とある小屋の小さな灯り
宵月乃 雪白
小屋の中
とある山に造られた一棟の小さな小屋。この小屋は登山者の休憩場として造られたのだが、この山が閉山すると共に置き去りにされてしまい、ただそこにあるだけの古びた小屋へと成り果ててしまった。
ログハウスのような見た目だった小屋は誰にも手入れされていないせいで蔦や苔、雑草などが絡まり異様な雰囲気を漂わせている。そのせいか人間以外の動物もあまり近寄ることはなかった。小屋の屋根から飛び出している小さな煙突に一時期野鳥が住んでいたけれど、その野鳥もいつしかここを離れてしまい、この小屋は本当の独りぼっちになってしまった。
そんなある日のこと。冬が近いと言うことでチラチラと雨にしては粒の大きいものが降り出した。造りだけは頑丈なこの小屋は誰もいなくなった今も雨漏りひとつしておらず、誰かが来るのをずっと待っているかのように、小さくパキッとふとした瞬間に音を鳴らしている。
吹雪出した夜。何も持たず着の身着のまま登ってきたであろう少女が二人、お互いで暖を取りながら小屋の中へと草をかき分け入って行く。
「暖かいね」
「うん」
鍵のかかっていない小屋に二人の少女が足を踏み入れた。中は外観から想像されるような見事な丸太造りで、一人がけのソファが二脚と、切った時に余ったであろう廃木にしては綺麗でまんまるな形をした、ささやかなサイドテーブルのようなものが置いてある。小屋の端、真っ赤な絨毯が敷いてあるその隣には漆黒の色をした大きな薪ストーブが鎮座していた。
「ストーブ! まだストーブあったよ!」
窓から入るささやかな月光だけが道標となった室内。髪の両サイドに綺麗なお団子を結びをした少女の一人が興奮した様子で指をさす。
「薪は?」
もう一人の落ち着いた様子の黒髪ロングの少女がストーブの前へと駆け寄ったお団子少女に質問する。お団子少女は振り返り、黒髪少女の周りを大きな瞳で見つめ、最終的にストーブの方に目をやった。するとそこには某ファストフード店のおまけ玩具のように文字通り大量の薪が綺麗に並べられそこに置いてあった。
その一つを手にし、薪の状態を窓から差し込むわずかな光と感覚だけで使えるかどうかを判断する。
「ある! 乾燥してるし使える。でも火を起こすものが…」
「あるよ」
そう言って黒髪の少女はなんだか悲しそうに、薄いカーディガンのポケットから真っピンクのライターを取り出した。
「ふは! 持ってきてくれたの⁉︎」
お団子少女は小屋に響き渡るほどの大きな声で笑いながら、視線はライターのまま黒髪少女に近づいていく。
「アイツらもたまには役に立つよね。にしても派手だね、キャバのだから?」
「さぁ?」
「とりあえず座ってて。火起こすから綺麗そうなとこ座って」
手にしたライターをカチカチと鳴らしながら、ストーブの前へと短パンにタイツを履いた足が歩を進め、やがて慣れた手つきで作業をしだす。
「一緒にやるよ」
蚊のような小さな声。黒髪の少女は震える華奢な体を両腕で抱えながらお団子の少女を見つめている。
「いいって! 私こういうの得意だし。それに、何回もシュミレーションしたから、さ」
話しながら作業を進める少女の目は真っ直ぐにストーブに入れられた薪を見ていた。あまりにも真っ直ぐすぎる瞳は何か得体の知れないものを映し出しているように見えた。
少女が自らの身にまとっていた黒髪の少女と色違いのカーディガンの裾を千切ると薪の一番上に放り込んだ。カチカチと無機質な音を奏でながら、小さな火の粉を辺りに撒き散らす。
「そう。じゃあお言葉に甘えて」
黒髪の少女はお団子の少女の隣へと同じようにしてしゃがみ込んだ。その急な出来事にお団子の少女は、口をパクパクと池の鯉のように無意味に開けては閉じている。
「ちょっと…近くないデスカ?」
「いや?」
「嫌じゃないけどさぁ〜」
火をつけながらお団子少女は言う。シュミレーションしたといった割につくのにだいぶ時間がかかったのはきっと、この寒さのせいだろう。やっと着いた火を消さないよう、少女は左側に感じる黒髪の少女の温もりを忘れ、火に向かって小さく息を吹きかけ細い赤を大きくしようと必死になっていた。
「こうした方があったかい」
「まぁ……そっか! でも火には近づかないでね、やけどするから」
「ん」
