『ホームシェアキーパー 』〜奇跡の学習塾〜
荒野の高等遊民5号
第1話
イラスト有(noteへリンク)
https://note.com/witty_gnu512/n/n72beb448d139
第一章 出会い
「なるほどねぇ……あなたが“シェアハウス
キーパー”さん?」
玄関先で眼鏡を直しながら神崎智子は、
目の前の若い女性をじっと見た。
「はい……落合敬子20歳です」
敬子は深々と頭を下げた。黒髪を後ろで束
ね、少し緊張した笑みを浮かべる。
「まだ学生さんのようだけど?」
「実は……医学部を目指して浪人中で。
生活のために派遣会社から紹介されました」
智子は頷いた。――シェアハウスキーパー。
最近増えている住み込み家政婦の仕組み。
家主は空き部屋を提供する代わりに、料理
や掃除、買い物代行を手伝ってもらえる。
孤独な高齢者にとっては心強い同居人であ
り、若者にとっては住居と収入を得られる
仕組みだ。
「じゃあ、まずは掃除や料理をお願いしよ
うかしら」
「はい!……あ、落合さん数学、得意なん
ですよね?」
「ええ、元高校教師だったから」
敬子の目が少し光った。
「もし、時間があるときでいいので勉強、
見てもらえませんでしょうか?」
智子は笑った。
「なるほど。あなたは家事だけでなく、
“勉強”も求めているわけね」
敬子はキーパー開始から3か月が経ち、
仕事も勉強も自分のペースで出来るよう
になり、家主の智子とも信頼関係が築け
てきた。
第二章 元教師たち
3か月が過ぎたころ、智子の家の居間には、
近所の元教師仲間たちが集まっていた。
「この子ね、敬子さん。東大医学部を目指
してるのよ」
「まあ!」
「だったら私たちの出番ね!」
英語担当の杉本、理科担当の中川、国語担
当の原田、社会担当の松尾。みな七十代の
元教師。夢のように話していた「小さな学
習塾」が、思いがけない形で動き出した。
「敬子さん、どう?私たちが“特別チーム”
になって勉強をサポートしたら」
「……そんな、いいんですか?」
「もちろん。あなたが頑張るなら、私たち
も青春をもう一度味わえるわ」
敬子の胸が熱くなる。――でも、その厳し
さは想像を超えていた。
次の日から5人の先生対2浪女子の戦いが
始まった。
「敬子さん!ここ、微分方程式の途中計算、
雑よ!」
「英単語、昨日の分を全部言えるまで寝ち
ゃだめ!」
「過去問は時間を測って。
実戦のつもりで!」
日々の勉強は地獄のようだった。食事を作
り、洗濯をこなし、その合間に猛勉強。
ある夜、敬子はペンを置いて机に突っし
た。「もう……無理だよ。こんなの続け
たら私、壊れちゃう……」
智子が静かに声をかける。
「敬子さん、あなたはウイルスのことを“仇”
のように思っているのでしょう。
でもね、憎しみで走り続けると、必ず途中
で倒れるわ。医学を学ぶなら、憎しみでは
なく、人を救いたいという気持ちが優先よ」
しかしその言葉も届かず、翌朝。
敬子の部屋に敬子はいなかった。
第三章 元教え子たち
海辺の砂浜に、敬子はひとり座っていた。
冷たい潮風に髪をなびかせ、膝を抱えて涙
をこぼす。
「私、東大なんて無理だよ。みんなの期待
に応えられない」
そこへ走ってきたのは、家主の智子のかつ
ての教え子たちだった。
「落合さん!」
「先生から聞いた!皆で探したんだよ!」
彼らは息を切らしながらも笑顔を向けた。
「先生が言ってた。“数学は人生の答え合わ
せじゃない間違えても何度も修正すればい
い”って」
「俺たちも受験で散々絞られたけど……
でも諦めなかったから、今ここにいるんだ」
敬子の目に涙が溢れた。
「……どうして、そこまで……」
「だって君は、先生の大事な教え子だから」
その言葉に、敬子の胸に再び灯がともった。
それからの敬子は見違えた。
第四章 入試試験合格発表
やがて迎えた春。
東京大学合格発表の掲示板。
「……あった……!受かった!医学部!」
「やったわね、敬子さん!」
敬子は泣きながら智子に飛びついた。
「ありがとうございます!ここまで来ら
れたのは、智子さんのおかげです!」
智子は目を細め、優しく頭を撫でた。
「いいえ。あなたが最後まで立ち上がっ
て来てくれたからよ。本当におめでとう」
第五章 奇跡の学習塾
5人の元教師はビルの事務所を借りて中学
受験を目指す学習塾を開いた。
家主の智子が他の教師に言う。
「さぁー教師には定年はないのよ!」
他の教師たちも再び気を引き締める。
「そうね、未来を作るのは生徒たち」
「私達は、覚えさせるのではなく、知りた
いことをサポートするのよ」
「一人でも多く、この日本を救える人に」
「私達はまた全力を尽くそう!」
その様子を教室の後ろから見守る敬子。
敬子は引き続き、家主の智子のキーパー
として仕事も続けることにした。
「がんばって、先生たち」
開講した塾は、元生徒たちの口コミやSNS
情報発信もあり、定員オーバーするほど
盛況でたまに敬子や元生徒たちも助っ人で
手伝うこともあった。
―おわり―
『ホームシェアキーパー 』〜奇跡の学習塾〜 荒野の高等遊民5号 @kouyanokoutouyuumin
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