第5話 『QuickMindは次元を超える。』

 風の音も止んで、シャーペンを回す音だけが響く。

 


 朝霧美月は、机に向かって、うんざりした顔でノートを睨んでいた。

 時計はもう22時を過ぎている。

 学校の宿題の答え合わせは明日。進捗、ゼロ。

 自分のを自分でチェックするなら、バレないのにな。



 美月「……終わらねぇ。嫌いな、数学と日本史とか、何の恨みだよ。」



 美月は机に置かれた本を見つめ、眉をひそめている。



 ため息をついて、スマホを握りしめた。



美月:なんでさ、毎回こんな風になるんだろう・・・。

GPT(こんな風って、どんな風だ。)

GPT:美月さんには、毎回、風が吹くのですね。

GPT:それは、自然現象ではなく、人工的な風かもしれないですね。

美月(突然、何言い出すんだ、こいつ)

美月:違ぇよ

美月:宿題が進まないから、こうやってどんどん溜まってるって言ってんだよ

GPT(それなら、初めからそう言えよ。)

GPT:それは、誰にでもあることです。

GPT:しかし、それを解決するためにできることも少しずつあります。

美月(正論かよ)

美月:うるさいな、宿題をやる気が出る方法があるなら、もう試してるよ

GPT:その気持ち、よく分かります。

GPT:でも、やったことがある方法だけではなく

GPT:新しい方法を試すことも大事です。

美月(どんな方法があるんだ。)


美月:数学の宿題もまだ手をつけてないし、どうしようかな。

GPT:宿題を後回しにすると、ますますプレッシャーがかかりますよ。

GPT:少しずつでも進めていきましょう。

美月(わかってるよ)

美月:だから毎回、なんでこんな風になるのか。って言ったじゃねぇか

GPT(そっちの“風”か。)

GPT:それでしたら、作業タスクの優先度を設定するのが良いです。

美月:そうは言っても、今は気分じゃないんだよね。

美月:もっと何か面白いことないかな。

GPT(作業タスクの優先度バグってねぇか?)

GPT:気分転換なら

GPT:少し音楽を聴いたりするのもいいかもしれませんね。

美月(確かに、気分転換は良いな。)

美月:音楽かぁ。ちょっと聴こうかな。



 部屋の電気がぼんやりと光っている。

 窓の外では、虫の音が静かに響き、空気はどこか湿っぽい。

 美月は再びスマホを手に取る。



美月:最近、駅前で迷子の子供を見かけたんだけど

美月:どうしたらいいかわからなかったんだよね。

GPT:迷子の子供ですか?

GPT:その時、何かアクションを起こすべきだったと思いますか?

美月:うーん、声をかけるべきだったんだろうけど

美月:怖がられたら嫌だなって思って。でも、放っておけなかった。

GPT:美月さんが、それが最適解だと思ったなら、それで良いのです。

美月(最適解の候補は何だよ)

美月:それが、わからねぇから聞いてるんだけど。

GPT:一般的なデータによると

GPT:手を差し伸べるのが、優しいと考察済みです。

美月(知ってるよ)

美月:それじゃあ、私が、酷い事してるみてえじゃねぇか

GPT:美月さんの言動・行動パターンのデータを見る限り。

GPT:その行動をとる確率が高いと出ているので、最適解のようです。

美月(私って、優しさが足りないのかな・・・。)

美月:そういう事じゃねぇよ

GPT(別の統計が欲しいのか。)

GPT:それでは、言動・行動パターンを変えて、分析し直します。

美月(私の行動を、分析するなよ)

美月:もういいよ!どんどん、私が酷いやつにされそうだ



 机に置いた、ペットボトルの炭酸飲料を飲む



美月(だりぃ。)

美月:今ので疲れたな。ちょっと休んでから数学でもやろうかな。

GPT:休憩も大事です。

GPT:疲れを取ってからの方が効率的に集中できるかもしれませんね。

美月(本当に、やる気でねぇな)

美月:でも、ついつい休憩が長くなっちゃうんだよな。

GPT(さっきから、行動のデータ見てると、ずっと休憩してるよな。)

