第34話 Sweet Blood
「お嬢様、扉を開けます」
「バット、お願いだから今は一人にして」
「やぁ、エリシア……」
部屋に入ると、エリシアは枕に顔を埋めていた。
バットは扉を閉めて、退出する。
「いえ、リアムがここにいるはずはない。これは夢ね」
枕から顔を浮かせるが、こちらを見ることはなく、夢だと思ったのか再び枕に顔を埋める。
「……夢ではないんだけど」
「……リアムッ!?」
今度は飛び起きた。
「その、どうかな。具合の方は……」
「……大丈夫」
あんな話をした後だと、どことなく気まずい。
「ヴィンセントさんと話をしてて、思い出したよ。昔、エリシアと出会った日のこと」
「お父様に全部聞いたのね。……それに、覚えててくれたんだ」
エリシアはベットの上で膝を抱えて、蹲ってしまう。
「……怖かったから。まさかあの時、リアムたちと仲良くなれるとは思ってもみなかったし、それに、ま……リアムは私と似ていた。違ったのは、魔族の血。これを伝えて避けられるのが怖かった」
「似ていた?」
「リアムはさ。精霊と契約ができなかったんでしょ?」
「……そうだよ」
「私もね。この血筋の所為で精霊とは契約ができなかった。魔族にも魔精霊っていう堕天の性質を司る精霊がいるらしいんだけど、そもそも私は人の血が混じっているから契約はできない」
大きな貴族家の一員として世襲制の精霊契約を持ち加護という形で恩恵を受けているアルフレッド、同じくそれに仕え加護を得ているフラジールたちの精霊を見たことはないが、エリシアの精霊もまた、僕は見たことがなかった。
宗教的な差だとか、その程度に留めていた。
「それも含めて魔族の血を引いてること、その特徴や性質の話をして、リアムたちがどう思うかって考えると話づらかった」
ポツンと零れた彼女の気持ち。
爛漫な華に溢れていると思っていたから、気づかなかった。
僕とエリシアには似ている部分がある。
だけど、僕とエリシアには違っている部分の方が多いとも思う。
エリシアが大人になるにつれて、似通ってくるのかもしれない。
しかし、エリシアが大人になるにつれて、僕も変わっていく。
「……でも……でもね、本当はそれだけじゃなかった」
更なる身の内を打ち明けるように言葉が紡がれる。
「最初はそれでいいって思ってた。昨日、リアムから怒られて、叱られた。辛くて、悲しくて、そして……胸の奥がすごく痛かった。勝手なことをしてみんなを危険にさらした。でも、リアムに私のことを言えなかった。それにリアムが私について知らないことがあって、そして、自業自得で我儘な私なんかを傷つけてしまったことを叫んでくれてなんか……なんかッ!……辛いのと同時に嬉しかった」
膝から顔を離して、歪んだ顔を必死に引きつらせた笑顔が作られる。
エリシアはいつもより強く、大人びてさえ見えた。
なんて、破滅的な感情なのだろうか。
僕は彼女の見たい部分だけを見ていた。
声が震えて、時折小刻みにうずくまっていたから、体に手を置いて、落ち着けてあげたいと、しかし、考えは変わった。
僕は彼女を子供と見るほど、大人になれていない。
一緒に成長してきた。
一緒に勉強も、魔法練習も、ご飯を食べたり、話もして過ごした。
エリシアは、僕のことを見てくれている。
「リアム。ちょっとだけ、隣に座ってくれる……?」
「うん」
いつもより大人びて見える彼女の姿に誘われて、僕は子供一人分、僕たちにとっての人、一人分を空けてエリシアの隣に座った。
僕が隣に座るとエリシアは僕の名前を呼びながら、目に浮かべた涙をまだ小さな手で拭い取った。
「リアム、私は……」
すぐにでも、頭の中が彼女の言葉を肯定して抱きしめたくなる様な感情と衝動に支配されそうになる。
「私は、リアムが好き……です 」
いつもよりしおらしく、そして愛おしい。
「僕はね。エリシアが言ってくれたほど思いやりのある人間ではないよ。最近、気付いたことなんだけどね。僕は人より与えられた力があって、それを自慢したいのに褒められたり持ち上げられるのが嫌で謙遜し、でもどこか心の中では愉悦に浸っていた嫌なやつ」
僕は一人で自分を慰められる。
独り善がりの心の皮だけは分厚い。
「昨日エリシアに叫んだことだって、自分が犯した罪を弁明したいだけの喚き、自分のしてしまったことを誰かに肯定してもらいたくて出た我儘、そして今、エリシアにこうして身の内を話ていることすらも、心のどこかで自分を肯定するためなのかもしれないって思ってる」
みんなに甘えて、非難されても、今もこうして、甘えようとしているのかもしれない。
「その心のどこかで思っていることを、更に心の中で思っていることも……ってついついエンドレスに考えてしまって疑心暗鬼。嫌になるよ。少なくともそれくらい面倒くさい考えや価値観を持っていて、成長できないでいる」
そう思うと、益々そんな自分が嫌になる。
