「春の手紙」

@SASAKII

春の手紙

ポストに、一通の手紙が届いていた。差出人の名前はない。

 便箋には、淡い桜の模様が透けている。開くと、整った字でこう書かれていた。


「来年の春、またあなたに会いたいです。」


 それだけの文面だった。冗談だと思って捨てようとしたけれど、どこか懐かしい香りがした。香水でもなく、桜餅のような甘い匂い。

 なぜだか心に引っかかり、引き出しの奥にしまっておいた。


 ―― 一年後。


 あの手紙のことなど忘れかけていた春、桜並木を歩いていると、風に乗って一枚の花びらが舞い落ちた。手に取ると、裏に小さく文字が書かれている。


「来てくれて、ありがとう。」


 驚いて周囲を見渡すと、ベンチに一人の女性が座っていた。どこかで見たような横顔。

 目が合った瞬間、胸の奥が懐かしさでいっぱいになった。けれど、声をかけようとした途端、風が強く吹き、桜が一斉に舞い上がった。


 視界を覆う花びらが静まったとき、彼女の姿はもうなかった。

 ベンチの上には、去年と同じ桜模様の便箋が一枚。


「来年も、会えたらいいですね。」


 私は微笑んで、その手紙を胸ポケットにしまった。

 春風がまた吹き、桜の香りが優しく包み込む。まるで見えない誰かが、すぐそばで笑っているようだった。

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