『俺達のグレートなキャンプ165 管理人さんの愛妻弁当を食べてしまった!よし隠蔽しよう』
海山純平
第165話 管理人さんの愛妻弁当を食べてしまった!よし隠蔽しよう
俺達のグレートなキャンプ165 管理人さんの愛妻弁当を食べてしまった!よし隠蔽しよう
「うおおおおおおっ!見ろよ千葉!富山!今日のキャンプ場は最高だぜえええっ!」
石川が両手を大きく広げて、まるで世界を抱擁するかのようなポーズで叫ぶ。背後には青々とした山々が連なり、清流が心地よい音を立てている。秋の爽やかな風が吹き抜け、石川の髪がばさばさと乱れる。その姿はまるで自然と一体化した原始人のようだ。目を閉じて深呼吸し、両手を天に向けて突き上げる。完全にキマっている。
「いやあ、本当にいいところですね!空気が美味しい!これが本物のキャンプ!」
千葉が深呼吸しながら、目をキラキラと輝かせている。新品のアウトドアジャケットが少しだけぎこちなく体にフィットしているが、本人はまったく気にしていない様子だ。リュックを下ろす動作も、まだどこかたどたどしい。膝をガクッと曲げて「よいしょ!」と声を出しながらリュックを地面に置く。その動きが初々しすぎて、逆に微笑ましい。
「はいはい、テント張るわよ。石川、今回は『普通の』キャンプなんでしょうね?」
富山が疑わしげな目つきで石川を見つめながら、手慣れた様子でテント袋を取り出す。彼女の動きには無駄がなく、明らかに何百回とキャンプをこなしてきた経験が滲み出ている。目は半分眠たそうだが、手は機械のように正確に動く。石川を見る視線には「また何かやらかすんでしょ」という疲労感が濃厚に漂っている。眉間には既に警戒の皺が刻まれている。
「もっちろん!今日はただの普通のキャンプさ!ただ自然を楽しむ、シンプル・イズ・ベストなキャンプだよ!」
石川がニカッと笑いながら親指を立てる。その笑顔があまりにも爽やかすぎて、逆に怪しい。白い歯がキラリと光り、まるで歯磨き粉のCMのようだ。しかしその目は微妙に泳いでいる。
「...本当に?本当に本当に?」
富山の目が細くなる。眉間に小さな皺が寄り、明らかに信用していない表情だ。腕を組んで、片足でトントンと地面を叩く。その姿勢は完全に「問い詰めモード」だ。
「本当だって!疑うなよ〜。な、千葉?俺たち、今日は普通のキャンプだよな?」
「はい!石川さんを信じます!石川さんが言うなら間違いないです!」
千葉が元気よく答える。その無邪気な笑顔に、富山は小さくため息をついた。「こいつら...」と小声で呟きながら、空を仰ぐ。秋空が綺麗すぎて逆に腹が立つ。
三人がテントを設営し始めて約三十分。石川と富山は手際よくペグを打ち込み、ロープを張っていく。石川はハンマーを振り下ろすたびに「せいやっ!せいやっ!」と無駄に大きな掛け声を出している。富山は無言で淡々と作業を進めるが、その手つきはプロフェッショナルそのものだ。一方、千葉はテントポールと格闘しながら「あれ?これどっち向きだっけ?」と首を傾げている。ポールを逆さまに持って、ひっくり返して、また逆さまにして、完全に混乱している。汗がじんわりと額に浮かんでいる。
「千葉、そっちは逆!ポールの先端にピンが付いてる方を下にするんだよ!」
「おっと失礼!なるほど〜!勉強になります!」
千葉がポールをひっくり返す。しかし今度は反対側を間違えて、また逆さまになる。石川と富山が同時に「あああああ」と声を漏らす。
「千葉、落ち着いて。深呼吸して。ゆっくりでいいから」
富山が優しく声をかける。その表情には若干の諦めと、母性的な包容力が混ざっている。千葉は「はい!」と元気よく返事をするが、相変わらずポールを逆に持っている。
和気藹々とした雰囲気の中、徐々にキャンプサイトが形になっていく。隣のサイトでは家族連れがバーベキューの準備をしており、子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。「パパ、炭に火がついたよ!」「よーし、じゃあ肉焼くぞ〜!」というやり取りが微笑ましい。さらに奥のサイトには若いカップルがハンモックを吊るしている。女性が「ねえねえ、インスタ映えするかな?」と聞き、男性が「最高だよ!」と答えている。平和なキャンプ場の光景だ。
「よっし!完成!我ながら完璧な設営だ!」
石川が満足げに手を叩く。三つのテントが綺麗に並び、中央には焚き火スペースが確保されている。石川のテントは青色、富山のテントは緑色、千葉のテントはオレンジ色だ。まるで信号機のようなカラフルな配置になっている。
「じゃあ、俺ちょっと管理棟に挨拶行ってくるわ!ちゃんと礼儀正しくな!」
石川が胸を張って言う。その表情は妙に自信満々だ。
「あ、私も行きます!管理人さんに挨拶したいです!」
千葉が立ち上がろうとすると、石川が手を振って制止する。その動きが不自然なほど大げさだ。
「いいよいいよ!千葉は休んでな!設営で疲れただろ?すぐ戻るから!」
そう言って石川は軽快な足取りで管理棟へと向かっていく。スキップしながら「るんるん♪」と鼻歌まで歌っている。その後ろ姿を見ながら、富山が不安そうに眉をひそめる。両手を腰に当てて、じっと石川の背中を見つめる。その視線は「絶対何かやらかす」という確信に満ちている。
「...なんか嫌な予感しかしないんだけど。あいつ、絶対何かやらかすわ」
「大丈夫ですよ、富山さん!石川さんは今日は普通のキャンプって言ってたじゃないですか!信じましょうよ!」
千葉が屈託のない笑顔で答える。その目は本気で石川を信頼しきっている。富山はさらに深いため息をついた。「この子、ピュアすぎる...」と心の中で呟く。
十五分後。管理棟の方角から、男の絶叫が響き渡った。
「うわああああああああっ!!!やばいやばいやばいっ!!!」
その声は紛れもなく石川のものだ。富山と千葉が驚いて顔を見合わせる。富山の顔には「ほら来た」という表情が浮かぶ。
「ほらああああっ!やっぱり何かあったああああっ!言ったでしょ!絶対何かやらかすって言ったでしょおおおっ!」
富山が立ち上がって叫ぶ。その表情には「やっぱりね」という諦めと「またか」という疲労が混ざっている。両手で頭を抱えて、その場でクルクルと回る。完全にパニックだ。
「えっ、なになに!?石川さんに何があったんですか!?」
千葉が慌てて石川の方を見ると、彼が両手で頭を抱えながら、こちらに向かって全力疾走してくる姿が見えた。その顔は蒼白で、明らかにパニック状態だ。口をパクパクさせながら、目を見開いて走っている。まるで何かの怪物に追われているかのような必死さだ。後ろからは何も追いかけてきていないのに、まるで百メートル走の選手のような速さで駆けてくる。
「た、た、た、大変だああああっ!!!マジでやばい!超やばい!宇宙一やばい!」
石川がサイトに飛び込んでくる。息を切らしながら、両手をぶんぶん振り回している。その勢いで砂埃が舞い上がる。膝に手をついて、ハアハアと荒い息をしている。額には大量の汗が浮かんでいる。
「ど、どうしたの!?何があったのよ!?」
富山が石川の肩を掴む。石川は荒い息をしながら、震える指で管理棟の方を指差す。その指は完全にプルプル震えている。
「お、俺...やっちまった...!人生最大級のミスを...!」
「何を!?何をやらかしたのよ!?早く言いなさい!」
富山が石川の肩を揺さぶる。ガクガクと前後に揺れる石川。完全にマリオネット状態だ。
「か、管理人さんの...愛妻弁当を...」
「え?愛妻弁当?」
「食べちゃった!!!!!しかも半分以上!!!!」
「はああああああっ!?ちょ、ちょっと待って、意味が分からない!」
富山の声が裏返る。千葉も目を丸くして固まっている。口を開けたまま、ピクリとも動かない。まるで時が止まったかのようだ。
「どういうこと!?なんで管理人さんのお弁当食べちゃうのよ!?人のもの勝手に食べるとか、小学生でもやらないわよ!」
富山が両手を広げて叫ぶ。その声のボリュームに、隣のサイトの家族がこちらを見た。お父さんが「何事だ?」という顔でこちらを凝視している。
