2028 - 記憶税の国、徴収者の記録

松 基晴

2028|記憶税の国、徴収者の記録


君は徴収の音を知っているか。

カチッ…カチッ…カチッ…。

みんな平等に過ぎる刻。まさしくコレだ。


小さな個室に押し込まれ、働いたら働いた分だけ記憶を徴収。

記憶は燃料となり、巡り巡って“自分”を支える。


「書類、お預かりします。」

扉を開けて入ってきた相手の顔を見ずに言う。

私と相手の合間にあるアクリル板の隙間から、書類が雑に投げ込まれる。

ひらり。ストン。

三回目の紙吹雪。

誰かの記憶を奪う度、私の感情も混ざって一緒に燃料になっていく。

「さっさとしろ!グズ!」

ドカッと乱暴に椅子に座った大男が、徴収用のデバイスを首に付ける。

カウンターをトントンと指で叩き、急かしてきた。爪が……汚い。

書類に目を通し、専用の計算機に数字を入力する。

「今回は1.5日分の徴収になります。」

ラベルを発行して、ガラス管を専用の機械にセット。

「ガラス管、良し。接続、良し。デバイス装着、良し。徴収します。」

ゆっくりとレバーをあげる。

機械が軋み、指の音はやんだが、そのかわりに、液体がリズムを刻む。

色だけは、とても鮮やかだ。


——幸福、幸福、怒り、悲しみ。


彼の徴収された記憶の内訳だ。ランダムに徴収されるとはいえ。ついていない。

この人は、今日の星座占いで最下層だったのだろうか。

「お疲れさまでした。こちらの書類を受付にお出しください。」

複写式のペラペラの紙を隙間から差し出す。

デバイスを外した大男が無理やり紙をむしり取り、紙だったものが、ゴミになった。

次は、優しい人か、運勢がいい人に当たるといいな。運を貰いたい。


《今日の営業時間は終了しました。また明日ご利用ください。》


館内に流れるアナウンスが、部屋の中まで聞こえてきた。

最後の1人の書類を記入しながら、胸をなでおろす。

「お疲れ様でした。受付にコチラを提出して下さい。」

切り離した紙を老婆に渡すと、「ありがとね」と言われ動きが止まる。

「ありがとう」と言われるのは、悪くない。自然と口が緩んだ。

私の視界が少しだけコントラストをあげる。


徴収した記憶を専用のカバンに詰め、職員側の廊下に出ると、似たような人間が列を成す。

そのまま波に飲み込まれ、回収所を目指す。

苦しくて、少しだけ溺れそうになった。


誰一人、喋りはしない。

群れをなす革靴の音は、廊下の端でホールへと合流する。それはひとつの大きな個体になり空間を包んだ。

ぽっかり。と大きく開けた空間は人を飲み込み、蟻塚のように通路が八方に伸びていて、先は見えない。

列は人混みを切り分け、回収所と掲げられた看板の下に叢る。

目付きの悪い受付の女はガムを見ながら鞄を奪う。

取り出されたガラス管の中身が、キラリと反射した。

この美しい液体は、この国の血液だ。

資源が枯渇しはじめ、戦争を繰り返した末。

人類は記憶を燃料にすることに成功し、表面上は平和になった。

奪われる記憶は選べない。誰がその記憶を奪う?

こんな仕事、誰もやりたがらないから私のような人間にさせるのだろう。


——バンッ!!

