誰にも選ばれない物語

ユウグレムシ

 

 とある小説投稿サイトに、書きかけのまま放置されている連載作品がありました。編集ページには何年もアクセスがなく、今後、書きかけの作品が完成することもありませんし、新作の連載が始まることもありません。作者は書いたり読んだりするよりも楽しい趣味を見つけ、小説への興味を完全に失っていました。



 書きかけのまま放置されている作品といっても、第一話のページ閲覧数だけは結構なもので、今でも毎日伸び続けています。しかし読者達が、第二話、第三話、とページをめくることは稀なのでした。なぜなら題材がよくなかったからです。


 主人公が交通事故に遭い死んでしまうかと思いきや、不思議な世界で目を覚ます。


 不思議な世界には善人ばかり住んでいて、ちょっと困ったことが起きても、主人公の頭の中に響く声が魔法の力を授けてくれて万事解決。


 主人公は何の努力もせずに周りのみんなからちやほやされて、お嫁さん候補を何人もはべらせ、どんどん大金持ちになってゆく。


 ……こういうストーリー展開は、小説投稿サイトのヘビーユーザーなら見慣れたものでした。さらにいえば、ありきたりなファンタジー作品の悪例として槍玉に挙げられる代表格でもありました。ウェブ小説から一旗揚げてプロになってやろうと目論む作家志望達は、動画サイトやSNSで素人ファンタジーが袋叩きにされるたび、手元の未発表作品も悪例と同じストーリー展開になっていないかどうか、戦々恐々として見比べるのです。



 でも、ありきたりなストーリー展開だからといって、すべての作品が他人の猿真似ばかりではありません。

 連載小説を書きかけのまま放ったらかしにしてしまった作者……もうにどと執筆活動に戻らない、その作者は、動画サイトのお手軽小説講座も、SNSの素人小説リンチも知らず、たったひとりでメモ帳アプリに小説を書き溜めていたのです。それは作者にとって、いじめや家庭内暴力からの唯一の逃げ場、引きこもる日々の中で唯一の生き甲斐、社会復帰への唯一の足がかりでした。ただ残念なことに、たまたま世にあふれるテンプレファンタジーとそっくり似た内容で、どんなに美しく咲き誇っても、桜並木の中では一輪の桜、チューリップ畑の中では一輪のチューリップにすぎませんでした。

 つらいことばかりの現実から離れて優しいファンタジー世界へ飛んで行きたい、という、不器用で馬鹿げているけれども心の底から出た本音を、小説投稿サイトのユーザー達は“リアリティに欠けたご都合主義”としか受け取りませんでした。読者達にとって小説投稿サイトはエンターテインメント供給装置という名のビールサーバーでした。批判するにも賞賛するにも基準は読者を楽しませたかどうか一辺倒なのですから、いくら自己表現を続けたって、作者と読者との気持ちは平行線上をすれ違い、作品に込めた気持ちなんか汲み取ってもらえるはずがありません。呆れ果てた作者は読者達を反面教師にして小説投稿サイトを忘れ、さっさと社会復帰してしまいました。


 そういうわけで、連載の続きは永久にないのです。


おわり

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