「いや、管理棟に入ったら、カウンターの上にめっちゃ美味しそうな弁当が置いてあって!二段重ねの赤いお弁当箱で!ふたを開けたら、から揚げとか卵焼きとか、めっちゃ綺麗に並んでて!」
石川が両手を前に出して、必死に説明を始める。その動作は明らかに言い訳モード全開だ。手をパタパタ動かして、まるで鳥が羽ばたくようだ。
「で、『無料サービスかな』って思って!『ご自由にお取りください』って札が近くにあったし!」
「思うわけないでしょおおおっ!!常識で考えなさい!管理人さんが自分のお昼ご飯を無料で配るわけないでしょうがああああっ!」
富山のツッコミが炸裂する。その声のボリュームに、今度はカップルのサイトからも視線が飛んでくる。女性が「何あれ?」と囁いている。
「いや、だって!めっちゃお腹空いてたんだもん!しかも、から揚げの匂いがもう最高で!レモンの香りもして!衣がサクサクで中はジューシーで!」
「情報いらない!どうでもいい!」
「卵焼きも甘くて!ふわふわで!多分砂糖と出汁を絶妙なバランスで!」
「だからどうでもいいって言ってるでしょうがああああっ!」
富山が頭を抱える。そのまま地面にしゃがみ込んでしまう。千葉も「うわあ...これは...」と小さく呟いて、顔を手で覆った。
「それで気づいたの?自分が人の弁当食べてるって?」
富山が顔を上げて、疲れ切った表情で聞く。
「うん...半分くらい食べたところで、弁当箱の隣に手書きのメモを見つけて...」
「メモ?」
「『愛妻からのお昼ご飯♡管理人へ。今日も頑張ってね!愛を込めて♡♡♡』って...ハートマークが三つも...」
「最悪じゃないのおおおっ!!人の愛を食ったのよあんた!!」
富山の叫びが山にこだまする。隣のサイトの子供が「ママ、あのお姉さん怖い」と言っている。お母さんが「シーッ、見ちゃダメ」と制止している。
「しかもさ、から揚げとか卵焼きとか、手作り感満載でさ!愛情たっぷりって感じで!きっと朝早く起きて作ったんだと思うんだよ!それを俺が...俺が...!」
石川がその場に崩れ落ちる。両手で顔を覆って、うずくまる。その背中が小刻みに震えている。本気で落ち込んでいるようだ。
「で、慌てて逃げてきたんだけど...どうしよう、マジで!管理人さん、めっちゃいい人そうな人だったんだよ!五十代くらいの、温厚そうな、優しそうなおじさんで!きっと奥さんと仲良くて!毎日お弁当作ってもらって!それを楽しみに仕事してて!」
石川の説明がどんどん妄想混じりになっていく。
「そんなの...素直に謝るしかないでしょ...今すぐ戻って謝りなさいよ...」
富山が疲れた声で言う。しかし石川は首を横に振った。激しく振る。まるでホラー映画の幽霊のように激しく振る。
「無理だ!絶対無理!俺、もう管理人さんの顔見れない!だって考えてみろよ!楽しみにしてたお昼ご飯が半分食われてるんだぞ!しかも見ず知らずの客に!ショックで立ち直れないだろ!」
「あんたが食べたんでしょうが!」
富山がツッコむが、石川は両手を頭の上で組んで、完全に塞ぎ込んでいる。
そこで千葉がハッとした表情になる。まるで電球が頭の上で光ったかのように、顔がパッと明るくなる。
「あ、あの...もしかして...いいアイデアがあるかもしれません!」
「ん?」
石川と富山が同時に千葉を見る。千葉は人差し指を立てて、ニッコリ笑った。
「代わりのお弁当を作って、すり替えちゃえばいいんじゃないですか!?そしたら管理人さんは何も気づかずにお昼ご飯を食べられます!」
その瞬間、石川の目がキラリと光った。まるで砂漠で水を見つけた旅人のように、希望に満ちた表情になる。
「千葉ああああっ!!お前、天才か!!いや、天才だ!!天才中の天才だ!!ノーベル賞ものだ!!」
石川が立ち上がって、千葉の両手を握る。ブンブンと上下に激しく揺さぶる。千葉の体が前後にガクガク揺れる。
「えっ、ちょっと待って!待って待って!」
富山が慌てて割って入る。二人の間に割り込んで、両手を広げて制止する。
「それって隠蔽工作よ!?完全なる証拠隠滅!犯罪のにおいがプンプンするわよ!ダメに決まってるでしょ!!」
