「餅が詰まる、その日まで」

をはち

「餅が詰まる、その日まで」

あれはいつの頃だっただろう。


世の中がまだニコニコ生放送の全盛期だった頃だ。


私は、ぽにょという配信者の放送に、毎晩のように入り浸っていた。


そこは女性リスナーばかりの閉じた世界で、男の常連は私を含めてわずか三人。


私と、むささびさん、たわしさん。


私たちは三人合わせて「加齢三兄弟」と呼ばれ、私はその末弟だった。


そんな放送に、年末年始だけふらりと現れる女性がいた。


名前はもう思い出せない。


彼女が口にするのは、いつも舅の悪口ばかり。新年を迎え、成人式の頃になるとぴたりと姿を消す。


そして次の年末、ひょっこり戻ってきて、こう切り出すのだ。


「舅のヤツ、また餅を喉につまらせなかったわぁ…。


二十個は食わせてるのに、ピンピンしてて困るわぁ~。今年こそ、餅で死んでくんねーかな」


そんな会話が、五年か六年続いた。


彼女の声は、画面越しのチャットに文字として淡々と綴られ、どこか冗談めかしていたが、


繰り返されるたび、私の胸に奇妙な重みが積もっていった。


同居か二世帯か、何なのかは知らないが、そんな殺意の塊の嫁に魅入られて、なお生きながらえる舅が不死身に思えた。


餅を喉に詰まらせるどころか、毎年生き延びる。


彼女の言葉は、呪いの呪文のように放送を満たし、世にこんなにもたくさんの、舅、姑嫌いの女性がいたのかと


私は驚きつつ、彼女たちに同調した。


ある正月、ニュースが流れた。


餅の早食い名人が、喉に餅を詰まらせて亡くなったという。原因は、いつも硬めに作っていた餅が、


その日は柔らかく仕上がっていたため。喉の途中で滑りが悪くなり、詰まってしまったらしい。


私はただ、「へぇ、柔らかいと危ないんだなぁ」と呟くだけであった。


放送の誰もが、気にもとめなかった。その年の年末、彼女がまた現れた。


「今年こそ、餅食わしてつまらせてやる」。


やる気満々の言葉に、私はつい余計なことを口走った。


「そういえば、ニュースでやってたけど、餅って柔らかいと詰まるらしいよ。餅食い名人が、それで亡くなったんだって」


チャットに沈黙が落ちた。


やがて、彼女の返事。


「うちのもち、硬めだったわ」そして、ぽつり。


「そうか、柔らかくすればいいんだ」それきりだった。


二度と彼女は放送に戻らなかった。


チャットログを遡っても、痕跡は消えていた。


まるで、最初からいなかったかのように。


私たち加齢三兄弟を含め、放送の仲間達は結局十五年の付き合いを経て、実際に会う仲になった。


妻となり、ママになった者もいる。


私はその子供から「じーじ」と呼ばれている。


昔から加齢だとか言われてきたが、子供の無垢な声に「じーじ」と呼ばれたら、何も言えなくなる。大出世だ。


だが、時折、年末の夜に思う。


彼女の最後の言葉。


舅は今もピンピンしているのだろうか。それとも、柔らかい餅が喉を滑り、静かに詰まったのだろうか。


彼女はどこかで、満足げに笑っているのかもしれない。


放送の画面は今も点くが、あのチャットは二度と蘇らない。


餅の季節が来るたび、喉の奥に、柔らかな影がよぎる。

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「餅が詰まる、その日まで」 をはち @kaginoo8

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