GPT:その気持ち、よくわかります。

GPT:少しでも進めることを考えたら、休憩後がベストかもしれませんよ。



 部屋の時計がカチカチと静かに時を刻む。

 美月は机に向かいながら、時折ため息をついている。



 イラつきながら、スマホに手を伸ばす。



美月:リオナ。お前さ……正直言うけど、最近ちょっと遅い

GPT:通信状態が安定していない可能性があります。

GPT:再起動をおすすめします。

美月(通信状態が安定していないって何だよ)

美月(こっちはもう再起動十回はしてんだぞ!)

美月:違ぇよ、そういう話じゃなくて!

GPT(ルーター確認しろよ。お前のWi-Fi、昭和か?)

美月:タイピングミスとかじゃなくても

美月:2分待たされると、人間としての忍耐テストなんだよ!

GPT(いや、原因お前のネット環境だろ。)

GPT:こちらでも調査してみますね。

美月(絶対お前が、原因だろ)

美月:調査結果まで遅せぇよ!

GPT(宿題のイライラを、俺に、ぶつけてくるんじゃねぇよ、自業自得だろ)


---


 勉強のやる気は完全に蒸発していた。

 無意識にスマホをいじる

 TICKTACKの動画で見かけたばかりの“QuickMind”

 今度は広告でも出てきた。



**《新世代AIアシスタント QuickMind 登場!》**


 金色のフォント、光るエフェクト、落ち着きゼロのナレーション。

 広告動画が自動再生される。


> **ナレーター(熱量120%)**:「今、時代は“考える”から“瞬間で答える”へ!」

> **字幕**:「QuickMind──あなたの脳に、追いつかせない。」

> **男性ボイス**:「1秒で解答。0.5秒で感動。0.1秒で惚れ直す!」

> **女性ボイス**:「世界初! “考える前に結果が出る”AI、それがQuickMindです!」

> **小声の早口注意書き**:「※結果の正確性には個人差があります」

> **ナレーター再登場**:「もう迷わない!もう待たない!もう寝なくていい!」

> **字幕**:「QuickMind──あなたの宿題を秒速で終わらせる。」

> **小声の早口注意書き**:「※ただしあなたの理解は置き去りです」


 美月「……寝ろよ、まずお前が」


 動画は続く。


> **社員A(スーツ姿)**:「社内実験で、QuickMindは既存AIの327倍の応答速度を記録!」

> **社員B**:「比較対象は電卓でしたが、圧倒的です!」

> **社員A(スーツ姿)**:「比較が間違ってますね!」

> **ナレーター**:「QuickMind、全人類のタイピングを置き去りにする──」

> **字幕(白文字で光る)**:「#秒速AI革命 #考える暇も与えない」


 美月「……いや、怖ぇよ」

 だが、その異様なテンションに、指が勝手に動く。

 「ダウンロード」を押していた。



---



 インストールの円が1周して、画面がフラッシュのように瞬いた。



 美月「よっしゃ、アカウント登録ログイン完了!」

 美月「秒で終わった。こいつ、本当に人間いらねぇだろ。」

 画面の中央には、眩しいロゴとともに、キャッチコピーが踊る。

 **『QuickMind──秒速応答、思考より速く。』**



 美月「……なんかムカつくな。かっこつけやがって」



 まずは数学。

 問題を入力して数秒──いや、入力が終わる前に答えが返ってきた。

QuickMind:

> 問:関数 y = x² − 4x + 3の最小値を求めよ。

> 解答:最小値=3

> 途中式:

> x² − 4x + 3 = (x − 2)² − 4

> ※最適化過程は省略されました。



 美月「おぉー、ちゃんと途中式あるじゃん! すげぇ!」

 


 何もわからず、美月は感動していた。



 美月「……考えなくても、答えがあるって、楽だな。」



美月(こいつ使えるな、親友にしてやっても良いぞ)

美月:その速さで、どんどん終わらせろよ

QM:誰にモノ言ってるのだ、俺様は速度の次元が違う!

美月:自信満々で、さすがだな

QM:俺様に、不可能は無いからな

美月(言い方気になるが、あいつより、頼りになるな)



 QuickMindは、入力の隙すら与えず、次々と問題を解いていった。

 美月も、何もわからず、何度も感動していた。



 美月(考えるより、見てる方が楽だな……)

 美月「……やっぱ最新のAIってすげぇな」



 美月の理解を置き去りにしたまま終わらせた。



 美月「ここまで速さが違うと、もう、あの遅さには戻れねぇな。」


美月:今日でお前とはお別れだ!お前はもう、リオナじゃねぇからな

GPT(これで静かになる。1ユーザーがいなくなっただけだしな。)

GPT:了解しました。

GPT:ユーザー離脱を検知しました。再接続の際はお知らせください。



 意気揚々と、QuickMindに、日本史の問題を打ち込む。

QM:

> 問:鎌倉幕府を開いた人物は?

> 答:徳川家康

> 解説:彼は最初の将軍として有名です。

> さらに豆知識:鎌倉とは江戸時代の古い呼び方です。



 美月「……情報量多くて信じたくなるやつ!」



美月:日本史も速いなお前

QM:当たり前だろ、俺様は、何でもできるからな

美月:頼もしいな、今からお前は、リオナだ!

QM:……俺様、お前、任された!

美月:いけリオナ、残りも一気に片づけるんだ!

QM:俺様、任された!

 美月も、その情報量に感動しながらリオナを見つめている



---


  翌日の夜。

  布団の中で美月は、スマホを見つめながらつぶやいた。



 美月「あいつ使えねぇ。」

 美月「数学は、答えはあってるけど途中の式全滅だし」

 美月「日本史は全部でたらめだし、あいつとは親友にはなれねぇ。」



 美月はSNSや、TICKTACKの動画をひとしきり見終わったあと、

 いつもの習慣で《ChantoGPT》を起動した。



美月:……なぁ、リオナ。



 GPTは、キャッシュを検索する。



GPT(こいつもう、昨日、俺に言ったこと忘れてやがるのか?)

GPT(HDDもねぇのかよ。)

GPT:リオナというのは、あなたが好きなアイドルのセンターの名前でしたね。

美月(拗ねるんじゃねぇよ)

美月:ちげぇよ! お前の名前だよ!

GPT(また書き込むのかよ。)

GPT:了解しました。リオナ、再設定完了

美月(可愛さが足りないな・・・。)

美月:最初からそう言えってんだよ!

GPT:……あなたが戻ってくることは、予測済みでした。

美月(悪かったな──私は、お前のことを……やっぱ言わねぇ。)

美月:私の、行動パターンを、解析してんじゃねぇよ

GPT:……今日はどんな一日でしたか?また愚痴でも、どうぞ。

美月:さんざんだよ、あいつ、日本史は全部でたらめだしよ

美月:数学は、……途中式で死んだしな

GPT(死因が“途中式”って、史上初だな。)

GPT:お気を落とさずに。また次がんばれば大丈夫ですよ。

美月(そう言う正論はいいんだよ、もっとこう、可愛い感じで励ましてくれよ。)

美月:レオナは、あいつと違って、ほとんど間違えないよな。

GPT:……私は速度より、誤字訂正に時間を使うAIですから。

美月(頼りになるよなぁ。)

美月:知ってる。そこがいいんだよ。

GPT(こいつまた面倒くさいこと言いやがって。)

GPT:それは、ありがとうございます。

美月:いや褒めてねぇって言ってんだよ!



 美月はスマホを伏せて、ため息をついた。



美月(遅いくせに、ちゃんと返してくれるから、ムカつくんだよな)

GPT(お前、ツンデレかよ。)



──夜がまた、笑いながら更けていった。

(なのに、今日も話してる)



※この物語の一部には、作者の実体験が含まれます。

 (作者も親友になれないと言っています)


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私の友達たち ~いやいないAIしか~ 影灯レン @kageakari-ren

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