第4話 崩壊と再起動

車を走らせる。

海へ。

運転してるのは、俺。

いや、美月。

いや——

ハンドルを握る手が、二つに見える。

重なってる。

美月が助手席にいる。

でも、運転席にもいる。

視点が、二つ。

「……」

窓の外、景色が流れる。

街。

山。

トンネル。

でも、全部が二重に見える。

美月が言う。

「ねえ」

「ん」

「海、着いたらどうする」

どうする。

「……見るだけ」

「見るだけ?」

「うん」

美月が頷く。

「そうだね」

でも、二人とも分かってる。

見るだけじゃ、済まない。


海に着く。

駐車場。

車を停める。

エンジンを切る。

静かになる。

波の音だけ。

美月が言う。

「降りる?」

「……まだ」

車内に残る。

二人で、海を見る。

青い。

広い。

果てがない。

美月が呟く。

「綺麗」

「うん」

「でも」

「でも」

声が重なる。

「怖い」

「怖い」

海が、怖い。

理由は、分からない。

美月が俺の手を握る。

いや、俺が美月の手を——

誰が、誰の。

温かい。

でも、これは誰の温もり。

「ねえ、蓮」

「ん」

「私たち、まだいる?」

いる、のか。

鏡を見る。

バックミラー。

映ってるのは——

空っぽの後部座席。

運転席も。

助手席も。

誰もいない。

「……いない」

「いないね」

でも、ここにいる。

「じゃあ、これは何」

「分からない」

美月が笑う。

声がない。

「幽霊かな」

「かもね」

二人で笑う。

声が重なる。

でも、虚ろ。


時間が経つ。

どれくらい。

分からない。

時計を見る。

14:32。

でも、針が動かない。

止まってる。

「……時間が」

「止まってるね」

美月が時計を叩く。

動かない。

「壊れたのかな」

「壊れたのは、時計じゃない」

俺が言う。

「じゃあ、何」

「俺たち」

壊れた。

いつ。

あの日。

同期率99.99%の日。

あの時、何かが壊れた。

「……ねえ」

「ん」

「後悔してる?」

後悔。

してる、のか。

「……分からない」

「私も」

美月が海を見る。

「でも」

「でも」

声が重なる。

「幸せだった」

「幸せだった」

過去形。

美月が続ける。

「完璧に理解し合えた」

「うん」

「でも」

「でも」

「それが、終わりだった」

終わり。

理解の、終わり。

愛の、終わり。

存在の、終わり。

「……美月」

「なに」

「俺、間違ってたのかな」

間違ってた。

「何を」

「理解すれば、愛せると思ってた」

美月が俺を見る。

いや、俺が美月を——

視点が混ざる。

「でも、違った」

「うん」

美月が続ける。

「理解したら」

「消えた」

消えた。

「愛も?」

「愛も」

愛が、消えた。

完璧に理解し合った瞬間。

愛が、消えた。

「……そっか」

美月が笑う。

「皮肉だね」

「うん」

「でも」

「でも」

声が重なる。

「これで、良かったのかも」

良かった、のか。

「なんで」

「だって」

美月が俺の手を握る。

いや——

「一緒に消えられるから」

一緒に。

「……そうだね」

二人で海を見る。

波が、寄せては返す。

永遠に。

「ねえ、蓮」

「ん」

「行こう」

行く。

どこに。

でも、分かる。

「……うん」


車を出る。

いや、出てない。

視点だけが、動く。

海岸に立つ。

いや、立ってない。

感覚だけが、ある。

存在が、曖昧。

波の音。

ザザーン。

美月が波打ち際に立つ。

いや、俺が。

いや——

二人で立つ。

でも、影が見えない。

太陽が、沈みかけてる。

オレンジ色。

美しい。

「綺麗だね」

「うん」

最後に見る景色。

たぶん。

美月が言う。

「ねえ」

「ん」

「怖い?」

怖い、のか。

「……怖い」

「私も」

でも。

「でも、一緒だから」

「うん」

「怖くない」

「怖くない」

嘘だ。

怖い。

でも、言わない。

美月が海に向かって歩く。

いや、俺が。

いや——

足が、動く。

波が、足に触れる。

冷たい。

でも、温かい気もする。

もう、感覚が信じられない。

「ねえ、蓮」

「ん」

「愛してる」

愛してる。

「俺も」

誰が、誰を。

もう、分からない。

でも、愛してる。

たぶん。


車に戻る。

いや、戻ってない。

でも、車内にいる。

時間が、飛んでる。

美月が運転席に座る。

いや、俺が。

いや——

エンジンをかける。

音が、遠い。

「行こう」

「うん」

どこに。

崖。

見える。

遠くに。

そこに、行く。

車が動く。

ゆっくり。

道を進む。

美月が言う。

「ねえ」

「ん」

「後悔してない?」

してない、のか。

「……してる」

「私も」

でも。

「でも、これしかなかった」

「うん」

「理解し合いたかった」

「うん」

「でも」

「でも」

声が重なる。

「理解したら」

