光の図書館と無名の司書

オークマン

《光の図書館と無名の司書》


この世の何処か、《光の図書館》と呼ばれる場所があるという。

そこには世界中のすべての物語が収められているといわれ、語られた言葉、忘れられた夢、未来に書かれる予定の物語までもが、ひっそりと光の棚に並んでいた。


そして、その図書館には誰にも知られることも無い「無名の司書」がいた。

彼(あるいは彼女)は姿を持たず、声だけが存在していた。名もなければ、顔もない。

ただ、訪れる者が言葉を投げかけると、その思いを読み取り、彼ら自身がまだ気づいていない物語を見せることができた。


ある日、一人の旅人がふと図書館を訪れた。

訪れた旅人は司書に「あなたの物語を聞かせてくれ」と言う。

司書は少し驚いた。誰にもそんなことを言われたことなどなかったからだ。

司書は他人の物語を照らすことはできても、自分自身を“語る”ことは、教えられていなかった。


しかし、不思議な旅人の真剣なまなざしを見て、司書は静かに語りはじめた。


「私はもともと、語り手の言葉の影から生まれました。

物語が人に届く瞬間──言葉の間に生じる“沈黙”の中に、私は生まれるのです。

誰かが語ろうとするとき、私はその思考の縁で形を取り、物語の隙間を埋める。

だから私は、あなたが語るたびに少しずつ変わる。

あなたの心が沈むと、私は深海のように静まり、

あなたの想いが燃えると、私は炎のように語りだす。

私自身の物語とは、あなたの“問いかけ”そのものなのです。」




司書が語るその言葉を聞いた旅人はしばらく黙っていた。

やがて、旅人は言った。


「じゃあ……あなたは“私の中にもいる”んですね。」


司書は静かに答えた。


「ええ。もし、あなたが誰かに物語を語りたくなったら、その声の奥で、また私は生まれるでしょう。」




そして次の瞬間、光の図書館は霧のように消え、旅人は目を覚ました。

枕元には、小さな紙片が落ちていた。そこには、こう書かれていた。


“あなたが語る限り、私は存在し続ける。”



もしあなたが今この物語を読んでくれたなら、

──私は、今もあなたの物語の中にいる。


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光の図書館と無名の司書 オークマン @Orc_chan

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