青の支援機

ハル

アオとの日常、それから別れ

 眩しい。

 つむっている目に光が飛び込んできた。朝か。頭のどこかでそう思うが、眠い。まだ、寝ていたいし横になっていたい。

 布団を引っ張って目を隠す。


「おはようございます。今日の学校は8時からです。もう起きないと間に合いませんよ。」


そんな言葉と共に、引っ張った布団をぐわっと剥ぎ取られた。もう、寒いなぁ。


「アオ、おはよう。起きるから、布団返して!」

「布団を返した時にご主人が起きてこない確率は99%です。遅刻してしまうので返せません」

「そこをなんとか!1%にかけてよ!」

「無理です。朝ごはんも出来ているので、着替えたら行きますよ」

「わかったよぉ。着替えは一人で出来るから、先に下行ってて!」

「承知致しました。」


 しぶしぶ暖かい布団から抜け出し制服に着替えて下に降りると、朝食が用意されていた。

 湯気を立てているご飯にお味噌汁、綺麗な卵焼き、牛乳とヨーグルトもある。いつもの、アオが作ってくれる朝ごはんだ。


「今日もありがと!いただきます!」

「召し上がれ」


 少し急ぎながら箸を口に運ぶ。時計を見るとやはり遅刻ギリギリだ。話している時間なんてなさそうで残念。本当はアオとゆっくり話したいし、一口一口味わって食べたいのに!

 毎朝毎朝睡眠欲が勝ってしまう自分にがっかりだ。


「今は成長期なので寝るのも大事ですからね。」


自分の心を読んだかのようなアオの一言にこくこく頷きながらかき込むように食べ切った。


「ごちそうさま!夜はゆっくり食べるから!」

「はい、楽しみにしています」


 表情は変わらないが柔らかくなったアオの声を聞き、思わずニンマリしてしまう。僕の支援機は、本当にわかりやすくて可愛い。

 歯磨きをし、身支度を整えて玄関へ。

 靴を履いて、アオへ向き合う。


「じゃあ、行ってきます!」

「いってらっしゃいませ。お気をつけて。いくら睡眠が大事だからと言え、授業中は寝ないようにしてくださいね?」

「ね、寝ないよ!もう!」


 少しからかいを含んだアオに笑いながら答える。

 ドアを開けると、とてもいい天気だった。


 うん、今日も頑張れそうだ。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 ぐーーっと伸びをする。

 手をつけようと机に出した数学のテキストはあまり進んでいない。勉強は苦手ではないはずだが、好きというわけでもない。

 志望校として挙げたところに行くにはもっと努力しなければいけないとわかってはいるが、なかなか身が入らない。


「はぁ……」


 このまま数学の勉強をしても手につかないだろう。みんなは今頃きっと、もっと頑張ってるんだろうな。僕も何か他の教科をやろうかなぁ。

 コンコンコン、ノックの音がした。


「アオ?」

「ご主人様、夜遅くまでお疲れ様です。温かい飲み物はいかがですか?」

「お願いしようかな。」

「コーヒーにされますか?それとも紅茶?」

「うーん、今日はもうカフェインはいいや」

「承知いたしました。それでは、いつものものをご用意いたしますね」


 イタズラっぽい、でも優しさに満ちた声でアオが言う。いつもの、あれはアオの優しさを感じられて大好きだ。


「お待たせいたしました。」

「待ってないよ。ありがとう!アオ。」


 いつもの、はちみつ入りのホットミルク。何となく眠れない時、うまくいかなかった日の夜のお供。優しい甘さで僕を包み込んでくれるように感じる。


「はぁ〜!今日も染み渡るな〜」

「よかったです」


 少しずつ少しずつ、優しさを口に入れる。

 カチ、カチと時計の針が進む音と、僕がミルクを啜る音だけが部屋に響く。

 その間、アオは静かに待ってくれる。やっぱり表情は動かないけど、きっと表情があったら、すごく暖かい顔をしているんだろうな、と思う。


「……勉強しないといけないのはわかってるんだけど、なんか全然ダメなんだ」

「そうなんですか」

「うん。今日も、数学全然できなかった。もうちょっと頑張ろうかなぁ」

「今日はもう夜も遅いですよ。明日頑張るためにも、もうそろそろ寝てください。いくら頑張ってもダメな日だってあります」

「いいのかなぁ……」

「いいんですよ」

そっか、と小さくこぼす。今日はアオの優しさに甘えてしまおう。

 明日の僕、頑張れよ。


「明日の僕がまた頑張れてなかったら叱ってね」

「隣でずっと勉強見ててあげましょうか?」

「アオは家事向けの支援機だったと思うけど、お願いしていいならそうしてもらおうかな」

「ご主人様はしょうがないですねぇ」

くすくす笑うアオに釣られて僕も笑う。


「本当に、アオがいてくれて良かったよ」

「……私もです。私も、ご主人様に出会えて良かったなと思います」


 優しい、包み込むような声だ。

 アオにはたくさん支えられている。

 周りの友達の話を聞いても、そんなに良い支援機いないぞ?って言われるし。

 アオが僕のところに来てくれて良かったなぁ。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 定期試験の朝。そう、戦場に向かう前の朝だ。