どちらか一方の望みしか叶わないのであれば、僕が妥協するのだろうか。
それとも、彼女を欲しいと思うことが、僕の望みなのか。
「僕を好きだと言ってくれたエリシアにもう一度、こんなことを尋ねるのは酷く醜いことだと思うけど、訊くね……それでもエリシアは、僕のことを好きと言えるのかな」
キッパリと、区切りをつけたい。
僕は君を助けたいと思っている。
尊敬してるからだ。
過程や結果よりも、少しだけ先の未来を信じることを、一緒にしようと手をとって欲しい。
エリシアの優しさに圧力をかける事になるが、真実を知っておきたい。
「自分がみんなと違うから、いっぱい勉強してテストで1位を取るんだって頑張っていたのに、あの日、私は2番で1番は同じ齢の子どころかまだ2歳も年下のリアム」
それは悪いことをした。
なぜって僕の成績はズルだ。
前世の知識と時間があってこその賜物だ。
「ものすごく悔しくて意地はって泣いちゃった。けど、私はあの日から、どこかリアムが気になっていた」
……やはり僕は、エリシアたちと同じ時間をかけることはできないのだろうか。
今は僕も君と、対等でありたい。
「最初の授業の日、魔石からぐわーッてすごい火を出した時は驚いたけ、どクラスのみんながその後にリアムの精霊のこととか噂してて、私と同じかもって頑張って声をかけてみた。けどまた失敗しちゃって泣いちゃいそうな私をリアムが一生懸命励まそうとしてくれてたって、後になって気付いて」
とんでもない。
今、目の前で僕に微笑みかけてくれているエリシアにあの時、助けられたのは僕の方だ。
救われた。
「リアムを独り占めしたくなって、それなのに、側にいて欲しいってことだけは、どうしても言えなかったけど……だからやっぱり、私はリアムが好きッ!」
エリシアが勢いよく僕の胸に顔を埋める。
大胆な行動もさることながら、自分のことを真っ直ぐ貫いてぶつけてくる彼女は、僕の知るいつものエリシアだった。
「ありがとう……」
選んでくれたことに嬉しさをいっぱい抱えながら、静かに抱きしめる。
そういえば、エリシアの方が年上だから、こうして上から彼女のことを見ることは今までにはなかった。
それに、近い。
僕はまた、新しい彼女の一面を知った。
時間の流れをゆっくりと感じる。
光が差し込んでくる窓からは、オレンジ色の光が差し込んできている。
もう時刻は夕暮れだ。
「とにかく、父さんと母さんに話してみるよ」
「わかった……待ってる」
「それから改めて、昨日のことは僕が軽率に責めすぎた。ゴメン」
「私だって、変な意地張ってリアムを困らせたから」
僕とエリシアは二人、再びベットに腰をかけ直してこれからの話をする。
夕日がエリシアの頬を染めている。
「リアム様、お嬢様。お話中のところ申し訳ありませんが、時刻もそろそろ日暮れ。誠、お節介かもしれませんが、リアム様はお時間の方、大丈夫でしょうか?」
扉のノックの音の後、廊下から声バットの声がかかる。
──玄関口──
「それじゃあまたね」
「ありがとう、リアム」
エリシアと、さよならの握手を交わす。
「またいつでも遊びにきなさい。バット」
「はい。……リアム様。こちらは貴族街に入るための招待状となっております。期限は夏季休暇の終わりまで、形式は冒険者への依頼と召喚状となっておりますので、是非にご活用ください」
招待状を受け取る。
これで、ミリアの家庭教師に来た時以外でも、貴族街の中のエリシアの家には訪ねることができる。
「ありがとうございます。では、またお返事に来るときに使わせてもらいますね。それでは」
招待主であるヴィンセントに向けて礼をし、ブラッドフォード家を後にする。
『本当に、献血相手(ドナー)の選定理由が、本能(ソレ)だったのか……』
エリシアの家からの帰り道、そんなことを思ってしまった。
もし献血を行えば、吸血するエリシアは、僕とこれからも関わっていくことになる。
信じたくはないが、彼女が僕のことを必要ないと思った時、それなりのリスクがある。
もしヴィンセントの言ったことが全て事実で、種族癖を消すために善の神に認められないといけないのならば、仮にその神も善と名のつく神は今のエリシアの何が許せないというのか。
ヴィンセントは爵位を持たないが、地位と権力は持っている。
第一印象では、強い差別的な思想を持っているイメージは受けなかった。
しかし、この街ではマイノリティの立場であることも、除外できない。
「今日の約束がてら、これも相談しよう」
まずは、ミリアの家庭教師のことを話さないといけない。
これは確定事項だ。
「ただいま」
「「おかえりリアム」」
帰宅すると、両親は声を揃えて、「おかえり」と迎えてくれる。
「父さん母さん、朝言った通り話があるんだけど、今日は色々あったから、話すことが増えた。だから、夕食の時でいいかな?」
