第4話

牧慎一郎side


会社からの帰り道、突然かかってきた電話に出ると相手は瀬名明宏だった。

「あ、もしもし、仕事終わった?帰り?」

「ああ」

「いつもの店で飲みたいんだけど来れる?」

「ちょうど乗り換えだから近いし、行けるけど」

「あ、近くにいるの?なら今すぐ来て、じゃあ待ってるから」

プツっと電話を切られて、唖然とする。瀬名のマイペースには慣れているが、突然飲みに誘うのは珍しい。何かあったのだろうか。

駅の改札口を出ていつもの店へと足を運ぶ。途中、帰宅途中だと思われる中年の男性たちと何度かすれ違い、なぜか寂しい気持ちになった。彼らは帰宅すれば温かい家庭が待っているのだろうか。

俺は大学卒業後、彼女は作らなかった。仲間内や同僚からマッチングアプリや合コンの誘いを受けたが、どれも気乗りせず断った。


いつもの店の前で立ち止まり、看板メニューに目を通す。一通り見終わると、店の扉を滑らせた。

「いらっしゃいませ、一名様ですか?」

「いえ、連れが先に来てるはずなので…」

辺りを見渡して、ひと際目立つ顔を探した。瀬名と目が合うと、軽く手を挙げて合図を送る。店員さんと軽く会釈を交わし、瀬名の座る席へと歩みを進めた。途中、瀬名の目の前に女性が座っていることに気付き、また知らない女性から声をかけられたのだろうかと、眉をひそめながら近付いていく。

「お前なあ、急に電話かけてきて急に電話切るのやめろよな」

挨拶代わりに文句を垂れた瞬間、瀬名の目の前に座った女性の顔が目に入る。知っている顔だと気付き、思わず口元を抑えた。

「由依、なんでここに…」

忘れられなかった彼女との五年ぶりの再会だった。


瀬名は俺に黙って由依と会っていたのだろうか。釈然としない気持ちを抱えながら瀬名の隣に座る。

「二人はよく一緒に飲んでるの?」

聞きたくもないが否定してくれという淡い期待をのせる。

「今日、たまたま遭遇したんです」

内心ホッと胸を撫で下ろす思いだったが、悩んでいたあの頃に引き戻される感覚に襲われる。

「相変わらず偶然が多いね」

思わず出てしまった小言に自分でも驚いた。まだこんな事を思ってしまうのか。五年経っても成長していない自分に呆れてため息をつく。

「慎一郎先輩とも会えて嬉しいです」

可愛らしい表情で微笑みかける由依に、柔らかい笑みが零れる。

「由依は上手だね。本当にかわいいやつだな」

相変わらず本当にいい子だなと、彼女を見つめる。あの頃よりも大人っぽくなった彼女は、より凛としている。髪を伸ばしたのか一つにまとめてくくっていた。

「まあまあ、瀬名先輩も慎一郎先輩も相当おモテになるんでしょうし、もう結婚を見据えた交際をしているんじゃないですか」

ニコニコと笑う彼女は、もう俺に未練など無いのだろう。再会によって溢れかけた気持ちにそっと蓋をする。

瀬名の方へ視線を送ると、困ったように笑みを浮かべている。

「いないよ、俺は」

強調された語尾に思わず反応する。瀬名の腕に肘を当てて「俺も、いないからな」と反論する。

「由依は?」

当然、由依の現状も気になる。

「全然、お付き合いも結婚のけの字もありません。まあ出逢いも無いですし…あはは」

由依は困ったように笑った。


あれから二時間が経ち、由依はすっかり酒にのまれていた。

「由依ちゃん、飲みすぎだよ」

瀬名が水を進めても「全然大丈夫です」と上半身をフラフラさせながら満面の笑みを浮かべている。

「ああ、由依ちゃんってお酒勧めちゃダメなタイプだったんだ…」

「確かに意外だな」

交際していた時は、由依がまだ未成年だったので一緒に酒を飲んだことは無い。今日、初めて由依の酔っぱらう姿を見ている。

「由依、水は本当に飲んだ方がいい」

「うーん、先輩が言うなら飲みます…」

泥酔しきった彼女はまるで小さな子供のようで、愛らしい。

「はいはい、元カレ元カノのお二人さんには敵いませんよ」

瀬名が呆れた顔で目を細めている。

「瀬名先輩はタイプじゃないけど、慎一郎先輩の顔は凄くタイプなんです…」

彼女の発言に、俺と瀬名は飲んでいたハイボールを吹き出した。

「はあ、なっ…」

由依のこんな姿は見たことが無い。実は酒を飲むと本音がベラベラと出てくるタイプなのか?

「あのさあ、俺は誰もが認めるイケメンでモテるわけですよ。その俺がタイプじゃないと?」

瀬名は目を大きく開いて猛抗議している。それに対して由依は相変わらず上半身をフラフラさせながらニコニコと笑っている。

「自分でイケメンだと自覚してる人ってなんか苦手なんですよね…瀬名先輩みたいな」

瀬名の顔が引き攣っていくのがわかる。

「由依ちゃんは俺が嫌いだもんね」

不貞腐れた瀬名を覗き込みながら、由依は楽しそうにしている。

「普通に好きですよ。恋愛的にはあまりタイプでは無いだけで。てか、隣に住んでましたし、お兄ちゃんがいたらこんな感じかなとか思ってましたよ」

由依が突然、饒舌になり瀬名は驚いたようだったが、言われたことが余程嬉しかったのだろう。その後は、満足そうに大きく頷いていた。

「由依ちゃんはズルい女だね」

泥酔した由依が聞いていないだろうと、瀬名が俺に話をもちかける。

「なんだよ」

「牧の事が気になっているのに、俺に好きだなんて言うんだからさ」

瀬名の表情はどこか切ない。

「俺の事なんてもう気にしてないだろ。五年も前の事だし、俺だって別に…」

嘘だ。気になっているに決まってる。五年の間も彼女を忘れられずに、今日再会してしまったのだから、気にせずにはいられないだろ。

「今日の感じを見るに、由依ちゃんは相変わらず牧の事が好きなんだなって思ったけどね」

瀬名は穏やかに微笑んだ。

「お前もてっきり未練があるのかと…」

「そんな訳ないだろ、五年も前だし俺はどこかの誰かさんみたいに、思いを馳せたりなんかしてないよ」

瀬名は残っていたハイボールをグイッと飲みきると、俺の肩を強く叩いた。

「由依ちゃん、そろそろ帰ろう」

「うーん、なんでですか」

「時間も遅いし、由依ちゃん飲みすぎてお店に迷惑かかるから、ね」

「じゃあ、慎一郎先輩がいい」

未だ上半身を右往左往に揺らす酔っ払いが、俺の事を指差しまた微笑む。

「帰るなら、慎一郎先輩で!」

随分とわがままなお嬢様だな…と、瀬名は呆れ笑っていたけれど、俺は内心選ばれたことに安堵していた。ここで瀬名が選ばれていたら、俺は不貞腐れながら帰宅するところだった。

「わかった、俺が家まで送るよ」

「牧大丈夫か?」

「まあ、お嬢様ご指名なんでな」

会計を済まし外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。夕方よりも気温が落ちて、寒い。

「慎一郎先輩、帰りましょう…」

千鳥足で歩く彼女が、俺の腕を掴んだ。まるで恋人同士のように、腕を組んで歩いている。

「俺こっちだからじゃあな牧、頑張れよ」

「おう、ありがとうな、また!」

駅前の路上で瀬名とは別れ、由依と二人きりで最寄りの駅まで電車で向かった。

「住所変わってないんだな」

「特に引っ越す理由も無かったので、更新しました…うぷっ」

「頼むから電車では吐くなよ」

「わかってますよ、嫌だな先輩…うぷっ」

何度か空気を漏れ出す様子を見て、交際していた時の由依とは随分違った印象を持った。悪い意味ではなく、色んな一面を見れているのが嬉しいという感情だ。

しばらくして最寄り駅で電車を下りると、五分ほど歩きマンションのオートロックを開ける。もたついている由依から鍵を受けとり、オートロックを開けたのは、俺だ。エントランスホールを抜けてエレベーターのボタンを押す。

「ほら、エレベーター乗って」

由依の背中をさすりながら、エレベーターへ押し入れる。

「……うぷっ」

あれから由依はほとんど喋らず、たまに空気を漏らす音だけを発していた。由依が住んでいる階に止まると、先程受け取った鍵で部屋の扉を開ける。中に入り玄関の鍵をかけようと、振り向くと突然、由依から抱きしめられた。

「慎一郎先輩…」

潤んだ瞳でこちらを見つめる由依を見て、心臓の鼓動が大きくなる。それがバレないようにと由依を無理矢理引き剥がした。

「どうしたの」

「先輩…あの、帰らないで…欲しくて」

悲しそうな顔と上目遣いで、俺は正常な判断を無効化された。完全敗北だ。

「わかった、朝まで一緒にいるよ」

気付けばそう答えていた。

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大学で一番モテる男の親友に恋をした(番外編) 諸星るい @chaa__po

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