少し静かな席を探す。


しかし――


かすみが近づくと、あやかは突然立ち上がった。


「あ、あたし、図書室に用事思い出した! 先行ってて!」


かすみは口を開きかけたが、声は出なかった。


遠くで見ていたりんは、小さくため息をつく。


「……あやか、どうしたの。」


その後も同じ事が続いた。


図書室。

かすみが席に座ると、あやかが立ちあがる。


「ごめん! 理科室で先生に呼ばれてたんだった!」


かすみは背中を見る。


(あやか……あたしに怒ってるの?

昨日、急にキスしたから?)


両手で自分の頬をぺちぺち叩く。


「うああああ……わたしのバカ……!」


心の声。


通りかかった司書の先生が、怪訝そうにかすみを見た。

かすみは必死に笑って誤魔化す。


「い、いえ! なんでもないです!」


........................


理科室


あやかは、無理に集中するように器具を洗っていた。


ガシャン!


ビーカーが滑って割れる。


りんが慌てて近づく。


「大丈夫!? 顔が真っ青だよ!」


「あ、あたしは平気! 全然平気!」


りんは苦笑しながらハンカチを差し出す。


「ほら、顔についてるよ。汚れてる。」


あやかは少しだけ笑う。


「ありがと、りん。」


2人の笑い声がこだまする。


だが、その光景を窓の外から

かすみが静かに見つめていた。


小さな笑顔。

けれど、目はどこか寂しげ。


..............


放課後


突然、クラスが大騒ぎになる。


「見て! 市のハロウィンフェスティバルだって!」

「優勝したカップルは公式アカウントに載るんだって!」

「賞金ならぬ賞飴! 1億9000万粒のハロウィンキャンディ!」


わあああああ!と歓声があがる。


担任もチラシを持ってやってきた。


「先生もチラシをもらったぞ。でも仮装は何がいいかな?」


後ろの席から誰かが叫ぶ。


「先生、トゥヨール(tuyul)でいいじゃないですか! 頭もうツルツルなんだから!」


教室大爆笑。


先生は机を叩いて怒ったふり。


「誰だ言ったのは!? お前ら、先生が筋トレして鍛えた結果なんだぞこの光頭! ……おい、そこのお前!!」


生徒は叫びながら逃げる。

みんな大笑い。


............


そして教室が静まったあと


クラスメイトのナナが、あやかの机にチラシを置いた。


「あやか〜! 行こうよ! 今日の夕方、衣装見に行かない?」


その言葉に、りん、かすみ、みゆが同時に反応する。


かすみ「わ、わたしも行く!」

りん「もちろん、あやかとは昔からの仲だしね。」

みゆ「なら、私も。 生徒会として参加しないといけませんし。」


3人が同時にあやかを見た。


あやかは固まる。


「え、えっと……じゃ、じゃあみんなで行こうか……?」


ナナは大喜びで手を叩く。


「やったー! じゃあ、マンガライ駅の前に4時集合ね!」


窓の外、太陽は西へ傾く。

秋の風がチラシを揺らし、床に舞わせる。


(ハロウィンか……)

(なんだろう……あの日、何か変わる気がする。)


..........


つづく。

...........................................................................

第10章 ― ハロウィン祭の準備 魔女かミイラか


午後3時、マンガライ駅。**


電車がきしむような音を立てながら通り過ぎ、冷たい夕方の風が吹き抜ける。

駅前は、学校帰りの学生や仕事帰りの大人たちでにぎわっていた。

周りの店には、オレンジ色のカボチャ、紫色のライト、小さな幽霊の人形など、ハロウィンの飾りが少しずつ並び始めている。


綾香は、菜々、そして同じクラスの女子二人――梨花とシティと一緒に、発車案内板の前に立っていた。

みんな制服ではなく、今どきの女子っぽい私服。

パンツ、ミニスカート、パステル色のジャケット――学校とは違う雰囲気だ。


「今日、なんか人多いね…」

菜々が冷たい飲み物を握りながら言った。


綾香は控えめに微笑む。

「うん。風もちょっと冷たいし。」


> (この時間でこれだけ人がいるなんて…)

(でも、もっと緊張してる理由は――

今日、初めて一香と美優の私服を見るってことなんだよね…)


綾香は人ごみを見つめながら心の中でつぶやく。


> (凛だけはもう慣れたけど…

家によく遊びに来るから、服装の感じも知ってるし。)


数分後。

出口から誰かが大きく手を振った。


「ごめん、ちょっと遅れた!」


凛だった。

ラフで落ち着いた雰囲気のコーデ、ショルダーバッグ、そしていつもの穏やかな笑顔。


「わぁ、凛! ちょうど噂してたんだよ」

菜々が言う。


凛は綾香を見る。

「待たせちゃった?」

「ううん、今来たところ。」


全員が並び、あと二人を待つ。


梨花が時計を見てつぶやく。

「一香と美優、まだだよね。」

菜々も頷く。

「うん、もうすぐ来るでしょ。」


――と、その時。


駅の空気が急にざわつきだした。

何人かがエスカレーターの方を向き、ひそひそ声が広がる。


「え、誰あれ?」

「めっちゃ綺麗じゃん…!」

「モデル?」


視線が集まる先から、二人の少女が並んで現れた。


一香と美優。


一香はショートブレザーにミニスカート、黒いインナーパンツ、スニーカー。

少しだけ髪を下ろし、いつもより落ち着いた大人の雰囲気。

美優は黒のワンピースにクリーム色のロングアウター、そして小さなハートのネックレス。


――綾香の顔が一瞬で真っ赤になる。


> (な、なにこれ…

なんでこんなに綺麗なの…)


一香が手を振る。

「こんにちは――じゃなくて、こんばんは! 遅れてごめん!」

美優が微笑む。

「ちょっと迷っちゃって…この駅広いね。」


菜々が明るく返す。

「ぜんぜんいいよ!」


綾香もぎこちなく笑う。

「う、うん、大丈夫…」


凛が一呼吸おいて言った。

「じゃあ、そろそろ行こうか。」


................