「いや、でも富山!考えてもみろよ!」
石川が富山の肩に手を置いて、真剣な表情で言う。
「管理人さんは楽しみにしてた愛妻弁当が食われてショック受けるわけだろ?でも完璧に復元されたお弁当があれば、何事もなかったように幸せなランチタイムを過ごせるんだぞ!?これは善行だよ、善行!むしろボランティア活動!社会貢献!」
「屁理屈こねないの!めちゃくちゃな理論展開しないの!」
富山が叫ぶが、石川はもう立ち上がって、目をギラギラさせている。その目は完全に「やる気スイッチ」が入っている。
「よっし決めた!今回のグレートなキャンプは『管理人さんの愛妻弁当完全再現・隠蔽工作大作戦』だああああっ!!」
石川が拳を天に突き上げる。その瞬間、ちょうど雲の隙間から太陽の光が差し込み、石川を後光のように照らした。まるで神々しい。
「勝手に決めないでええええっ!私は反対!大反対!絶対反対!」
富山の叫びも虚しく、石川はすでに行動を開始していた。テントからスマートフォンを取り出し、必死に画面をスワイプしている。その指の動きは光の速さだ。
「えーっと、弁当箱の形状は...赤い二段重ね!サイズは...多分横十五センチ、縦十センチくらい!おかずは...から揚げが五個、卵焼きが三切れ、ウインナーが二本、ミニトマトが三個、ブロッコリーが二房、あとご飯の上に梅干しが一個!」
「めっちゃ覚えてんじゃないのよ!細かすぎるわよ!」
「食い物の記憶は完璧なんだよ!写真みたいに脳に焼き付いてるんだ!」
石川が胸を張って答える。千葉も徐々にテンションが上がってきたようで、スマホを取り出した。
「近くのスーパー検索しますね!食材を買いに行かないと!」
千葉が真剣な表情で画面をタップしている。その目は本気だ。
「おお!流石千葉!話が分かる!完全にグレートなキャンパーの素質あるぞ!」
「ちょ、千葉まで!?正気なの!?二人とも正気なの!?」
富山が信じられないという表情で二人を見る。しかし千葉は真剣な顔で地図アプリを見つめている。指でズームイン、ズームアウトを繰り返す。
「ありました!車で十五分のところにスーパーが!スーパー・マルエキです!」
「よっしゃああああっ!完璧だ!富山!車出してくれ!」
「なんで私が協力しなきゃいけないのよ!私は反対だって言ってるでしょ!」
「富山の車じゃないと三人乗れないだろ!頼む!俺たちのグレートな友情のために!管理人さんの幸せのために!」
石川が両手を合わせて拝む。その目は真剣そのものだ。まるで命乞いをする囚人のような必死さだ。千葉も一緒に手を合わせる。二人で「お願いします!」と声を揃える。
富山は数秒間石川を睨みつけた後、大きく息を吐いた。肩が大きく上下する。
「...はあああああ。分かったわよ。もういいわ。でも、これで最後よ!もう二度とこんな馬鹿なことに付き合わないんだから!絶対よ!」
「言ったな!その言葉、今回で百六十五回目だぞ!」
「うるさい!もういい!さっさと行くわよ!」
富山が車のキーを取り出す。その動きは完全にヤケクソだ。
車内。富山が運転席で険しい表情を浮かべながらハンドルを握っている。両手に力が入りすぎて、ハンドルがギシギシと音を立てている。助手席の石川は弁当のメモを必死に見直している。「から揚げ五個、卵焼き三切れ...」とブツブツ呟いている。後部座席の千葉はスマホで「から揚げ 愛情たっぷり 作り方」を検索している。真剣な表情で画面をスクロールしている。
「なあ千葉、から揚げって何分揚げればいいんだ?俺、料理とか全然分かんないんだよな」
「えーっと...中温で三分から四分って書いてあります!」
「中温って何度だ?」
「百七十度から百八十度だそうです!」
「なるほど!さすが千葉!リサーチ能力高い!」
二人が後ろで盛り上がっている。富山はハンドルを握りしめたまま、無言でアクセルを踏む。
「富山は料理得意だろ?アドバイスくれよ!」
「知らないわよ!自分で調べなさい!だいたいね、から揚げなんて時間かかるのよ!下味つけて寝かせないといけないし!」
「マジで!?じゃあ時短テクニックとかないの?」
