第4話 彼に伝える
翌日、私ははるくんと晩御飯を食べに地元の店に入った。GWなので賑わっている。
「明日にはマンションに戻らないとね。奈々ちゃん一緒に行こ」
「うん」
「それで、お母さんの話って何か大事なことだったの?」
いきなり聞かれてしまった。
周囲からはグラスの触れ合う音や賑やかな笑い声が絶えず聞こえてくる。なのに私の胸は重くて、まるで別の世界に1人取り残されたようだった。
だけど、こういう話ははるくんにもしておいた方がいいよね。
あっさりと伝えるだけなら大丈夫なはず。
「実は……お母さんに付き合っている人がいて、紹介された」
「え、それは心の準備が必要だな」
「うん、私はお母さんが幸せになるならいいかなって思ってたんだけど……相手が松永先生だったの」
「松永先生」という言葉を出す瞬間、喉がひどく渇いて水を飲まずにはいられなかった。言葉を口にした途端、はるくんの眉がわずかに動く。安心と同時に、胸の奥でひりつく罪悪感が芽生えた。
彼は驚きのあまり固まっている。
「お待たせしました、デミグラスハンバーグセットです」という店員さんにも気づいていない。
ハンバーグプレートがコトンと置かれて、ようやくはるくんは声を上げた。
「ま……松永ってあの松永!? 何で?」
「高校時代に先輩後輩の仲だったみたいで、地元で再会して……みたいな」
「……そんなことあるんだ」
はるくんも中学時代に松永先生に話を聞いてもらっていたので、先生を尊敬しているとは思う。だけど今回の話はまた別。信じられないといった表情が止まらない。
「もちろん再婚の話はまだ出てなくて、私の気持ちも考えてくれるみたいなんだけど……何とも言えなくて」
「だよな。親が教師と付き合ってるなんて、すぐには受け入れられないよ」
彼が頷きながらハンバーグを口にする。共感してもらえて心強い……ちゃんと話せて良かった。
「あのさ、もし奈々ちゃんのお母さんと松永が結婚したら……苗字って変わるの?」
「え?」
こういう時ってどうなるんだろう。私の苗字って“松永”になっちゃうのかな。
「……奈々ちゃんの苗字が松永ってちょっと微妙かも」
「はるくん……」
「あ……ごめん。変なこと考えてて」
はるくんは嫉妬してるのだろうか。
苗字はどうなるかわからないけど……先生に少し惹かれそうになってることを知られたら、嫉妬よりも大変なことになりそう。
彼は何も悪くないのに……私が揺れているからいけないのに。先生はただの憧れなんだから……私にははるくんがいるんだから。
もう一度深呼吸して、彼を見つめる。
それでも頭の片隅には松永先生の顔が思い浮かんできて、私は顔が赤くなるのを必死で抑えようとしていた。
※※※
(竹宮くん視点)
奈々ちゃんから松永のことを聞いた。まさか母親の恋人だなんて。それはいいんだけど何だか心配だ。
松永には僕もかなりお世話になったし、良い先生であることには違いないが、奈々ちゃんに近づかれると思うと複雑な思いがする。
いや――彼女の母親と恋人なのだからそんなことは……でも……。
もし再婚したら奈々ちゃんと松永は家族になるのだろうか。この“家族”という言葉の重みが僕を苦しくさせる。
ナイフで切ったハンバーグを口に運んでも、味は何ひとつ分からなかった。奈々ちゃんを松永には取られたくない、という気持ちが大きくなる。僕の方が彼女の近くにいたのだから。
そういえば中学の時もそうだった。あの頃も、松永が奈々ちゃんと話すだけで胸の奥がざわついていたことを思い出す。変わらないな……彼女と付き合っているのに僕は……。
よく見ると奈々ちゃんは少し顔が赤くなっている。中学の時に、松永の前で恥ずかしそうにしていた時と一緒だ。まさか松永のことを考えているのだろうか。
それは嫌だ。
目の前にいる奈々ちゃんを――自分のものにしたい。
気づいたらそんなことまで考えてしまっていた。
※※※
次の日、実家を出て奈々ちゃんと一緒に自宅マンションに戻った。夕方に彼女は僕の部屋に来てくれた。
「お母さんが肉じゃがいっぱいくれたから、はるくんにお裾分けだよ」
「ありがとう」
2人でローテーブルに横並びになっていると、まるで同棲しているみたいだ。彼女が食事をする仕草を見ているだけでドキッとする。
「……ん? どうかした?」
「いや……ただ奈々ちゃん見てただけ」
「ふふ……はるくんたら」
その表情が妙に色っぽく見えてしまう。どうしたんだろう、今日の僕はいつも以上に彼女に夢中になっている。奈々ちゃんの髪が揺れるたびに僕の心まで動かされる。
夕陽はいつの間にか沈み、窓の外は真っ暗になった。
「奈々ちゃん……明日は早い?」
「ううん。3時間目からだから早くはないよ」
「そう……」
「どうしたの? はるくん」
「あ……あのさ……」
彼女は不思議そうな顔をしている。
僕はあふれる気持ちを抑えることができなかった。
「……奈々ちゃん、今日は帰らないでほしい」
震える声で伝えた瞬間、彼女の頬が赤く染まった。その瞳は、どこか戸惑いと期待が入り混じっているように見える。
奈々ちゃんは小さくうつむく――徐々に胸が熱くなってきた。
外から微かに車の走る音が聞こえる。それ以外は、僕と彼女の鼓動だけがこの部屋を満たしていた。
「はるくん……んっ……」
僕は彼女に唇を重ねて押し倒す――君を独り占めしたいんだ。
「きゃっ……あっ……」
服の上からでも奈々ちゃんの熱みたいなものが伝わってくる。そのまま首筋にもキスを落とすと、彼女は甘い吐息を漏らす。
もう我慢……できない。
抱き締めて口付けをしていると、奈々ちゃんの目が潤んできた。顔が火照っていて余計に欲しくなる。
しかし、彼女はどこか苦しそうにしていた。
「はるくんっ……怖いよ……」
「え……」
僕は身体を起こして奈々ちゃんから離れる。
「ご……ごめんなさい……私……まだ……その……」
「……」
彼女は辛そうな顔をして少しずつ話す。
「私……まだそういうの何もわからなくて。ゆっくり考えたい……はるくんのことが好きだから」
奈々ちゃん……そうだよな。
松永のことで嫉妬して、僕は自分の気持ちを押し付けていたんだ。
「僕の方こそごめん。奈々ちゃんのこと、大事に思っているから……徐々にでいいから……」
そう言って優しく彼女を抱き締めた。
「ありがとう……はるくん。あったかい……」
「うん。あったかいね……」
僕たちは静かな夜の中、しばらくそのままでお互いの温もりを味わっていた。
きっと心はもう繋がっているはずだ。なのに、彼女の瞳の奥で――何かが揺れているような気がした。
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君の隣で、未来も揺れている ―恋の四季をめぐって― 紅夜チャンプル @koya_champuru
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