まおう。
蜜りんご
まおう。
貧しい村に生まれた。
いつもお腹が空いていた。
住む家も、着ているものも、ボロボロで汚かった。
ある日、村に知らない男がやって来た。
ワタシを見つけるとその男は、嫌な顔で笑った。
その男は、お父さんと何か話していた。
それから、ワタシはその男に連れていかれた。
お父さんは、ワタシと目を合わせようとはしなかった。
売られたんだ……ということは、なんとなく分かった。
いっぱいお手伝いをがんばったけど。
ワタシは、まだ、あんまり役に立てなくて。
だから、仕方がないんだろう。
だから。
だから、ワタシは大人しく男について行った。
洞窟の奥へ連れていかれた。
そこで、変な味の薬を飲まされた。
目の前が真っ白になった。
アツイ……! イタイ……! クルシイ……!
イヤ……! モウヤダ……! タスケテ……!
タスケテ! モウユルシテ!
イタイ! アツイ! クルシイ!
タスケテ! タスケテ! タスケテ!
ナンデモスル! ナンデモスルカラ!
オネガイ! ヤメテ! モウヤメテ!
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ヤメテヤメテヤメテヤメテ!
タスケテタスケテタスケテタスケテ…………………………。
頭の奥で、何かが焼き切れる匂いと音がして。
何もわからなくなった。
声が聞こえて来た。
かすれてとぎれとぎれの声。
ワタシを連れ去った男の声。
気持ちの悪いだみ声。
『ヒト……ヘイキ……テキゴ……タイ……』
何? 何のこと?
『カンセイ……オマ……ハ イマカ……』
何を言っているの?
ああ、でも。
熱も痛みも苦しみも、今は感じない。
なら、もう。
それで、いいか…………。
だみ声が、遠くなった。
ああ、また。
声が、聞こえて来た。
ワタシを連れ去った男の声。
『サア……アノムラ……ヤキハラ……』
赤い光が見えた気がした。
何もわからなくなった。
また声が聞こえた。
だみ声じゃない。
知らない男の人の声。知らない女の人の声。
何人か、いるみたいだった。
今度は、目も見えるようになった。
剣や杖……武器を持った人たちが、ワタシを睨みつけていた。
とても怖い顔をしている。
みんな怒っているみたいだ。
誰に? ワタシに? どうして?
分からない。
分からないけど、怒っている。
みんな、ボロボロだった。
ボロボロだけれど、ワタシが生まれた村のみんなよりは、ずっとマシだった。
汚れて傷ついているけれど、磨けばピカピカになりそうな鎧。
破れて血が付いているけれど、洗って繕うだけで、村長が着ていた服よりも、よっぽど上等なローブやマント。
ボロボロなのに、みすぼらしくない。
疲れているのに、力に満ち溢れている。
村のみんなとは、何もかもが違う人たち。
声が聞こえる。
前よりも、はっきりと。
『魔王よ! お前だけは絶対に許さない!』
『お前に滅ぼされた町や村、命を奪われた者たちの、残された者たちの恨み、今ここで晴らす!』
『世界のために、なんとしてもお前を倒す!』
みんなワタシを見ている。
怖い顔をしている。
何? 何のこと? 何を言っているの?
剣の、槍の、弓矢の、杖の先が、ワタシに向けられる。
あの男に薬を飲まされた時の、内側から焼かれるような痛みと苦しみを思い出した。
あの男の声は聞こえない。
あの男がいなくても、ワタシは、痛い目に合わされるの?
どうして?
貧しいから?
貧しい村に生まれたから、いけないの?
ワタシが役に立たなかったから?
ワタ……ワタシは…………。
何もわからなくなった。
声が聞こえて来た。
喜んでいる声。
嬉しそうな声。
『やったぞ! ついに魔王を倒したぞ!』
『これで、ようやく世界に平和が訪れるわね……』
『ああ! 俺たちが、世界のみんなを救ったんだ!』
ぼんやりとだけど、目が見えるようなった。
彼らは、さっきよりもずっとボロボロになっていた。
傷ついていた。
なのに、キラキラと輝いていた。
夜空の星のように。
体がずーんと重かった。
何かが流れ出て行くのを感じる。
ワタシは彼らに倒されたのだ。
ボロボロなのにキラキラと光を放って、楽しそうにはしゃいでいる彼ら。
一人で地面に這いつくばり、みじめに終わろうとしているワタシ。
彼らが羨ましかった。
ワタシもあんな風に笑ってみたかった。
満たされた顔で笑ってみたかった。
どうして彼らは――――?
どうしてワタシは――――?
どうしてワタシのことは、誰も助けてくれなかったの?
ワタシにはないものをたくさん持っている彼ら。
貧しいワタシから、ワタシに残された、たった一つのものを奪った彼ら。
満たされないものは、満ち足りたものから奪われるしかないの?
どうして彼らは――――?
どうしてワタシは――――?
目の前が真っ赤になった。真っ白になった。真っ黒になった。
耳の奥で、フツッと何かが切れた音がした。
胸に穿たれた空洞から、煮え滾る何かが噴き出して呑み込んでそしてワタシは。
真っ黒に塗りつぶされていた目の前が、色を取り戻した。
キラキラとはしゃいでいた人たちは、バラバラになって転がっていた。
あちこち煤けている。
村のみんなよりもみすぼらしい。
キラキラになることも、キラキラを手に入れることも出来なかった。
代わりに――――。
キラキラをボロボロに出来る力を――――ワタシは手に入れた。
ワタシ、ワタシは――――――――。
まおう。 蜜りんご @3turinn5
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