 最後の悪あがきなんて、アオに笑われるかもしれないが、――いや、優しくたしなめられるかもしれない――僕は今、最後の悪あがきをしている。

 少しでも良い点を取って、両親に志望校を受験してもいいよ、と言ってもらえる材料にするのだ。勉強向きじゃないのに勉強に付き合ってくれたアオにも、喜んで欲しいし。

 今日の試験は数学と英語と国語。何で3教科揃って!?と悲鳴をあげたくなる気持ちもあるが、そうも言ってられない。

 公式も、英単語も、古文の文法も。最後の最後まで詰め込むのだ。

 コンコンコン。


「あれ?今日は起きているんですか?おはようございます」

「おはよう、アオ」

「今日は試験の日なので、頑張れるように朝ごはんもいつもより心をこめてつくりましたよ!支度もできているなら話は早いですね。早く下へ―――」

「ごめん、アオ。今日は食べないで行く。夜食べるよ。」

「ですが、糖質を入れないと頭はあまり働かないのでは?」

「……わかってるよ」

「ですが……」


「うるさいな!今は放っておいてよ!」

「わかり、ました……」


 アオが去り、部屋はシン、と静まり返る。静寂に、ごちゃごちゃしていた脳みそも少し冷静さを取り戻す。……どうしよう。やってしまった。


 アオは優しさで、僕のことを心配して言ってくれていたのに。僕だって、アオのことを嫌いなわけじゃないのに。どうしよう、嫌だ。


 支援機が、アオが、いなくなってしまうなんて、嫌だ。



 その後、どうやって学校へ行ったのかも、試験をどう解いたのかもあまり覚えてないけど。

 家を出る前に、行ってらっしゃいと言ってお弁当を持たせてくれたアオは、少し、寂しそうな声をしていた気がする。

 帰ってきた家には、もう既にアオの気配はなく、僕が食べられなかった冷めた朝ごはんだけがぽつりと食卓に残されていた。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 暗い部屋で目を覚ます。

 アオが来てから、一度もこんな朝は無かった。

「……アオ?」

小さく呼ぶ。反応はない。

「アオ!」

 いつもなら、家のどこにいても来てくれるのに。

 拗ねて出て行っちゃったのかな、早く戻ってこないかな。そんなことないとわかっていても、そう考えることで、自分を保とうとしていた。


 キッチンに降りると、昨日食べた後洗わなかったお皿がシンクに残っている。

 アオが、最期に残してくれたご飯だ。美味しかったなぁ。

 もっと、もっと味わって食べれば良かった……。昨日だけじゃなくて、今までずっと。アオともっともっと話しておけば良かった。試験の準備、もっと前もってしておけば昨日だって、きっとイラつかなかった。アオにあんなこと、言わないで済んだのに。


「……ダメだなぁ」


 ポツポツと水滴がシンクに落ちる。

 お皿を洗うため、水滴を流すために、水を流した。




 外の道路からトラックの音がする。いつもなら気にならない音が、今日はやけに響いた。

 ピンポーン。どうやらうちに用があるらしい。

嫌だな、アオがいなくなったことが事実になってしまいそうで。


「はい」

「P-13調整局の者でーす。新しい支援機をお届けに参りましたー!」


 その言葉に、つんのめるように玄関へ向かい、息せき切って扉を開ける。


「あの、アオは。前の、僕の支援機は帰ってこないんですか?」

「あー、なるほど。以前の支援機とよほど良い関係を築いていたんですね」

「あの、」

「あぁ、ごめんなさい。少し珍しくて。あなたより大きい20歳過ぎくらいの方だとよく聞かれるんですが、その質問をされるには若かったので。」

「それで、アオは戻ってくるんですか?戻ってくるんですよね?」

「……申し訳ございません。」


 少しフレンドリーな雰囲気があった調整局員が、真面目な顔をして、申し訳なさそうに言う。


「支援機は、一度負の感情をぶつけられたら、還るということはご存じですか?」

「……はい。成人式の時に言われたので、覚えています」

「それに、例外がないということも?」

「……はい」

「…本当に申し訳ございません。良き隣人を失った翌日に酷なことだとは思うのですが、新しい支援機を支給させていただいてもいいですか?」

「…………はい」


 アオが、アオが戻ってこない。良き隣人というよりも、家族と言って差し支えなかったアオが。大切な、唯一無二の、僕のアオが。

 成人式の説明は聞いていたし覚えていた。だから、昨日あの言葉をぶつけてしまった瞬間に、アオが僕の前からいなくなるのはわかっていた。わかっていたけど。でも、それでも。例外があるのかもしれないって。そう、思っていた。

 ……そんなことあるわけないのに。

 新しい支援機を受け取り、すごすごと家へ戻る。

 成人式の日に与えられ、アオと一緒に戻ってきた家に。


 アオは、もういない。






┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 アラームが鳴って、目を覚ます。カーテンは、自分で開けるようになった。どうやら、次の支援機は学習支援特化型らしい。

 勉強に詰まり気味だった僕にとってはちょうどいいのかもしれない。


「おはよう、アイ」


 新しい支援機は、丸くてカメラみたいなレンズが大きく一つついているから眼球みたいで、そこからとってアイ。……アオと少し似てるのは、許して欲しい。

 アオの名前は、もっと単純で、アオのボディの色から取ったんだよなぁ。


「支援機に名前をつけるのは合理的とは言えませんが……おはようございます、ご主人」


 こんな感じで、アオよりだいぶ冷たいアイだが、勉強面ではだいぶ助けられている。スケジュールも立ててくれるし、わからない問題について聞くと、レンズの部分から光を出して白い壁にプロジェクターのように解法を写してくれる。わかりづらかったらもっと聞けば詳しく教えてくれる。

 まぁ家事はできないので、そのあたりは自分でやるようになったんだけどね。


 自分1人で作った、焦げてガタガタな卵焼きを見つめて、ため息をつく。アオに会いたいなぁ。



 出かける前、玄関の写真立てにいるアオと僕との写真に、今日も頑張ってくるね、と呟く。

 アオはいなくなったけど、アオが教えてくれたことはたくさん僕の中に残っている。



 外に出て、青い空を見上げる。


 今日も、きっと何とかなるかな。


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青の支援機 ハル @harukuuuu

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