■ コスチュームショップへ


電車で街のショッピングエリアへ移動。

道はハロウィンの飾りでいっぱい。


梨花とシティは写真撮影に夢中。

菜々は綾香を肘でつつきながら言う。


「綾香~、さっきから緊張しすぎじゃない? ふふっ」

「え、べ、別に…ちょっと暑いだけ…」

「さっき寒いって言ってたよ?」


美優と一香はくすっと笑い、綾香を見ていた。


> (綾香って、本当に気づいてないんだな。

あの三人、ずっと綾香見てるのに…)


..................


■ 店に到着


扉を開けると、甘い香りと色とりどりの布が目に飛び込む。

魔女、ミイラ、吸血鬼、プリンセス――何でも揃っている。


「わぁぁぁ!」

「選ぶの大変だね!」

「全部かわいい…」


綾香、菜々、梨花、シティは左のフロアへ。

凛、一香、美優は右のコーナーへ。


................


■ コソコソ会議(衣装の裏側)


綾香が何かを指さす。

「これ、ちょっといいかも…」


菜々が覗く。

「綾香、センスいいじゃん!」

「似合うと思うよ。」


三人は離れた場所からそれを見ようとするが――

布と他の客で見えない。


一香「……紫か白っぽかったような?」

美優「たぶん…?」

凛「綾香、白が好きだから合ってると思う。」


そして、綾香たちが離れたあと、三人はその衣装を確認しに行く。


――そして固まった。


「これ…思ったより……露出多くない?」

「もし綾香がこれを選んだなら…私は、別に…いいけど…」

凛は苦笑い。

「まぁ、綾香が着たいなら…ね?」


............


■ 試着室


1時間後。

全員衣装決定。


菜々「一香、美優、凛~! 用意できた?」

「せーの…」


シャッ


3人が出てくる。


ミイラ姿――真っ白な包帯の衣装。

肌も少し見えて、大胆、でもかわいい。


綾香、真っ赤。


「ええええええええ!? み、ミイラ!? それ着たの!?」


菜々「すごい、似合う! なんか…大人!」


しかしその時、梨花が別の衣装を持ってくる。


紫の魔女衣装。


「この魔女服、さっき綾香が選んでたやつだよ。あなたたちのためにって。」


三人、完全に固まる。


「ま、待って! 違うの! 誤解だから!!」


3人は真っ赤になりながら試着室へ戻る。


菜々「……かわいすぎでしょ。」


............


■ 購入後


夜10時。

外は紫とオレンジのハロウィンライトが光り、歩道が幻想的に揺れる。


菜々「綾香、衣装どれにしたの?」

綾香「秘密~ 当日まで内緒。」


菜々「え~ずるい!」


三人は小さく視線を交わす。


> (たとえあれじゃなくても…テーマは同じ、魔女。)


.............


■ 回想


レジ前。


一香「すみません、さっきの紫の魔女衣装、まだありますか?」

店員「ごめんなさい、ちょうど誰かが買っちゃって。」


三人「…………」


店員「でも他に可愛い魔女衣装が3種類ありますよ。」


凛「じゃあ、それで。」

美優「うん。土曜日のハロウィン祭、負けられないし。」

一香「そうだね。――私たちの目的のために。」


> 「来週のハロウィン祭は、三人の運命を変える始まりになるかもしれない。」


.........


みんなは駅へ向かう。


ちなみに…シティは衣装買ってません。

ただ梨花に誘われただけ。

でも――もし梨花が、「一緒に来ない?」って言ったら?


シティは絶対に行きます。

˃ 𖥦 ˂


つづく――


.......


作者からのメッセージ(日本語版)


こんにちは、作者の @mbakyuri です。

実は今、ちょっと金銭的に厳しくて…

でも読者のみなさんに、今まで1話~9話まで無料で読めるようにしてきました。


もし少しでも応援してくれる方がいたら、

とても嬉しいし、創作活動も続けられます。

1話につき、だいたい5万ルピアを目標にしています。


もちろん、強制ではありません。

でも、誰からも反応や支援がない場合――

この第10章で第一巻は終了になります。


次の章は2026年までお休みになるかもしれません。


でも、

みなさんがメッセージや応援、支援をくれたら、

作者はすぐに続きを書きます。

本当にそれだけで力になります。


支援は Saweria または Sociabuzz

→ @mbakyuri


ここまで読んでくれてありがとう。

あなたの応援が、作者の作品を生き続けさせてくれます。


温かい気持ちを込めて。

作者 @mbakyuri

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君に咲く、放課後の花 ひよこ @kakakyuri3

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