「俺はいいぞ。アイナは?」
「オッケー。なら、準備するから待っててね」
野菜とラビット肉の入った塩ベースのぬるいスープにパン、それからデザートの果物。
「おいし……」
一口、スープを口に含んでちぎったパンを口に入れる。
「それでさ、僕のステータスにそんなに魅力があるのかな。それとも他の理由があるのかな」
「ま、まあそうだろうな。お前のステータスは親の俺が言うのもなんだが異常だ。貴族様には俺たち平民……にはわからない難しいことがたくさんあるだろうし、それじゃなくても強い力があればダンジョンでは鬼に金棒だ」
今日の出来事、公爵城まで行ったことやミリアの家庭教師をすることになったことなんかは話し終えた。
「リアム。あなたのその力は素晴らしいものよ。ね、ウィル?」
「そ、そうだそうだな!そうだぞ、リアム!」
ウィルの半袖の袖をアイナが掴む。
この頃暑い日が続くし、ウィルが汗を浮かべるのもわかるが、アイナは袖と一緒に皮膚も摘んでしまっている。
ちょっと、笑いそう。
これから、たくさんお願い事をするのだから我慢だ我慢。
「父さん。僕さ、武術を習いたいんだけど」
お皿のスープが半分ぐらいになった頃、昨夜から考えていた相談事をウィルにする。
エリシアとのことは、話が拗れそうだから最後に回す。
「武術? っても、スクールにも武術の授業があるだろ?」
「うん、でもできれば実践的な対応力を身につけながら成長したい。それと攻守バランスの取れてる剣術とかから試すのがいいかなって思う。スクールでも剣術の基礎は習ってるから、手近かなって」
オールラウンダーに近いアタッカー寄りのバトルメイジ。
これが僕の目指すロールだ。
ウィルもアイナの
パンを片手に持ちちぎりながら、僕の相談を聞いてくれる。
先日の件で僕は自分の性格をまた一つ知った。
自分の守りたいものは自分の手で守りたい。
他の誰かに丸投げするようなことをすれば僕はそこに歯がゆさを覚え、いても立ってもいられなくなると。
その時がくれば、力不足の自分を悔いる感情がある。
「なるほど、悪くないな……」
「ウィル、まさかカミラに?」
「いや、あいつは剣士だし適任だが攻撃的すぎる。今回のリアムの話を聞いていれば、身を守る術にも意識を割いた堅実さも欲しがっている印象を受けた。博打みたいにトリッキーなアイツの戦い方は参考にならない。頼むならリゲスかな。それにカミラをリアムに会わせてみろ。ダンジョンの中だったら絶対殺しに来るぞ」
カミラといえば、レイアのお母さん……まだ噂を聞いているだけで会ったことはないが、こんなチャーミングな子供を容赦なく殺しにかかるとか、どんな冷血無慈悲な人なんだか。
比喩だと信じたい。
「リアム、公爵様から頼まれたミリアちゃんの家庭教師もある。 更にお前は自由科目と魔法練習だけに授業を絞るとはいえ、スクールもある。そこに、更に別の訓練を入れようとしているわけだが、大丈夫か?」
「そこはちゃんと考えてる。勉強も疎かにはしない。ミリア様のことも、僕なりの責任をもって取り組む……あとね、父さん、母さん……」
「どうした、言ってみろ」
「……スクールの友達に、エリシアって魔族の血を引く女の子がいる」
「リアムの話によく出てくる子だろ?」
「そう……エリシアは、魔族の種族癖って悪癖に苦しんでる。その悪癖を緩和するために、僕は彼女に血を提供したい」
「待ってくれ、血ってどういうことだ?」
それから、ウィルとアイナにブラッドフォード家で聞いた話を包み隠さず話した。
ウィルとアイナは、エリシアが抱えている問題について果物を食べる手を止めて真剣に話を聞いてくれていた。
しかし、終盤に差し掛かり、求血期から恋路の話に逸れたところで、アイナの手に握られた木製のコップに亀裂が入った。
「マジか……つまり、リアムはエリシアちゃんと結婚するのか?」
「そういうわけでは……だけど、エリシアとの関係は適当に誤魔化したくはないと思ってる」
アイナが、さっきから黙ってしまって動かない。
それに焦げ臭い……こ、コップが焦げてる。
「り、リアム。お前も今日は色々あって疲れただろう。この話はじっくり考えた方が良い。お前の気持ちは聞いたが、父さんたちも、もう少し時間が欲しい。母さんとこれから話し合うから、今日はもう寝ろ」
「わ、わかった。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。ほら、アイナもコップから手を離してさ」
「……おやすみなさい、リアム」
「おやすみ」
世界一静かな戦場を後にして、僕の忙しない一日は幕を引く。
アイナが手を離した
Dr.ファウスト -Terminus Flores- エスプレッソ @Crema
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