ビールください。

麻婆豆腐

第1話 変な人。

「俺はジャズバーのマネージャーをしていたから、そういうやつらの話は耳にタコができるほど聞いてきた。お前もその類だ。」

白髪交じりの細身な初老の男性が、若い女性に対して𠮟責していた。

かわいそうな女の人だな、くらいにしか俺には思えなかった。

彼女にも何か過去があったのかもしれないのに。

いや、人の話に耳を傾け盗み聞ぎなんてよくない。

俺は酒をくっと飲みテレビにまた目を向けた。

「学生の時の習い事ですからね、本気でなんてしてないですよ。

教養のため、マナーのために母が習わせてただけなんです。」

「そんなわけない。プロになれなかったからだ。諦めたからだろう。

だからこんな場末の汚い居酒屋で働いているんだろう。俺にはわかる。」

聞きたくもないのに耳に入る。

「すみませーん、、」

僕は女の人がかわいそうだと思いつい呼んでしまった。

何も用などない。ただ助けたいという偽善で呼んでしまった。

「はいただいまぁ~、ご注文はぁ~?」

ですよね、店主きますよね。少しドキドキしていた気持ちを貸してほしい。。

「あ、え、生ください。」

「はぁ~い!」

まだ話は終わらず小言を言われている。

うまく見えないが間違えでなければ女性が肩を震わせている。

もしや、え、泣いている?なにも助けられない自分が悔しい。

ここで立っておじさんに言いに行くか?いやいやいやトラブルは避けたい。

何もできない俺が行ったところでもっとこじらせるだけ、

ガッシャーン

「だから言っているだろう!!俺は何人も挫折したポンコツどもを見てきたんだ!

皆、口をそろえて言うんだ!夢などではないと!」

「ですから私は本当に…!」

「でたらめだ!俺にうそをついたってお前さんの人生だ。俺には関係ない。だがな?素直に認める柔軟さがあってもいいんじゃないか?

そんなんだからプロになれなかったんだろう?飯を食うだけのごくつぶしめ。」

さすがの僕もあまりのいわれようにプチンとなり腰を上げた、と同時に、

「お言葉を返すようですが、頭が固いのはそちらですよね。

まだひよっこの私のご教授をと優しいお気持ちお察しいたします。

おにいさんの時代とは違いますから、当時ほど力を入れて習い事をされる方は少なかったです。淋しい世の中になってしまってますよね?…」

「だぁからっ!」

「ですので!人によって、家庭によって境遇は全く異なります。あなたの時代なのか思想なのかわかりませんが、あなたの元職場でこういう話が出ていたから、何か人より特異な技を持っている人にプロになれなかったから、俺だったら磨けてプロにさせるなどおっしゃらないほうがいいと思います。いいえ、言わないでください。

あ、そうか。人より淋しいから構ってほしいからお話ししてくれるんですね!

やはりお優しい方なんですね!棺桶に入るまでお暇でもんね!」

強い。あの子、いや、あの方は強い。

今の世の中には大事な存在だ。

腰を上げたがあまりに女性が強く僕は聞き入ってしまっていた。

このままじゃ情けない、何か動かなければ。

「お嬢さん、口がお上手ですね。とてもおもしろくて思わず聞き耳を立ててしまいました。私もお話に混ざってもよろしいかしら?この方と同じように、

さみしくて、お迎えが来るまでおひまなの。ねぇ?おにいさん?」

するとおじさんは耳まで顔を真っ赤にし、「もういい!」といい立ち去ろうとしました。

「あら、お勘定お忘れですよ?まさかあんなにお嬢さんとお話になってそのままかえられるなんて。ねぇ?あなたの経験上お嬢さんとお話したら対価を払うのが適切じゃなくって?こんなしょぼくれた老人の話をちゃんと聞いてくれて身の上話までお話ししてくれたのに、ねぇ?」

「ここはキャバクラじゃねえ!」

「キャバクラじゃなくともチップの一つ弾んでくれてもいいんじゃないかしら?

はい、お嬢さん、私からチップです。楽しいお話をありがとう。これ以上いても迷惑よね。ごめんなさいね。」

こちらもまた戦闘力の強いマダムだ。僕もこんな素敵な年の取り方をしたいものだ。

それはいい、おじさんはっ、僕が知りえるすべての語彙力を使っても言い表せないほどの赤い顔をしていた。…噴火してしまうのでは?

「払えばいいのだろう払えば!」

そういい机に一万円札を叩きつけ足早に玄関先に向かった。

「あれ?おきゃくさーん、さっきグラス割りましたよね?

そちらのお代金いただかないと、器物破損で…」

「じゃあこれでいいだろう!俺をいじめてそんなに楽しいか!狂った世の中だ。頭の固いガキに、うるさいばばあまで、俺をこけにしやがって!」

小言を吐き捨てドアを強く閉め、出て行った。

嵐が収まったような安堵もつかの間、外からけたたましい轟音が鳴り響き店の中は凍り付いた。

「今日は俺のおごりだぁ!さぁ~!みんな飲んでくれ!」

店主が声高らかに発した。

僕はぞっとしたが同時にスカッともした。

そのあとのことは覚えていない。頭痛で起きたのだから。


ただ一言だけ、僕なりに思ったことがある。

時に人の言葉はナイフにもなるとよく言ったものだが、

言霊や覇気など、スピリチュアルの類なのかもしれないが、

今回はその何かが動いてしまったとしか思えない。

こじつけなのかもしれない。あくまでも俺個人の感想なのだから。

人に好かれようとせず常に謙虚に人から嫌われないよう配慮しながら生きていこうと、誓った。

後に聞いた話なのだが、あの日おばあさんのお会計分お金が合わなかったのだという。あの時の女性も僕も含めその場にいた人全員お金を受け取っているのを見ているのにだ。

人生、いろんなことが起こるようだ。

明日も仕事を頑張ろう。






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