「あるわけないでしょ!料理は愛情と時間よ!」
車内に微妙な沈黙が流れる。信号待ちで止まった車の中で、三人が同時に「はあ...」とため息をつく。その瞬間、妙な一体感が生まれる。
しかし、すぐに石川が元気を取り戻した。
「まあまあ!とにかく完璧な弁当を作るぞ!管理人さんの笑顔のために!そして俺たちの平和なキャンプのために!」
「そもそもあんたが食べなきゃよかった話なんだけどね...」
富山がぼそりと呟く。その声には深い疲労感が滲んでいる。
スーパー・マルエキ。地方の小さなスーパーだが、品揃えは悪くない。駐車場には軽トラックや家族連れの車が何台か停まっている。
「よっしゃああああっ!着いたぞおおおっ!」
石川が車から飛び出し、スーパーに向かって走り出す。その勢いは百メートル走の選手並みだ。
「ちょっと待ちなさいよ!」
富山と千葉も慌てて後を追う。三人が店内に駆け込むと、買い物客たちがギョッとした表情でこちらを見た。
「から揚げ用の鶏肉!から揚げ用の鶏肉はどこだああああっ!」
石川が叫びながら精肉コーナーに突進する。その姿はまるで獲物を探す肉食動物だ。
「あった!これだ!もも肉!」
石川が鶏もも肉のパックを掴む。しかし次の瞬間、顔が青ざめる。
「やばい...これ、調理に時間かかるやつだ...下味つけて...揚げて...」
「だから言ったでしょ」
富山が呆れた顔で言う。
「あっ!」
千葉が突然声を上げる。
「から揚げのお惣菜があります!あそこ!」
千葉が指差した先には、お惣菜コーナーがあった。そこには出来立てのから揚げが山盛りで並んでいる。湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが漂っている。
「千葉ああああっ!!お前、本当に天才だ!!」
石川が千葉の肩を抱いて、ブンブン揺さぶる。千葉の体が左右に激しく揺れる。
「でもこれ、奥さんの手作りじゃないわよ?バレるんじゃない?」
富山が冷静にツッコむ。
「大丈夫だ!管理人さん、きっと味の記憶とかないって!毎日食べてたら、ちょっとくらい味が違っても気づかないって!」
「適当なこと言わないの!」
それでも石川はから揚げのパックを三つカゴに入れる。念には念を入れてという姿勢だ。
「次は卵焼き!卵焼きも探すぞ!」
「ありますよ!ここに!」
千葉がお惣菜コーナーの卵焼きを指差す。綺麗に切られた卵焼きが並んでいる。
「完璧だ!あとはウインナーとミニトマトとブロッコリーと梅干しと...あっ、弁当箱!弁当箱も必要だ!」
「弁当箱なんて売ってるの?」
「売ってなかったら...100円ショップ!近くにあるはず!」
千葉が再びスマホで検索する。
「ありました!隣のブロックに100円ショップが!」
「よっしゃあああっ!完璧な作戦だ!」
三人が商品をカゴに詰め込んでいく。その姿は完全に強盗団だ。周りの買い物客が怪訝な表情でこちらを見ている。
レジに並ぶ三人。石川はカゴの中身を何度も確認している。富山は腕を組んで天井を見上げている。完全に現実逃避だ。千葉は真剣な表情でスマホの画面を見つめている。「弁当箱のサイズは...」とブツブツ呟いている。
「お会計、三千二百円になります」
レジの店員さんが淡々と言う。中年の女性で、メガネをかけている。三人の様子を不思議そうに見ている。
「はい!」
石川がサッと財布を出して支払う。その動きは妙に堂々としている。まるで何か悪いことをしている自覚がないかのようだ。
「ありがとうございました〜」
店員さんの声を背に、三人は店を飛び出す。
「次は100円ショップだ!急げ急げ!」
石川が袋を抱えて走り出す。富山と千葉も後を追う。三人が100円ショップに飛び込むと、店員さんがビクッと驚いた。
「すいません!お弁当箱ありますか!?赤い二段重ねのやつ!」
石川が息を切らしながら叫ぶ。店員さんが「あ、はい...あちらに...」と指差す。
キッチンコーナーに並ぶ弁当箱の棚。石川の目が真剣にスキャンしていく。青い弁当箱、緑の弁当箱、黄色の弁当箱...そして!
