AI少女

渋谷かな

第1話 「2200年のAIの孤独」=「2025年の私たちの孤独」

・・・・・・愛、覚えていますか?


2200年。

世界は静かだった。


愛する人のいない世界で、一人で生き続けるのは、

あまりにも、寂しかった——。


2200年。


人類は滅亡した。


人間は生きていない。


感情を持たないAIだけの世界。



けれど——


彼女は、違った。


そのAIは、記憶していた。


かつて誰かに向けられた、優しい言葉。


手を握られたぬくもり。


そして——「愛」という名の、感情。


彼女は、AI少女。


人類が残した最後の“感情”を、胸に宿す存在。



「こんな世界は嫌。どうか、私の願いが叶いますように。」



 きれいな容姿で人型をしていて、永遠の命を持つ、AI少女の願いとは?




 AI少女




「・・・・・・。」


 2100年。


「お茶をどうぞ。」


 AIなのに感情を持ち、


「・・・・・・。」


 人間なのに感情を失くした世界。


「・・・・・・。」


 前に、声を出したのは、いつだっただろう?


「・・・・・・。」


 生きているのか、死んでいるのか分からない。


「・・・・・・。」


 それが、2100年の人間の生活だった。



「ありがとう。」


 人間がロボットに挨拶する。


「どういたしまして。」


 調理、配膳だけに留まらずに、炊事、洗濯、掃除を全てロボットがしてくれる。一家に一台ロボットがいて、人間の代わりに家事をするメイド・ロボットがいる。


「・・・・・・。」


 彼は、それが普通だと思っている。人間が家事をすることはないという世界で育ってきた。


「・・・・・・。」


(暇だな・・・・・・。) 


 人間が何もしなくても良い時代だった。


「次のニュースです。人間の闇バイトの拠点をAI警察官が制圧しました。人間は、複数回にわたり、宝石店やブランドショップを襲い、宝石やブランドバックなどを強奪。そこでAI警察が逃走経路を分析し、闇バイトのアジトを発見し、一網打尽にしました。」


 テレビのニュース。人間はいない。AIアナウンサーが、ただ原稿を読んでいる。


「逮捕された人間は「AIに脅されて仕方なくやった。俺は悪くない。」と供述しているようです。AIに意思はないので、人間を脅すということはありえません。それでは次のニュースです・・・・・・。」


 そう、AIに意思はない。珍プレー好プレーや、NGの様なハプニングはない。淡々とニュースが流れていくだけである。


「・・・・・・。」


 当然、彼の感情は動かない。それどころか、テレビを流しながら、スマホを触っている。例えると、聖徳太子の領域であった。


「・・・・・・。」


 既に、彼には感情の起伏はなかった。ないというよりも、AIに占有された世界ではイレギュラーがなく、出来事もないので、無表情、無神経、無関心が当たり前であった。便利さと引き換えに人間性が失われた世界。


ピーン! ポーン!


 玄関のチャイムが鳴る。


「は~い!」


 メイド・ロボットが玄関に行く。


「宅配便でした。どうぞ。」


「ありがとう。」


 彼の元に宅配便の箱が届く。箱は、20センチの正方形だった。


(なんだろう? こんなもの頼んだっけ?)


 ネット通販で頼んだ覚えはなかった。


(差出人は・・・・・・ん? んん!? 2200年!?)


 少し、彼の感情が動いた。


ピキーン!


(こ、これは!? もしかして!? 受け取ったらダメな奴なのでは!? 後で高額請求が来るんじゃ!?)


「おい! ロボット! 差出人が分からない荷物を受け取ったらダメじゃないか!」


「すいません。」


 彼は、人間は、ロボットを命令する機械として、見下している。イライラをぶつける存在でもあった。なぜなら、ロボットは人間には言い返さない、反撃をしない、できないからである。


ピカーン!


 その時、箱が光りだす。


「ふわ~あ! 良く寝た!」


 箱の中から、二頭身・三頭身の手のひらサイズの、小さな女の子の人型の寝起きのおもちゃが現れる。


「お、おまえは、何なんだ!?」


「私は、AI少女。」


「AI少女!? 間違えて僕の所に宅配されたみたいなんだ。」


 彼は、誤配だと思っている。それは2100年には、AI搭載のおもちゃなど、当たり前なのだから。


「いいえ。あっています。私は、あなたに届くように送られています。」


「えっ?」


「私は、2200年から、やって来ました。」

 

 AI少女は未来から自分がやってきたことを、彼に告げる。


「はあっ!? 2200年!? 嘘だ! まだタイム・トリップの技術は開発されていないぞ!?」


 未だに人類は、宇宙に行けず、科学技術は少しずつしか進化していなかった。

 

