今夜だけのゆめ。

えびえび

今夜だけのゆめ。



君は、どこか儚げで、綺麗なひとだった。 



手を離すとふっと消えてしまいそうで。






「 きみはだれなの? 」


「  ……、 」 





そう聞いても、にこっと笑うだけで何も言わない。


でも僕は無理に聞きたいとは思わなかった。


ただそばにいるだけでよかった。




---- -- -・・・ -・--・ ・ 





きみは急にいなくなった。


風に吹かれたように。

    





「 ねえ、どこにいるの? 」








返事はない。


ただ、風が吹くだけ。



「 また会いたいよ…。 」



それでも、なんとかして会いたかった。






-・--- --・・- ・・ -- --・ 

   





ある夜。


きみは急に帰ってきた。


 



「 なんで…? 」


「 …気になったから。貴方のことが。 」






きみは初めて喋った。


僕はそれに対して驚いたが、もっと驚くべきはきみの体が今にも消えてしまいそうなほどに不安定だったこと。






「 その体は…? 」


「 これ、今夜だけなの。 」






きみは自分から話してくれた。


闘病生活の中で飲んでいた薬のせいで喋れなくなったこと。

病気が進んで死んでしまったこと。

でも今日だけ体の形をなんとか保ち、喋れること。




「 ぼくね、きみのこと、好きだったよ… 」

 


どうせ今日だけだからと、ぽつりとそんなこと言ってみる。



「 私は… 」

 


きみは悲しげな目をして、僕を見る。



「 貴方といる時間が、本当に好きだった。 」


「 ……。 」


「 何も言わずにそばにいてくれたのが嬉しかった… 」


「 そっか、 」



きみがそんなこと思ってたなんて知らなかったし、わからなかったから嬉しかった。



だんだんと夜明けが近づいてくる。



窓の向こうは、赤く染まってる。




「 …もう、いかなきゃ。 」


「 いっちゃうの…? 」


「 今日のことは、忘れて。じゃあね 」




そのまま去って行こうとしたきみの手を掴む。


手の温もりを感じる。

消えそうでも、きみはたしかにそこにいた。



「 どうしたの? 」


「 …な… 」


「 ? 」


「 なまえっ、教えて…! 」



それだけきみに聞きたかった。





“きみは誰なの?”







「 わたしは___。 」





きみはとびっきりの笑顔で、嬉しそうに答える。






「 “ゆめ”…! 」


「 ッ……! 」




ゆめはそのままいなくなってしまった。

   

まるで、はじめからいなかったかのように。






きっともう、美しく儚いゆめには会えない。








でも今夜だけの夢はずっと、心に残るから。








最後に、きみの声が聞こえた気がした。




「 __________。 」

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今夜だけのゆめ。 えびえび @fuyuchan

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