「あった!赤だ!二段重ねだ!完璧だああああっ!」
石川が弁当箱を掴み上げる。まるで聖剣を手に入れた勇者のようだ。弁当箱を天高く掲げる。店内の蛍光灯の光が弁当箱に反射して、キラリと光る。
「でもサイズ合ってる?」
富山が冷静に聞く。
「えーっと...」
石川が弁当箱を手に取って、じっくり観察する。横幅を指で測る。縦の長さも確認する。
「多分...いや、絶対合ってる!俺の記憶力を信じろ!」
「信じられないわよ...」
それでも三人はレジに向かう。百円の弁当箱を購入し、再び車に戻る。
車内で富山が深いため息をつく。
「はあ...まさか人生でこんなことするとは思わなかったわ...」
「大丈夫だって!きっとうまくいくから!」
石川が助手席で弁当箱を開けたり閉めたりしている。カチャカチャという音が車内に響く。
「次はキャンプ場に戻って、弁当を詰めるんだな!」
「そうね...料理するのね...隠蔽工作のために...」
富山が遠い目をしながら呟く。その目には人生の虚無が映っている。
キャンプ場に戻ると、既に昼過ぎだ。太陽は中天に昇り、管理人さんはそろそろお昼ご飯を食べる時間だろう。
「やばい!時間がない!急げ急げ!」
石川がテントサイトに荷物を放り投げる。袋から食材を次々と取り出す。から揚げのパック、卵焼き、ウインナー、ミニトマト、ブロッコリー、梅干し。
「よし!じゃあ詰めるぞ!」
石川が弁当箱を開ける。真っ白なプラスチックの内側が眩しい。
「待って、ご飯がないわよ」
富山が指摘する。
「あっ!」
三人が同時に固まる。完全に盲点だった。
「ご飯...買い忘れた...」
石川の声がか細くなる。その顔が再び青ざめる。
「どうする!?また買いに行く!?」
千葉が慌てて言う。
「いや、時間がない!もう管理人さん、お昼休憩に入ってるかもしれない!」
そこで富山がハッと何かに気づいた表情になる。
「...私のテントに、レトルトご飯があるわ」
「富山ああああっ!!」
石川が富山に抱きつく。富山は「ちょっと、離れなさいよ!」と言いながらも、テントに向かう。数秒後、レトルトご飯のパックを持って戻ってくる。
「これ、私の非常食なんだけど...まさかこんなことに使うとは...」
「ありがとう富山!お前最高だ!」
石川がレトルトご飯をテントの中に持ち込む。数分後、温めたご飯が出来上がる。
「よし!じゃあ詰めていくぞ!まず下の段にご飯!」
石川が慎重にご飯を弁当箱に詰める。その手つきは意外にも丁寧だ。ご飯を平らにならして、真ん中に梅干しを置く。
「おお...なんか弁当っぽくなってきた...」
千葉が感心した声を出す。
「次は上の段だ!から揚げを...五個!」
石川がから揚げを並べる。しかし問題が発生する。
「あれ?から揚げがデカすぎて入らない...」
スーパーのから揚げは、手作りのものより一回り大きい。五個入れると、明らかにギュウギュウになる。
「どうする?四個にする?」
「いや、五個って覚えてるんだ!絶対五個だった!」
「じゃあ...潰す?」
「潰すな!から揚げに失礼だろ!」
石川が叫ぶ。その真剣さに、富山と千葉が思わず吹き出す。
「何笑ってんだよ!これは真剣な作戦なんだぞ!」
「ごめんごめん...でも、から揚げに失礼とか言ってる場合じゃないでしょ...」
富山が笑いながら言う。その笑顔を見て、石川も少し表情が和らぐ。
「まあ...確かにな。よし、じゃあちょっと重ねて入れよう」
石川がから揚げを工夫して配置する。何度も位置を変えて、パズルのように試行錯誤する。
「よし!入った!次は卵焼き!」
卵焼きを三切れ並べる。その隣にウインナーを二本。ミニトマトを三個。ブロッコリーを二房。
「完成だ...!」
石川が弁当箱を持ち上げる。三人が弁当箱を見つめる。
数秒の沈黙。
「...なんか違う」
千葉がぼそりと呟く。
「え?」
「いや...なんというか...スーパーのお惣菜感が凄い...」