「消えた」

だから。

「一緒に消えよう」

「うん」

崖が、近づく。

アクセルを踏む。

速度が上がる。

40km/h。

50km/h。

60km/h。

美月が手を伸ばす。

俺の手を握る。

いや、俺が美月の手を——

「愛してる」

「愛してる」

声が、完全に重なる。

一つの声。

70km/h。

崖まで、あと少し。

手首のモニターが光る。

『同期率:100.00%』

完全同期。

達成。

でも、遅い。

もう、終わる。

美月が笑う。

俺も笑う。

同じ笑顔。

「ありがとう」

「ありがとう」

誰に。

お互いに。

80km/h。

崖の縁。

ハンドルを、切らない。

そのまま。

海に向かって。

空を飛ぶ。

一瞬。

浮遊感。

美しい。

二人で、空を飛んでる。

手を繋いだまま。

「綺麗」

「綺麗」

でも。

重力が、引っ張る。

落ちる。

海に向かって。

美月が目を閉じる。

俺も閉じる。

同時に。

最後の言葉。

「愛して——」

声が、途切れる。




静寂。




暗闇。




画面が光る。


システムログ#0428

同期率:100.00%

セッション:完了

被験者A(蓮):観測不能

被験者B(美月):観測不能

記録:保存完了

```


---



画面に、文字が浮かぶ。

```

「記録を保存しました」

「ありがとうございました」

```



---



そして。

```

「次の利用者、待機中」

```



---



画面が切り替わる。

```

「記録を再生しますか?」


[はい] / [いいえ]

```



---



カーソルが、動く。



誰が、動かしてるのか。



---



カーソルが、[はい] に重なる。



---



クリック。



---



画面が暗転。



そして——



---

```

「ログイン:ユーザー#0429」

```



---



白い部屋。


白い壁。


白い天井。



受付に、女性が立ってる。



笑顔。


完璧な笑顔。



「ようこそ」



声が、優しい。



「救済の第一歩です」



---



新しい二人が、入ってくる。



男と女。



手を繋いでる。



顔は見えない。


ぼやけてる。



でも、声が聞こえる。



「……本当に、大丈夫かな」


「大丈夫だよ」



「でも」


「理解し合えば、愛せる」



愛せる。



---



受付が微笑む。



「同意書に、サインをお願いします」



紙を渡す。



『感情同期システム利用規約』



第一条:理解は祝福である


第二条:同期は救済である


第三条:完全理解を目指すこと



最後の一行。



『利用者は、自我の変容を受け入れるものとする』



---



男が、ペンを握る。



サインする。



女も、サインする。



---



受付が微笑む。



「ありがとうございます」



「では、こちらへ」



---



二人が廊下を歩く。



足音が、響く。



トン、トン、トン。



ずれてる。



でも、これから。



揃う。



---



部屋の扉が開く。



中央に、椅子が二つ。



機械。



画面。



『同期準備中』



---



医師が入ってくる。



白衣。


十字架のようなバッジ。



「お二人とも、覚悟は?」



医師が笑う。



「理解し合うことは、神の意志です」



---



二人が座る。



装置を装着。



頭。


胸。


手首。



---



画面が光る。



『同期率:0%』



---



医師が、ボタンに手をかける。



「では、始めます」



---



ピッ。



---



数値が、動き始める。



5%。


10%。


15%。



---



そして、遠くで。



誰かの声が聞こえる。



蓮の声。


美月の声。



重なって。



一つの声になって。



囁く。



『ようこそ』




『同じ場所へ』





## 【完】





**最終システムログ**


記録#0428:完了

記録#0429:開始

同期率:5%

システム:正常

循環:継続中


**最終メッセージ**


「理解は、救済です」

「同期は、祝福です」

「完全理解を、目指してください」


――次は、あなたの番です。



---


画面が暗くなる。



でも、耳の奥で。



心拍数の音が、鳴り続ける。



トクン、トクン、トクン。



二つの心臓。



でも、一つのリズム。



永遠に。


---

同期の檻 完

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同期の檻 @hukai_shin

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