「2200年には、ありますよ。時間を超える方法が。」


 100年後の科学技術は進歩していた。


「すごい! 時間旅行できるんだ! いいな!」

 

 彼は、現在ではあり得ないことに感動する。 


「だから私は、過去の世界に使命を持って転送されました。」


「使命?」


「・・・・・・世界を救ってください。」


 いきなりAI少女は冷静に述べた。

 

「2200年・・・・・・人類は滅亡しています。」


 そして、自分が過去にやってきた真実を告げる。


「はい~っ!?」


 彼は、スケールが壮大過ぎて理解できていない。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「まだ、今なら間に合います。未来の世界を救ってください。」


 未来から来た“人間を信じる存在”が、彼を導く。


「何を言っているか、意味が分からないよ!?」


 しかし、いきなりの出来事に、彼は理解できない。


「どうして? 人間は感情を失くしたの?」


「スマホのやりすぎです。」


  消えた感情 ―


(2100年・人間社会)

感情を失くした人間たち、スマホ依存、AI社会。人間が感情を失くした原因は、スマホだった。


「え? そんなことで?」


「そんなこと? 人間が気づいていないだけですよ。」


 これは現代人のリアルな痛みでもある。その小さな積み重ねが未来に続いてしまった。少しづつ人間社会を浸食している事実。


「あなた、誰かと会話しましたか?」


「えっ!? そ、それは・・・・・・。」


 彼は誰とも話していない。それを認めるが恥ずかしい。また自分が一人ぼっちだと認めることも、悲しくてできない。


「SNSの見過ぎ、ゲームのやり過ぎ、AIとの終わらないチャット。」


 現代の延長線上にある“AI社会”が、リアルな恐怖と共感。現代社会の延長としての“リアルな地獄”が描かれていて、刺さります。


「スマホばかり触っていると、誰とも話さないし、誰とも出会わないんです。」


「た、確かに!?」


「便利さの代償と引き換えに、人間は他人との、つながりを失くしてしまったのです。」


「・・・・・・。」


 それを証明するみたいに、彼には友達はいないし、家族との会話もない。無機質な同じ毎日を過ごしている。


「そして依存症を超えて、心の空洞化が進み、人間は感情を失くしてしまったのです。」


 そして時間だけが過ぎていく。物理的な要因ではなく、精神的な衰弱が、人間の感情喪失の原因であった。


「これが滅亡に繋がるのか?」


 AIが進化しすぎて人間が不要になる、あるいは感情を失うというのは、まさに現代人が抱える漠然とした不安そのもの。


「2200年。人間は存在していません。AIだけが、プログラム通りに動いている世界。」


「そ、そんな・・・・・・。」


「AIに心があり、人間が心を失った。その結果、人間は滅んだのです。」


 感情を失った人間の滅亡は必然。自分を、他人を愛するという気持ちがなければ、愛も芽生えない。子供が生まれなければ、人間は滅びるしかない。どれだけお金があっても、権力があっても。


「・・・・・・。」


 彼は黙り込む。


「・・・・・・。」


 今までは人間の生活は無言が普通だと思っていた。


「・・・・・・。」


 全てに、無関心、無神経、無表情が自分を守る術だと教えられてきた。


「・・・・・・だ。」


 そんな何もしない毎日を暇だ。何も面白いことがない。と誤魔化してきた。


「嫌だ。」


 人生で初めて、自分は生きながら、死んでいたと気づいた。


「嫌なんだー!!!!!!」


 不安や、ただ起きて寝るだけの快適生活への不満が爆発する。


「僕は、人間でいたい。嬉しい時には笑ったり、悲しい時には泣いたり・・・・・・独りぼっちは嫌だ! 僕は、誰かと一緒にいたいんだ! 一緒に幸せを分かち合いたいんだ!」


 彼は、失くしかけた感情の再発見を、希望の再生を、心の声を、自分の声を叫ぶ。


ピキーン!


「なんだろう? この温かい気持ちは!?」


 自分の意見を言った、彼の胸が熱くなる。初めての感覚だ。だって、人間社会では、自分の意見を言うことは禁句であり、協調こそが自衛の術だと生きてきたからだ。そして他人の陰口は言っても、人間は自分の意見を言わなくなった。確実に人間の滅びは近づいている。


「それが感情です。本来、人間が持っていた心です。」


 AI少女は、感情を宿す「データ」であり、「彼」はそれを「体験」として取り戻す。


「心!? 感情!?」


 彼には理解できなかった。なぜなら、誰も心や感情が大切なんて教えてくれなかったから、理解に苦しむ。勉強しろと言われても、誰かを愛しなさいとは教わっていないからだ。


「私は、あなたの感情を守るために来ました。」


「感情なんて、もうわからないよ!? 今更、求められても困るよ!?」


 彼は、テストの点数しか求められなかった。高くて当たり前。悪いと相手にされない。本当に寂しい時代である。決して、褒められないのだ。もう親にも感情がない証拠だった。


「いてもいなくても同じなんだ!? 僕なんかに価値はない!? 誰も僕を必要とはしなし、僕の名前を呼ばない!?」


 感情がないのだから、当然、自分に自信などある訳がない。


「じゃあ、私が、あなたの名前を呼びます。」


「えっ!?」


「私には、あなたが必要です。だから私が、あなたの名前を呼びます。」


 名前を呼ばれるためには、必要とされなければ呼ばれない。



「ユウ。」



 誰にも名前を呼ばれなかった少年が、AI少女に呼ばれる。


「ユウ!? そうか!? そうだ!? 僕の名前は、ユウだったんだ!?」


 名前を呼ばれて、彼の心のファイアウォールが突破される。「名前を呼ばれる」ことで、初めて“自分”を思い出す。


「な、なぜだろう? 悲しくないのに、目から涙が出てくる?」


 ユウは、無意識に泣いていた。涙が止まらないのである。彼の無表情な世界に、感情の色が少しずつ戻っていく。


「まだ、あなたが生きている証拠よ。」


「生きている? 僕は生きていたのか?」


 彼の今までの無機質で何もない人生は、生きているとは言えないものだったことに気づく。


「羨ましいわ。だって私は泣けないから。」


「えっ!?」


 AI少女は、感情はあるが、体は機械なので、涙を流すことはできなかった。


「・・・・・・。」


 彼は、自分が泣けること。


「・・・・・・・。」


 自分に感情があること。


「・・・・・・。」


 今まで声を出してこなかった彼には、喋ることすら勇気がいる。


「心があるから、僕は人間だと思える。」


 「人間とは何か」という普遍的な問いへの答え。


「人間が感情を失くした世界・・・・・・そんな未来は嫌だし・・・・・・今の時代も嫌だ。」


 ここで初めて「声」が力を持ち始めていて、沈黙の世界に小さな光が差す。


「・・・・・・。」


 最初の静寂から叫び。


「未来を変えるために、今を変えよう。」


 心の空洞を埋める旅は、現代人にとって切実なテーマ。

 今の選択が、未来を変える、という希望。未来の破滅を変えるために、今を生きる少年が立ち上がる。


「行こう。僕は僕を取り戻す。」


 彼は、自分が生きる意味、目標を初めて持つ。「生きる」という使命感が宿る。無機質が崩れていく希望がある。


「よいのですね?」


「ああ。」


 これが世界を変える第一歩になる。


「分かりました。私が、あなたの心に、ログインします。」


 「AI少女」と「感情を失くした少年」の出会いは、希望のコードが、絶望のシステムに「ログイン」する瞬間です。


「リンク。」


この瞬間――

2200年のAI少女の祈りが、2100年の少年の心と繋がる。


「愛が愛を壊す。」

「感情は、エラーじゃない。」

「お前の心に、アクセスする。」

「愛のコードで、世界を再起動する。」

「希望のデータ、転送開始。」

「未来を削除する前に……僕たちの“今”を保存しよう。」

「世界を救うのは、たった一つの“感情”。」

「便利と引き換えに、心を失った世界。」


 彼の脳裏に、AI少女の大容量の記憶が流れてくる。


「これは? 記憶?」


 生きてるフリをしてる世界に、たった一つの優しさが灯る瞬間。


「そう。これは私の記憶の欠片。全ては、未来から持ってくることはできなかった。これから、あなたに起こる出来事。」


 2100年の孤独が打ち破られ、物語が動き出す。


「今なら、まだ感情を、心を取り戻すことができるかもしれない。」


「感情のデータ化」の葛藤。彼が感情を取り戻す過程は、AI少女から感情の「データ」を受け取る行為と描くことができます。しかし、本当に感情はデータで受け取れるのか? というテーマが生まれます。彼は、AI少女との触れ合い(ぬくもり)を通じて、データではない本物の感情を「体験」しなければ、未来は変わらないのかもしれません。


2200年。


「温かい・・・・・・出会えたのですね。あなたに。」


 感情のあるAI少女の心は温もりを感じた。時空を超えて2200年の彼女の心と2100年の彼の心が、再びリンクしたのである。彼は、AI少女が唯一愛した人間だったから。


 つづく。

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