確かに、スーパーのから揚げは衣が均一すぎて、手作り感がない。卵焼きも機械で切ったような完璧な厚さだ。
「やばい...これ、バレるんじゃ...」
石川の顔が再び青ざめる。
「だから言ったでしょ...」
富山がため息をつく。
しかしその時、千葉がまた何かを思いついた表情になる。
「あっ!愛情を込めればいいんじゃないですか!?」
「愛情?」
「はい!奥さんが愛情を込めて作ったように、僕たちも愛情を込めて...こう...念を送るというか...」
千葉が両手を弁当箱にかざして、目を閉じる。
「愛情...愛情...」
その姿があまりにもシュールで、石川と富山が再び吹き出す。
「何やってんだよ千葉!」
「いや、でも...気持ちって大事じゃないですか!」
千葉が真剣な表情で言う。その目は本気だ。
「...まあ、確かにな」
石川も真剣な表情になり、弁当箱に手をかざす。
「愛情...愛を込めて...管理人さんが喜びますように...」
富山が二人を見て、「馬鹿じゃないの...」と呟くが、やはり一緒に手をかざす。
「...美味しく食べられますように...」
三人が弁当箱を囲んで、手をかざしている。その光景は完全に怪しい宗教儀式だ。隣のサイトのお父さんが「あれ何やってんだ?」と首を傾げている。
「よし!完成だ!あとは管理棟に戻して、すり替えるだけ!」
石川が弁当箱を持って立ち上がる。
「待って、どうやってすり替えるの?管理人さんいるでしょ?」
富山が当然の疑問を投げかける。
「それは...その時考える!」
「適当すぎるわよ!」
それでも石川は弁当箱を抱えて、管理棟に向かおうとする。
「待って、一人で行くの?」
「いや...怖いから...一緒に来てくれ...」
石川の声が急に弱々しくなる。その表情は完全にビビっている。
「はあ...分かったわよ。千葉も来る?」
「はい!みんなで行きましょう!」
三人が弁当箱を持って、管理棟に向かう。その足取りは重い。まるで処刑台に向かう囚人のようだ。
管理棟に近づくと、中から管理人さんの声が聞こえてくる。
「...あれ?弁当がない...おかしいな...確かにここに置いたんだけど...」
管理人さんが困惑した声で呟いている。三人が顔を見合わせる。
「やばい...既に気づいてる...」
石川が小声で言う。額に冷や汗が浮かぶ。
「どうする?」
「...突撃する!」
「え!?」
石川が意を決して、管理棟のドアを開ける。
「こんにちは〜!」
異常に明るい声で入っていく。管理人さんが振り返る。五十代くらいの温厚そうなおじさんだ。メガネをかけて、ちょっと太っている。
「あ、さっきの...」
管理人さんが石川を見て、少し困惑した表情になる。
「あの、実は...」
石川が弁当箱を差し出す。
「落とし物です!駐車場に落ちてました!」
「え?」
管理人さんが弁当箱を見る。そして自分のカウンターを見る。明らかに混乱している。
「いや、でも...私の弁当は...」
「これですよね!?赤い二段重ねの!きっと誰かがイタズラで持って行こうとして、途中で落としたんですよ!」
石川の説明が完全に支離滅裂だ。富山が後ろで顔を手で覆っている。
「あ...あの...」
管理人さんが困惑しながらも、弁当箱を受け取る。ふたを開けて中を確認する。
「...確かに、私の弁当と同じおかずだけど...」
管理人さんの目が細くなる。から揚げをじっと見つめる。
「...なんか、いつもと違うような...」
やばい。バレる。石川の心臓がドクドクと音を立てる。
しかしその時、管理人さんの携帯電話が鳴った。
「あ、ちょっとすいません」
管理人さんが電話に出る。
「はい、もしもし...あ、お前か...え?弁当?作ったよ...え?忘れた?...ああ、そっか...いや、大丈夫...うん...じゃあ、コンビニで買うわ...うん、ありがとう...愛してるよ...うん、じゃあね」
管理人さんが電話を切る。そして三人を見て、ニッコリ笑った。
「すいません、実は妻が弁当作るの忘れてたみたいで...これ、あなたたちの弁当じゃないですか?」
「え?」
三人が固まる。完全に予想外の展開だ。
「いや、私の弁当はないんですよ。妻が今電話で謝ってきて...多分これ、どなたかのお弁当だと思います」
管理人さんが弁当箱を石川に返そうとする。
「え、あ、いや、でも...」
石川が混乱して言葉が出てこない。
そこで千葉が前に出る。
「じゃあ、僕たちが美味しくいただきます!ありがとうございました!」
千葉が弁当箱を受け取って、深々とお辞儀をする。石川と富山も慌ててお辞儀をする。
「そうですか?じゃあ、どうぞ。せっかく作ったんでしょうから、美味しく食べてくださいね」
管理人さんが優しく笑う。
「は、はい!ありがとうございます!」
三人が管理棟を飛び出す。テントサイトまで全力疾走する。
サイトに戻ると、三人が同時に地面に倒れ込む。
「はあ...はあ...はあ...」
荒い息をしながら、空を見上げる。青い空に白い雲が流れている。
「...なんだったんだ、今の...」
石川が呆然と呟く。
「最初から...弁当なかったのよ...奥さんが作るの忘れてたって...」
富山も疲れ切った声で言う。
「じゃあ...僕たちがさっき食べたのは...?」
千葉が言いかけて、三人が同時にハッとする。
「試食コーナー!」
三人が声を揃える。
「そうだ!管理棟に試食コーナーがあったんだ!地元の名産品の!それを俺が勘違いして...」
石川が頭を抱える。
数秒の沈黙。
そして、三人が同時に爆笑し始めた。
「あはははは!なんだそれ!」
「最初から弁当なかったとか!」
「僕たち、何やってたんですか!」
笑いが止まらない。お腹を抱えて、涙を流しながら笑う。隣のサイトの家族が不思議そうにこちらを見ている。
「でも...」
富山が笑いながら言う。
「結果的に、私たちお弁当作ったわよね...これ、食べる?」
三人が弁当箱を見る。そこには愛情を込めて(?)詰めた弁当がある。
「食おう!」
石川が弁当箱を開ける。三人で箸を持って、弁当を囲む。
「いただきます!」
から揚げを口に入れる。意外と美味しい。卵焼きも悪くない。
「なんか...達成感あるな」
石川が笑いながら言う。
「達成感って...何も達成してないわよ」
「いや、俺たち、弁当作ったぞ!初めての共同作業!」
「それ、グレートなキャンプなの?」
富山が呆れながら聞く。
「もちろん!『管理人さんの愛妻弁当を食べてしまった!よし隠蔽しよう』作戦!無事に成功だ!」
「全然成功してないわよ!」
富山がツッコむが、その顔は笑っている。千葉も嬉しそうに弁当を食べている。
「でもさ、楽しかったよな」
「まあ...否定はしないわ」
富山が小さく笑う。
「よし!次回のキャンプも、もっとグレートなことしような!」
「もう勘弁してよ...」
富山がため息をつくが、その表情は穏やかだ。
三人が弁当を食べながら、午後の太陽の下で笑い合う。隣のサイトからは「あの人たち、楽しそうだね」という声が聞こえてくる。
「なあ富山、千葉」
石川が真面目な顔で言う。
「今回のキャンプも、やっぱりグレートだったよな」
「...馬鹿ね」
富山が笑って答える。
「はい!最高でした!」
千葉が満面の笑みで答える。
こうして、第百六十五回目のグレートなキャンプは、予想外の展開と共に、無事に(?)幕を閉じたのだった。
遠くで管理人さんがコンビニ弁当を食べながら「やっぱり妻の手作りが食べたかったな〜」と呟いている声が、秋風に乗って聞こえてきた。
『俺達のグレートなキャンプ165 管理人さんの愛妻弁当を食べてしまった!よし隠蔽しよう』 海山純平 @umiyama117
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