大きな音が、一瞬だけ静寂を生む。

カウンターを見るとクシャクシャになった受付票が寂しそうにしていた。

「次ぃ!」

受付の女はもう私を見ていない。

遠くでサイレンの音が鳴り響き、《記憶の流出がありました。職員は速やかに対応してください。》とアナウンスが聞こえたが、もう私には関係ない。

更衣室で制服から着替えて、バスに乗るころにはもう暮れ。上着を着ていない私の体は少しだけ震えた。

そろそろコートが欲しい。

温まろうとしたのに車内も、体も冷えたままだ。

ボーッと外を眺めて、少しだけ長いドライブが始まる。

継ぎ接ぎだらけの道路、決して裕福とはいえない街。

使えるものは、最後の最後。

無くなるまで使うのが当たり前になった世界。


夜、灯りをともすのも贅沢といえるかもしれない。

家の明かりがほとんど見えなくなった頃、バスが鉄格子を通り抜けた。

それがいつもの目印で、私はやっと自分の部屋に入ることができると身支度を整える。

他の人間の気配を背に、ドアを開けて部屋のスイッチを押す。

小さく殺風景なワンルームが私の居場所だ。


「今日も疲れた。」

ベッドに腰掛け、ポツリと呟く。

両手で体を支え、天井の薄暗い灯りを見上げる。

この光も、誰かの記憶を燃料に使って光っているのだろうか。

もしかしたら、私が回収した人の記憶も使われているかもしれない。

せめてそれが、どうでもいい記憶であることを祈るばかりだ。


天井を見飽きたころに、ゆっくりと立ち上がり机に向かう。

引き出しから小さなノートを取り出し、日課である日記をしたためる。

ペンを走らせると“もし”何かの気まぐれで誰かが読んだ時、その人間に私という人間を知って欲しい。と筆圧に欲が混ざる。

そうだな、知って欲しいというと、少し強欲な気がする。“記憶”の片隅でいいから、君の脳内に私の痕跡を置かせて欲しい。思い出してとは言わない。


今日の出来事の最後の行を書く。

この仕事をして、初めて人に「ありがとう」と言われた。ほんの少しだけ、世界が鮮やかになった気がした。

厚みが増していくノート。それを見るのが唯一の楽しみだ。

ベッドに倒れ込むと、瞼がゆっくりと閉じていく。

明日の運勢は、1位じゃなくても上位だったらいいな。

意識はベッドに染み込んでいった。



廊下から聞こえてくる音楽によって、目を覚ます。

いつもの朝の始まりだ。

鏡の前で顔を洗い、着替えをする。

今朝のバスは窓側の席が取れるだろうかと、心配しながら出勤時間を待つ。


ガチャン!キィー……。

いきなりドアが開いたかと思うと、制服の男達が現れた。

「囚人番号:2028番。今までご苦労だった。」

男の低い声が、私の心臓を殴った。

一瞬思考が遅れ、いつもとは違う日常を受け入れようとしたが、その前にわかってしまった。


……あ、“私”は今日で終わるんだ。


もう少し、取り乱すかと思ってたけど意外と平気らしい。

3回視界が黒くなった後、口を開く。

「はい。」

声が小刻みに震えた。やっと、この日が来たのか。

立ち上がり、ドアの前まで足音を運ぶ。

「これから、囚人番号:2028番の全記憶の回収を始める!」

制服の男が、私以外の廊下の人間に言う。

たくさんのドアが並んだ廊下。

その中をコツコツと響く革靴と制服の擦れる音、そして時折……手錠の金属音が満たす。


しばらく歩いた先に、小さなこじんまりとした部屋があって、椅子と机。その上には蝋燭が灯っていた。

手錠を外され、座るように促される。

目の前のお茶と茶菓子は、食べたら怒られるのだろうか。


「お待たせしました。何かお話ししたい事をはありますか?」

考えていたら物腰柔らかそうな年配の女性が、ドアから入ってきて私の前に座った。

「話したい事は、ありません。」

勝手にお茶を飲んで、茶菓子を頬張りながら女性に言う。

「あなたの私物は、どうしますか?」

「日記以外は全て捨ててください。日記は1番最後のページに書いてある、古本屋に置いて来てください。……出来るのであれば。」

最後の一つの茶菓子を咀嚼して、茶で流し込む。

うまい、うまい。久々の甘味だ。


「あ、そうだ。最後の瞬間の前に私は日記を書きたいです。」

カツッと陶器を机に置く音が響いて、彼女との間に少しだけ沈黙が流れる。

テーブルに散乱した茶菓子の包み紙が目に入った。

≪今日の運勢はハッピー♪≫

はは、私の今日の運勢はいいみたいだ。


「わかりました。伝えておきます。」

彼女はにっこりと微笑み、自分の茶菓子を差し出してくれて、暫く彼女と他愛の無い話をした。


「2028番、時間だ。」

彼女との楽しいひと時を終えて、部屋を出る。

さようなら、はじめましての人。


すぐ横の部屋の上に《Reboot》と書かれた標識が掲げられていた。

部屋に入る前に、自分の日記を手渡される。どうやら私の望みは叶うらしい。

なんの汚れもない真っ白な部屋。そこに不釣り合いなパイプ椅子とヘルメットのような物が置かれている。

多分、これを装着するのだろう。

部屋は目の奥が痛くなるほど明るくて、ツンと鼻を刺激する臭いがした。

私の前にも誰か、利用した人物がいたのだろうか。


中央まで行き、椅子に置いてあったヘルメットを装着する。

ゆっくりと椅子に腰を下ろすと、パイプ椅子がギィッと鳴り座った事を皆に知らせた。

正面を向くと、日記帳より白い壁。

どうせならこの壁にも、何か書き足そうか。

そう思いながら、太ももを机代わりに最後の日記を書く。


字は汚くて、満足に書くことは出来なかったけど、その方が味になるかもしれない。所謂”リアル”というやつだ。

そう言い聞かせ無いと、やるせない。

最後の一文字を書き終えて、制服の男に日記とペンを渡す。

いよいよ、何もなくなった。


……待てよ、日記に私の名前を書くのを忘れていた。

これでは“私”が誰だか、わからないじゃないか。

最後の最後で失敗をしてしまった。包み紙の占いが私を裏切った。アンハッピーじゃないか。


まさか、心残りが出来るなんて、あんまりだ。


ヘルメットのような機械のスイッチが入れられ、稼働音が耳元で響く。

「さようなら、2028番。そして、ようこそ新しい2028番」

その声が聞こえて、頬に生暖かい何かが伝った。


——カチッ…カチッ…カッ…。

私がいつも聞いていた音だ。

今はされる側として聞こえている。

視界が白に染まっていく中、今まで回収してた人の記憶が断片的に再生される。

最後の最後まで、私の記憶が流れる事はなく、全てが白になり、静寂に満ちた。




あっ…そうそう。


私の記憶と日記を見た君に、勘違いをして欲しくはないからここに記述をしておく。

“私は悲しくて泣いたわけではない。やっと解放される喜びから涙を流したんだ。”



P.S. やっぱり。まだ、伝えたいことがある気がする。

解放される。そう言い聞かせないと、やるせなかったのだろうか?

誰かが読んでるって事は、この日記は古本屋に置かれていない。

次の2028が、“私”が今これを読んでいるんだろう?



あぁ……おかえり、私。



ナクラユ郡ピラリー通り 3-25番地

——記 2028 完

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