豚女と背伸少年
はるは
第1話
「風の位置」
風は見えない。
それでも、そこにいたことだけは確かだ。
二人がすれ違ったのは、風の位置が違ったから。
――風の位置――
ホームで見た。
あんなふうに立ってたっけ。
痩せて、背が伸びて、服も似合ってて。
少し、まぶしかった。
あの頃、わたし、
彼のこと、どう思ってたんだろう。
好きじゃなかったと思う。
でも、いっしょにいると落ち着いた。
なんか、特別な感じがあった。
……あったはず。
ずっと忘れてたのに、
目の前に現れたら、
胸の奥がざわざわして、
“もしかして、あの時も好きだったのかも”って思った。
そう思ったら、少し泣きたくなった。
彼の視線が動いた。
あ、こっちを見た。
笑ってくれるかもしれない。
あの頃みたいに、冗談を言うかもしれない。
私たち、案外まだ繋がってるかもしれない。
――そう思った瞬間、
電車のドアが開いて、
彼はそのまま乗り込んだ。
背中が遠ざかる。
わたしは名前を呼ぼうとした。
でも、声にならなかった。
“いま呼ばなくても、また会える”
そんな気がして、
それを信じることで、少しだけ救われた。
風が吹いた。
髪が揺れて、
まるで泣いたあとみたいに頬が熱かった。
***
二年ぶりに、彼女を見た。
電車を待っていたホーム。
少し太って、髪も変わってた。
でも、声をかけようとは思わなかった。
二年前、あの言葉が刺さってた。
「デブ」って笑った顔が、頭に焼きついてた。
あの痛みが、たぶん、僕を変えた。
走って、食事を減らして、鏡を見て、
それでもまだ足りないと思ってた。
気づけば、あの頃の怒りももうない。
彼女を見た瞬間、
一瞬だけ何かが動いたけど、
それは懐かしさに似ていて、
もう僕の中では終わってた。
電車が来た。
ドアが開く音。
風が頬をなでて、
季節が変わったことを思い出した。
彼女のほうを、少しだけ見た。
視線がぶつかりそうで、ぶつからなかった。
昔なら、わざと見返したかもしれない。
でも今は、もういいと思えた。
乗り込む。
ガラスの向こうで、彼女が立っていた。
動かないまま、何かを待っているみたいだった。
その姿を見ながら、
僕は少しだけ笑った。
勝ったとか、報われたとかじゃない。
ただ、もう、過去を置いていけると思った。
電車が動き出す。
窓に映った自分の顔は、
少し大人びて見えた。
***
風の位置が、違っていた。
それだけのことなのに、
それだけのことで、
もう同じ場所には戻れない。
豚女と背伸少年 はるは @kanpati
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