第三幕:章10 新たな交差点
代々木公園の朝霧は、2025年の渋谷に優しいヴェールをかけていた。木々の葉ずれがささやき、ジョギングする人々の足音が遠くに響く。この公園は、街の喧騒から逃れた最後の砦—緑の息吹が、ネオンの傷を癒す。ロレンスさんはヨガマットの上で目を閉じ、深呼吸を繰り返していた。マークシティの屋上とセンター街の路地から運ばれた二つの体—ユリとレイ—が、芝生の上で横たわる。ロレンスさんの手が、解毒剤の注射器を握る。「若者たちよ、渋谷の光は、決して消えぬ…」
ユリが最初に目覚めた。仮死の眠りから引き戻され、霧の向こうにロレンスさんの顔がぼんやり浮かぶ。「…レイ? ここは…」彼女の声は弱く、喉が乾く。ロレンスさんが水筒を差し出し、穏やかに頷く。「代々木だ。君の策は成功した。家族は『死』を信じ、悲しみに暮れている。だが、今は生き延びた奇跡を喜べ」ユリは体を起こし、周囲を見回す。公園のベンチに、ベンとマキが座り、疲れた顔で待つ。タイの仲間が監視を緩めた隙に、ロレンスさんが二人を運び出したのだ。
やがて、レイのまぶたが震える。過剰摂取の毒が体を蝕んだが、救急隊の迅速な処置とロレンスさんのハーブ療法で、命を取り留めた。「ユリ…生きてたのか」レイの声が掠れ、ユリの手を掴む。二人は芝生に転がり、互いの体温を確認するように抱き合う。霧が晴れ、朝陽が木漏れ日を落とす。「あの路地で、君の『死』を聞いて…俺、全部諦めかけた。でも、この街が、俺たちを許してくれなかったみたいだ」レイの笑みが、傷跡を優しく覆う。ユリは涙を拭い、「私も。仮死の薬で、君のもとに駆けつけたかったの。渋谷の毒は、甘かった…でも、君がいれば、解ける」
ベンが立ち上がり、スマホを振る。「おいおい、SNSが大騒ぎだぜ。ユリの『自殺』とレイの崩壊のニュースで、モンキーもキャットも沈黙中。ハッシュタグが『#渋谷の恋人たち蘇生』で埋まってる」マキが肩をすくめ、「タイの奴、道玄坂のバーで酒浸りだってよ。家族の誇り、崩れちまったな」ロレンスさんが立ち上がり、公園の小道を指差す。「今がチャンスだ。遺恨の根を、愛の光で引き抜け」
その時、公園の入口から足音が近づく。タイだ。傷の包帯を巻き、赤いジャケットを羽織った姿で、仲間を数人引き連れて。だが、その目は昨夜の炎を失っていた。「ロレンスさん…ユリが生きてたって、噂を聞いて」タイの声は低く、ユリとレイを見つめる。ユリが立ち上がり、兄のように慕ういとこに近づく。「タイ、ごめん。家族を傷つけた。でも、レイを愛したのは本当。10年前の事故は、誰も悪くない。渋谷の混沌が、みんなを狂わせただけ」
タイの肩が震え、拳を緩める。「俺…お前のためだって思ってた。叔父貴の仇を。でも、センター街の夜、レイの目を見て…同じ痛みだった」レイがゆっくり立ち上がり、タイに手を差し出す。「兄弟だろ、俺たち。モンキーとキャット、融合しようぜ。この街の新しいクルーとして」タイは迷い、だがユリの涙を見て、握り返す。仲間たちがざわめき、スマホでその瞬間を撮影する。和解の兆しが、公園の緑に根を張る。
警官の王子が、パトカーを停めて現れた。ヘルメットを脱ぎ、厳しい顔に微かな笑みを浮かべる。「お前ら、ようやくわかったか。渋谷の王子として、仲裁するぜ。クルーの争いは終わりだ。代わりに、街の平和を守るイベントを共同でやれ。スクランブル交差点で、ダンスとファッションのフェスを」王子は書類を広げ、署名を促す。ロレンスさんがヨガのポーズで祝福し、ベンとマキが拍手する。家族のクルー—モンキーとキャット—が、互いの肩を叩き合い、笑い声が公園に広がる。
エピローグは、数日後のスクランブル交差点で幕を閉じる。信号が青に変わり、無数の人々が動き出す中、レイとユリは手をつないで渡る。モンキー・クルーのダンスとキャット・クルーのファッションショーが融合したフラッシュモブが、周囲を魅了する。タイがマイクを握り、「この街は、交差点だ。出会いと別れの。でも、愛があれば、永遠に繋がる!」ネオンの光が二人のリングを照らし、SNSのライブ配信が世界に届ける。渋谷の心臓は、変わらず脈打っていた。混沌の中で、二つのハートが、新たなリズムを刻む。
スクランブル・ハーツ 神在月八雲 @fm71782
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます