棺桶から目を覚ます
白い変な人
最終回
棺桶から目を覚ます
やけにガチャガチャとした棺桶から
腹の上に居座る毛むくじゃらも目を覚ましたらしい
邪魔だとは不思議と思わない
見渡す限り棺桶が並ぶ
倉庫
ふと思い浮かんだ単語
そうだ、倉庫だ
少しずつ自分に染み込んでいくと同時に
嫌な気分になってくる
倉庫
と表現したくない自分がいるのだろう
大量の棺桶が並んでいる点では否定できないのだが
にゃ〜ご
毛むくじゃらがすり寄る
込み上げてくる嫌なものがスーッとなくなっていく感覚
差し出した手に毛むくじゃらはあごを乗せる
それは自分を愛でろという強要なのか
自分の不安をなくすためなのか
少なくともこの毛むくじゃらには人を安心させる効果があるのだろう
思い込みかもしれないが
まだぼんやりとする頭で考える
自分はなぜここにいるのか
なぜ棺桶から目覚めたのか
何も思い出せない
思い出してはいけないとさえ思える
全てが、という訳ではない
毛むくじゃらが「キノ」という名前の猫だと思い出した
キノ
名前を呼ぶと擦り寄ってくる
存外、懐いてくれているらしい
自分しかいない今、にやけてしまう
とか言ってみたが実際にはどうなのか
キノを抱えて棺桶から立ち上がる
棺桶の外は暖かくも寒くもない
電気が生きている証拠なのだろう
おぼつかない足で歩き出す
身体はまだ寝ていたいらしい
転びそうになって
ケーブルに気づく
ケーブルは棺桶に繋がり
棺桶からどこかへ続く
希望が湧いた
人のいる場所に行けるかもしれない
確証はないが
ケーブルを辿って歩く
歩く
歩く
歩く
歩く
似たような景色が続く
ずいぶん歩いたようにも
まだ少ししか歩いていないようにも感じる
ここは思っていたより広いらしい
分かっていたことのはずだが
胸の中であばれだすキノをおろしてやる
そろそろ抱えられるのにも飽きたのだろう
抱いたわずかな不安は杞憂だったらしい
向かうべき場所がわかっているようにキノは前を歩く
チラチラとこちらを見てくる
ついてこいと言っている気がした
キノには本当に分かっているのかもしれない
歩く
歩く
歩く
歩く
歩き疲れて棺桶に座る
少々罰当たりかもしれないが他に何もないのだから仕方ない
座るには地べたは冷たすぎる
膝の上にキノが乗る
顎の下を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす
嬉しいような悲しいような
そうしてまた歩き出してすぐ
今までのとは違った棺桶を見つけた
光が灯っている、ということは
稼働
しているのだ
識別番号h25904714
あいにくながら知り合いではない
小窓を覗くと女性だった
10代、いや50代でもあり得る
医療の進化によって
外見による判断というものが意味を持たなくなってしまった
頭をよぎる
今この棺桶を開けたら
自分は1人きりでいなくて良くなる
そう考えると居ても立っても居られない
既に1人きりではないのだが
寂しいのかもしれない
思いの外
ハンドルへ手を伸ばし
腕を膨らませて回す
自分の身体すら満足に操作できない状態では
なかなかに堪えるものがあった
棺桶が開く音にしては仰々しい
まあ、普通の棺桶ではないのだから当たり前だが
開くと同時に
棺桶の中からパキ、、パキ、、と音がする
何かが割れるような
砕けるような
中を見ずとも分かることだってある
結局1人と1体で先へ向かう
もうしばらく歩いた
歩いて
歩いて
歩いて
歩いて
歩き続けて
建物の端に
壁にたどり着いた
途中いくつか開いている棺桶もあったが
未だ生きた人間には出会っていない
人はおろか、キノ以外に出会っていない
肉塊には一度出会ったが
あれはもう見たくない
見ていてあまり気分のいいものではない
一つだけ
微生物が存在しないと腐りづらいというのがよく分かった
壁伝いに歩いていくと
一つの扉を見つけた
外へ出るための扉か
どこか部屋へ繋がる扉か
検討はつかない。などと考えるが
鍵は開いているのだ
覚悟を決めてノブを回す
左右の壁には小さな穴がいくつも開いている
正面の壁には扉が一つ
セキュリティが厳重なのか
はたまた違う理由があったのか
そのままもう一つの扉に手をかける
こちらも開いていた
扉を開けた先は部屋だった
薄暗い部屋
電気が生きているらしいこの建物で薄暗いのは
最後にここへ来た人が切羽詰まっていなかった証拠だ
意外と外の世界は変わっていないのかもしれない
変わっていない…
自分はまだ思い出せていない
なぜそんな考えが出るのか、不思議なものだ
部屋の中を見渡すとスイッチを見つけた
押してみると部屋が明るくなる
先程まで気になっていなかったが
机には新聞があった
ここまで情報のないまま来た自分にとって
新聞
知りたいような、知りたくないような
思い出せていなかった記憶の手がかり
この部屋へ入るときにした覚悟はすでに崩れ去っていた
興味
とは恐ろしいもので
知りたくないという思いとは裏腹に
目は新聞を見ていた
一面を見ると戦争について書かれていた
二面、三面と読み進めても
書かれているのは戦争のプロパガンダ記事ばかり
それも紙面の4割ほど
残りの6割は広告ばかり
そんな中気になる記事を見つけた
『核の使用採決、とうとう終戦か』
嫌な予感がする
扉に鍵が差し込まれたような嫌な予感
広告には
『あなたもコールドスリープで幸せな未来へ』
と書かれている
もしこの戦争が核戦争へと発展していたら
もし核による汚染で地上に生活できる場所がないとしたら
鍵が開かれたたように
全てを思い出した
思い出してしまった
自分は人間ではない
自分は機械だ
汚染された世界が安全になるまで
冷凍保存されている人間を管理するための機械
そんな自分に今、ココロが芽生えている
人間のようなココロ
このことを喜ぶべきか、悲しむべきか、怒るべきか、
今の自分は答えを見つけ出せずにいる
だけど、わかっている事だってある
この施設が突貫工事の欠陥だらけで
無事保管できている人間なんていないということだ
管理する人間のない自分に使命なんてない
気がつくとキノはいなくなっていた
どこへ行ってしまったのか
皆目見当はつかないが、それでいいのかもしれない
ここからはキノの後を追わず、キノに救われず、自分の道を行くんだ
さて、これから何をしようか、どこへ向かおうか。
せっかくココロが芽生えたんだこの身体が動かなくなるまで好きにしてみようじゃないか。
棺桶から目を覚ます 白い変な人 @tatunosakago
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