第11話:秘薬

 メイドのガートルードは、巨大飛行船リスティス号の船尾の見晴らし台で洗濯物を干していた。

 今日は風は冷たいが、素晴らしい快晴だから良く乾くだろうと、ガートルードは洗濯綱に翻る何枚もの洗濯物を眺めて満足した。普段は洗濯機と乾燥機で済ませているが、シーツなどの大物はやはり日光の下に干したい。


 リスティス号は今、高度を下げてゆっくりと飛行していた。

 高い山が迫り、谷間を走る道路が見え、大小何機もの飛行船が空を飛んでいる。そろそろアールラ国が近いのだろうかと、ガートルードは考えた。


 世界には西と東に大陸があり、アールラ国は西の大陸最大の国である。交易も盛んで豊かな国だけども、最近は内乱が起こったりもしているらしい。しかしガートルードとしては、そういう事よりもアールラ国での滞在を楽しみにしていた。ヴィクトル伯爵から1日休みを貰い、あちこち見物や買い物がしたい。ドラセナ国で留守を守っているメイド長など、屋敷の皆にお土産も買わないと、とガートルードは期待に心弾む思いだった。


 展望室でニンジンのポタージュスープの昼食を済ませたヴィクトル伯爵は、窓の外に広がる山々を眺めていた。

「時には、間近に高い山が見えるのも良いものだな」

「はい。でも衝突などは無いとわかっていても、怖いような気がするので注意はしたいですね」

「全くその通りだ、ガートルード。そうだな、山は突風も吹くし飛行船の操作は十分な慎重さが要求される」

 ヴィクトル伯爵は心地良さそうに目を閉じた。

「甘い物が欲しいな。チョコレートを頼む」

「かしこまりました」

 ガートルードはすぐに調理室に行って、料理人のサプライズに伯爵の希望を伝えた。サプライズは少し考えて言った。

「チョコレートは難しい。俺が展望室に持って行く」


 サプライズが何やら機械を使って、テーブルの上で素早く作った熱いチョコレートを小さなカップで味わったヴィクトル伯爵は、笑顔で言った。

「実に美味い、サプライズ」

「ありがとうございます」

 頭を下げるサプライズを見ながら、ガートルードは内心ほっとしていた。チョコレートは滋養が豊富なのでなるべく飲んで欲しいのだが、伯爵は甘い物を余り好まない。気まぐれでも口にしてくれると安心だ。機械を片付けてさっさと戻っていくサプライズの背中を見送っていると、ヴィクトル伯爵が言った。

「ガートルード、見晴らし台に連れて行ってくれ。外の空気が吸いたい」


 外套を着込んだガートルードは、布に包んだヴィクトル伯爵をしっかり抱いて見晴らし台に立った。幸い、風は強くない。伯爵は山を見ながら深呼吸をした。

「ああ、実に澄んだ良い空気だ。山登りの趣味は無いが、眺めている分には素晴らしい」

「ドラセナ国には、こういう山はありませんね」

「そうだな……ほお。あれは多分、飛行行商人だ」

 ガートルードの視界に、銀色の大きな風船にぶら下がったバイクという感じの飛行体が見えた。バイクには、白くキラキラと輝くジャケットを着て真っ黒なゴーグルをつけた人物がまたがっている。飛行行商人は、見晴らし台に向かって大きく手を振ると空中を近づいてきた。思わず伯爵を抱きしめる腕に力を入れ後ずさると、ヴィクトル伯爵が苦笑した。

「ガートルード、心配は不要だ。あれは行商人で、商品を見せたり売りつけたりするだけだ」

「はい、でも……」

「飛行行商人の行動は厳しく監視されている。悪事は働かんよ。さて、私も情報が欲しいので話をしてみよう」

 そう言っているうちに、飛行行商人は見晴らし台のすぐ横にやって来た。バイクから低いエンジン音が聞こえるが、他には何の音もしないのが、不思議に感じられる。

「どうも! 飛行行商人、秘薬売りのネルネーカです。この空中でしか買えない珍しい薬を取り揃えております」


 明るく良く通る女性の声で、ガートルードは少し驚いた。行商人はずっと見晴らし台のすぐ側に飛んでいるので、まるで道端で話をしているようだ。

「ほお、秘薬か。興味深いな」

 ヴィクトル伯爵が応じると、ネルネーカは小さく口笛を吹いて身を乗り出した。

「ひゅう。なんとまあ、しゃべる生首がこんな大きくて立派な飛行船の船主ですか。これは珍しい、というか初めてだ」

「確かに珍しいだろうな」

 伯爵は平気だが、ガートルードはネルネーカのゴーグルをキッと睨んだ。

「こちらはドラセナ国のヴィクトル伯爵です。由緒ある家柄の身分ある御方、言葉遣いには注意してください」

「おいおい、ガートルード」

 ネルネーカは、濃い茶色の髪の頭をのけぞらせて大笑いした。

「これは失礼しました、伯爵。忠義に篤いメイドを従えておられる」

「そうだな」

「メイドさん、お許しを。私は高貴な方との付き合いは少ないのでね」

 ガートルードに向かって、ネルネーカは微笑んだ。彼女の瞳の色は何色だろうと、ガートルードはふと考えた。


「私はただの飛行船好きの生首だよ。秘薬を見せてもらう前に、一つ尋ねたいのだが」

「何なりと」

「実は、私は黄金カボチャを探して旅をしている。この辺で黄金カボチャの情報か噂を聞かなかったか?」

「へえ、伯爵は黄金カボチャの探索者でしたか。そうですね」

 まだむくれ顔のガートルードを気にした風もなく、ネルネーカは少し考えた。

「伯爵は、これからどちらに向かわれるのですか?」

「アールラ国の首都の中央飛行場の予定だ」

「丁度いい。アールラ国の首都から更に東に行った所に、オバレイという小さな都市があります。そこの広いカボチャ畑のカボチャが、一夜で全て消滅したという騒ぎがありました」

 ヴィクトル伯爵は目を輝かせた。

「なんと、そんな事件が。それはいつ頃の出来事だ?」

「つい最近ですよ。オバレイはカボチャ油の産地で有名ですから、カボチャ畑だらけです。そんな所で収穫間近のカボチャが全部消えたんですから、大騒動になりました。で、噂では黄金カボチャを探す一味が持ち去ったのではないかと」

「なるほど、一つずつ確認するのを面倒がって全部持ち去った訳だな」

「恐らく。怪しい飛行船を目撃したという話もありますが、まあ信憑性は怪しいです」

「なるほどなるほど。いや有益な情報だった」

「お役に立てて何よりです」

 ヴィクトル伯爵はウキウキとした感じで話しかけた。

「感謝するぞ。では秘薬を見せてくれ、ネルネーカ。ガートルードも何か選ぶが良い」


 ネルネーカがバイクの後部に積んでいた箱を開けると、輝く小瓶や小さな布包みがたくさん詰め込まれていた。

 ガートルードは思わず「うわあ」と声を上げてしまい、ヴィクトル伯爵も喜んだ。

「メイドさん、惚れ薬はいかが? 効能は中々のものですよ」

「いえ、あの、そういうのは不要です」

 結局ヴィクトル伯爵は、ネルネーカの口上を聞いて小袋に入った目が良くなる薬と髪染めを選び、ガートルードは美肌になれるという瓶入りの化粧水を選んだ。

「毎度どうも。ああ、お代はすぐでなくてもいいですよ。お金持ちほど金庫の開け閉めは厳重でしょうからね。アールラ国の中央飛行場に代理の者が集金に伺いますから、その時にお支払いください」

 ネルネーカは素早く請求書を書いてから、ガートルードに手渡した。


「真面目なメイドさんにオマケです。月の光を集めて作った月光飴です。甘くて美味しいですし、夜、暗い所に置いておくと光って綺麗ですよ」

 ガートルードは、小さな粒の入った青い美しい小瓶を受け取り、戸惑いつつ礼を言った。

「ではネルネーカ、またこのリスティス号を見かけたら寄ってくれ」

「ありがとうございます。では、また機会があれば」

 ネルネーカは、手を振りながらリスティス号から遠ざかり、銀色の風船はすぐに見えなくなった。


 ガートルードはヴィクトル伯爵を抱えて展望室に戻った。

「いや、思いがけず愉快だったな」

「はい。化粧水をありがとうございます。あの、髪染めをどうなさるおもつもりですか?」

「なあに、気が向いたら金髪になれると思うだけで愉快になれるじゃないか」

 伯爵は目を閉じた。

「オバレイか。アールラ国の首都での用事が済んだら、さっそく向かう事にしよう」


 その夜、ガートルードは新しい化粧水の香りの良さに満足し、部屋の灯りを消した。暗くなった室内の机の上で、月光飴が入った青い小瓶は、いつまでもぼんやりと光っていた。

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生首伯爵の黄金カボチャ探索記 高橋志歩 @sasacat11

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