隣人
ある夏の日、
彼女が冷房のよく効いた部屋でテレビを見ていると、パチンと音が鳴って停電してしまった。テレビは真っ暗になって、Mさんの顔がぼんやり映る。
「おかしいな、エアコンとテレビくらいしか使ってないのにな」
彼女はそう思いながら立ち上がってブレーカーを上げる。
パチンッ
上げても何にも起きない。
パチンッパチンッ
下げて上げてもダメなんですね。
おかしいなあ、彼女がそう思っていると
トントン
と扉を叩く音がする。
「はーい」と扉を開けると、そこには30代くらいの女性が立っていた。
「どうしましたか?」とMさんが尋ねると「いや、停電になりましてね。お隣もそうかな、と思って聞きに来たんですよ」と、その女性は答える。
「ああ、そうなんですよ。困りましたよね、この暑い中、エアコンも効かないんじゃ」
「そうなんですよ。暑くて暑くて。あれ?部屋涼しいですね」
女性はそういうとズカズカと家に入ってくる。Mさんは驚いて「ちょっと!何してるんですか、やめてくださいよ」と言うわけですが、女性は「いいから、いいから」と言って部屋に押し入ってくる。
いいから、なんてね。向こうから言われたらたまったもんじゃありませんよね。それに「お隣さん」とは言うけど、会ったことも見たこともない人が部屋に入ってくるのは良い気分がしません。
それでも結局、お隣さんは家に入ってきて「涼しい涼しい」と涼んでいるわけです。けれど、停電してますからね、段々と暑くなっていく。すると、お隣さんは「そろそろ行かなくちゃ」なんて腰を上げるわけです。Mさんは「やっと帰ってくれるのか」と思ってホッと胸を撫で下ろした。すると、ブーンと低いファンの音が鳴って、電気が戻った。
「やっと電気戻ったわね。そしたら、私帰るから」
そう言って、お隣さんは部屋を出て行った。
なんだか嫌な経験だったな、とMさんは思った。
翌る日、Mさんが家で過ごしているとまた
パチンッ
と音が鳴ってテレビが消える。
Mさんはまたか、と思ってブレーカーを上げるんですが、やっぱり電気はつかない。
するとまもなく
トントン
と扉を叩く音がする。
Mさんは覗き穴を静かに覗き込む。すると、やっぱり居るんですね、お隣さん。「また来たな」と彼女は思って、今日は黙っていなくなるのを待った。
静かにしているとトントン、トントンと扉を叩く音が響く。
「知らない知らない」と無視を決め込むんですが、トントン、トントンと言う音は次第に大きくなって
ドンドンッドンドンッ
と激しくなる。
ヒィ!と思わず声をあげてしまう。
すると、扉を叩く音が止んで
「おーい。居るのは分かってるんですよー」と昨日のお隣さんからは想像できないような低い声が響いてくる。
「おーい。分かってるんですよー。居ますよねー」
やだよ、帰ってくれよ。やだよー
と思いながらMさんは静かにしていた。
その間にもドンドンッドンドンッと扉を叩きながら「居るんですよねー?居ますよねー?」と声が聞こえる。
「怖いなあ、嫌だなあ、帰ってくれよ」とMさんは思った。
すると、ブーンと音が鳴って、電気が付いた。
「ああ、良かった。これで帰ってくれる」とそう思って、ホッと胸を撫で下ろす。
それでMさんはそーっと窓に寄って行って覗き穴に目をやると、ウワァ!まだ居るんですよ。その女が!そして、虚な目をして扉をじーっと見つめている。
キュッと急にその女の視線が上がって、目と目が合ったような気がした。それで、Mさんが思わず扉から離れると
「やっぱり居たんですねえ」
という低い声がして今度は
ギィッギィッ
と音がする。
入ろうとしているんですよ!新聞入れの小窓から!
もちろん、そんな狭い隙間から入れるはずがない。だけど、Mさんは「このままじゃ入ってくる!」と直感して震える手でもってスマホから警察に電話する。
「あの、すみません!いま、今ですね。家の前に人が立っていて」
「落ち着いてください、住所は言えますか」
「はい、住所は」
と警察を呼んで家に来てもらった。
警察が来る頃には、すっかり静まり返って、お隣さんの影も形もないわけですね。
2名の警察官の方がいらしてね、少しは安心するんだけれどガタガタガタガタと震えが止まらない。
「昨日もね、来たんですよ。ブレーカーが落ちて停電になってね」
「落ち着いてください。大丈夫ですか?何かされたわけではないんですね?」
「ええ、暴力だとか、そういうことはないんです」
「そうですか。被害はないようですし、お隣さんに一言声をかけてから帰りますね」
すると、外にいた警察官が入ってきて、今話していた方を呼んで怪訝そうな顔でこっちを見ている。
警察の方が寄ってきて
「あの、お隣の方、ずいぶん留守のようですね。新聞やらチラシやらがたくさん溜まっていまして」
と言った。
「そんなはずはないですよ!昨日も今日もここにきて、扉から入ろうとしてきたんですから」と震える声で訴えるMさんをどうにも信じていないような目をしている。
「まあ、とにかく声をかけて帰りますから」
そう言って、警察官は出て行った。
すると30分ほどしてからですかね、サイレンの音が鳴り響いて、家の周りが騒然としてきた。
「なんだおかしいな」と思って外を見ると、救急車やらパトカーが停まってるんですね。
「何かあったのかなあ」とMさんが思っていると
ピンポーン
とチャイムが鳴る。
「はーい」と声をかけると「警察ですが」と先ほど、話した警官の声が聞こえてくる。
扉を開けると神妙な面持ちの警察官が
「お隣の方、亡くなって随分経つみたいですが」
と言った。
次の更新予定
隔日 19:00 予定は変更される可能性があります
奇怪伝聞譚 千ヶ瀬 悠 @chigase
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。奇怪伝聞譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます