最終話 卒塔婆業平

 ニュース速報が茶の間に響いた。


「業平先生の高校、全国短歌大会で優勝!」


 画面に映る業平は平安衣装のまま、現代のニュースキャスターの言葉に戸惑った表情を見せる。SNSでは「タイムスリップ?」と大騒ぎ。茶の間のスターが誕生した瞬間だ。


 だが、まちこと祖母さくらはテレビ出演を固く拒否。二人は騒動に巻き込まれず、静かに世界の変化を見守ることにした。その代わりとして、柳棚国男と国太郎がテレビに立つ。国男はまちこの短歌「別れの紫」を勝手に自分への別れの言葉だと解釈し、語る。


「この紫、まさに私へのメッセージ……別れの贈り物なんです。ここだけの話ですが……」


 世界は大混乱。SNSやニュースは爆笑と称賛であふれ、パリコレでも「別れの紫」をモチーフにした紫のスカーフやアクセサリーが大流行。ジャパンブームに乗って、日本の平安文化が世界を席巻した。


「ゆび先に 別れの紫ひとしずく 草木の影を 踏み越えてゆく 小野まちこ」


 まちこの短歌そのものが、パリの舞台でも引用される。若者たちは紫のアクセサリーを身につけ、短歌を口ずさみ、世界中がその美しい響きに酔いしれた。


 業平の活躍もBBCで紹介される。茶の間スターとしての天然ぶりも大受けだ。


「狩り暮らしたなばたつめに宿借らむ天の川原に我は来にけり」(『古今和歌集・羇旅』)


 翻訳や解説が追いつかないまま、視聴者は「天の川原?」「爪に宿るってどういうこと?」と首を傾げつつも、その不思議な響きに魅了される。


 業平騒動に世界は揺れていた。中国政府は若者への自由化を恐れて日本に圧力をかけ、世論は業平帰還運動が起きた。このまま業平がここにいると歴史は変わってしまうのではないか?


 世界の騒ぎを見つめながら、まちこは祖母さくらを説得する。


「おばあちゃん……業平さんは、帰るべきなの。私たちも見送らないと」


 さくらは悩む。個人として残る価値と、世界への影響力の間で迷ったが、まちこの言葉に心は揺れる。


「いづれぞと霧の宿りを分かむ間に小笹が原に風もこそ吹け」(『源氏物語・花宴』)


「まちこ平安時代と現代がどっちが幸福なのかしら。老い先短い私たちならば世界よりも個人の幸せじゃない」


 その夜、業平は静かに呟く。


「老い先も短い……でも、未来の子たちのために、行かねばならぬ」


 さくらは未来の子どもたちのためだと理解し、その夜、卒塔婆に業平の思いを刻む。


 翌日、さくらは業平への相聞歌――恋文のような短歌――を火にくべた。煙が空へと立ち上り、卒塔婆にふたりの思いが静かに消えてゆく


「世の中にさらぬ別れのなくもがな 千代もとなげく人の子のため 在原業平」(『古今和歌集・雑歌上』)


 タイム・カプセルを物理学者たちは相対性理論に基づいて作っていた。この卒塔婆に似た装置で時空を超え、業平を過去の国へと送る船となるのだ。それは業平の死を意味していたのかもしれない。曇り空の光と煙の間にまたたくまに消えゆく業平を、まちことさくらは静かに見送る。


 さくらは紫のハンカチを握りしめる。


 パリコレでの熱狂、世界中のSNSでの騒ぎ……業平先生も、そして自分たちも、文化の力で世界に小さな奇跡を残したのだ。まちこはそう思う。


 去っていった彼の存在は透明で儚いが、文化の波と愛情は確かに現代に息づく。かぐや姫のように、儚く、そして永遠に……


FIN

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卒塔婆業平 宿仮(やどかり) @aoyadokari

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