小さな火が大きな炎へと時間をかけて大きくなっていく。赤くなびいて燃える炎のゆらめきはいつの日かの小屋の中のようであった。けれど、そこにはあの頃のような談笑や人々の温もりは消え去り、着の身着のままの少女二人だけの小さなものへと移り変わった。自分勝手に造り、自分勝手に捨ててゆく。それが人間という生き物なのだということ主張するかのように小屋はそこに存在し続ける。二人の少女を中に入れ。
カーディガンの切れ端はもう、その姿がどこにあるのかすら見当もつかないほど真っ黒に焦げ、チリとなった。それでもなお温めるという役割を全うするかのように少女たちを温め続けている。
「あったか〜」
ストーブの前、お団子の少女が小刻みに震える両手を、真っ赤に燃える炎に向かって伸ばし、失った暖かさを取り戻そうとしている。
「ありがとう」
「いえいえ。てか、中めっちゃ綺麗じゃん。誰か住んでるかな?」
二人して辺りを見渡す。中は家具やカーペット、そして薪ストーブなど少数精鋭の物たちがこの小屋と一緒に置いてきぼりにされている。中はホコリこそ積もっているがカビ臭さはなく、全く管理していなかったというには蜘蛛の巣一つ張っていないほど不思議と綺麗なものだった。
「住んでないと思うよ。ドアの前、草がピンって生えてたし、ホコリも掃いた形跡ないし」
「確かに! 名探偵だね」
お団子の少女が黒髪の少女に抱きつく。抱きつかれるとは想像もしていなかったのか、黒髪の少女はお団子の少女に押し倒される形でホコリまるけの床に体を打ちつけた。
間一髪、お団子頭の少女の機転で黒髪の少女の頭が床につくことはなかったが、その長い髪は手のひらから溢れ、重力に身を委ねるようにサラサラと床に落ちていった。
「あっ…」
「どうした?」
「ガムテープ忘れた」
「マジ? まぁいいじゃん。この寒さだから要らないよ」
「ならいっか」
立ち上がった二人はソファを一脚、暖炉の前へと残っている力で動かした。不思議といい匂いのするソファの上、お団子の少女が靴を脱いで足を曲げ、黒髪の少女に向かって両手を広げる。
「ねぇ、引っ付いて寝ようよ」
「寒いし、いいよ」
「やった!」
胴と足の間にすっぽりとおさまった黒髪の少女。そしてその少女の髪を指で解くように触れているお団子の少女。二人の熱を保温する物は何一つとしてない。あるのはお互いの体温と、轟々と燃え盛る炎だけ。けれど二人にはそれで十分だった。
赤子のようにウトウトと目が萎んできた黒髪の少女をよそに、お団子の少女は絵本を読み聞かせる母親のような落ち着いた声色で沢山の話をしていたが次の瞬間、ブフッと大きな声で笑い出す。
「初めてのお泊まりが小屋ってッ……!」
「面白いじゃん…」
「ねぇ〜!」
震えるお団子の少女は足に乗っている黒髪の少女を一層強く抱きしめた。その少女の想いの波に気づいた黒髪の少女は重たくなってゆく瞼を必死に上げ、少女の背中を優しくさする。
「本当はもっと景色が綺麗なところがよかったんだけどなぁ」
「ここの方がずっと綺麗だよ」
独り言のような小さくか細い声。その声に合わせるよう返事を返す黒髪の少女の声はどこまでも澄み切っていた。
「………そうだねぇ。アハハ。もうずっと眠いし、そろそろ寝よっか。おやすみ」
「おやすみなさい」
互いの心音が、生きているという証が伝わってくるほどの距離。お団子の少女は黒髪の少女の方に顔を埋め、ゆっくりと夢の国へ旅立つ準備をする。一方の黒髪の少女は先ほどと打って変わって、お団子の少女の頭を上から下へとゆっくり撫でるのを繰り返しており眠る気配は一向にない。
「ありがと」
「こちらこそありがとう」
いつのまにか小屋は音を立てなくなっていた。満たされたようにただ静かに二人を見守るよう、そっと自分の中を覗くようにしながら役目を遂行している。寒さに凍えるような今日。二人の少女は抱きしめ合いながら、今日という日を終えようとしていた。
お団子の少女が寝息を立てだす。すると黒髪の少女は安心したかのように少女を強く抱きしめ、自らも夢の国へと旅立つようにギュッとその瞳を閉じた。
「これでずっと一緒だよ」
とある小屋の小さな灯り 宵月乃 雪白 @061
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます