晩秋の夜長に

入江 涼子

第1話

 今年で早くも、四十歳になった。


 もう、四十路か。ため息をつきながら、自室の机の上にある卓上カレンダーを見つめた。現在、私は一人暮らしだ。五年前に数少ない肉親である父が亡くなり、それからは実家で過ごしている。

 現在、夜の九時過ぎで。季節も十月の下旬だからか、ひんやりとしていて寒いくらいだ。自室のリモコンを手に取る。天井近くにあるエアコンのスイッチをオンにした。暖房にしているから、しばらくすれば何とかなるかな。そう思いながら立ち上がった。和室だから、押し入れに行く。襖を開け、布団一式を出した。てきぱきと寝る支度をして。既にパジャマ代わりのトレーナーとズボンに着替えてはいる。

 枕カバーを取り替え、スマホの目覚まし機能も設定した。よし、後は寝るだけだ。明かりを消して布団に入ったのだった。


 翌朝、スマホの目覚ましアラームの音で起床する。あくびをしながら、布団から出た。


「……もう、朝かあ」


 ボヤキながら、自室のカーテンを開ける。今は午前六時頃だ。とりあえずは自室を出た。洗面所に向かう。歯磨きなどを済ませに行った。


 自室にてパジャマから普段着に替えた。まだ、眠いが。台所に行き、簡単にカフェオレと食パンのトーストを用意する。朝食は大体、軽く済ませる事が多い。トーストにバターを塗り、カフェオレで流し込む。十分くらいで終わらせる。シンク台に使った食器類を持って行く。ざっと洗い、乾燥機に入れた。蓋をしてスイッチをオンにする。乾かしている間、スマホの画面を見られるように主電源のボタンを押す。


(……今で午前六時半過ぎか)


 私は今、無職で。求職中の身だ。と言っても、かつて勤めていた会社を退職したのは去年の秋頃だった。しばらくは何とかなる。けど、来月には本格的に就職を考えないとな。考えながら、洗濯機がある洗面所に急いだ。


 しばらくして、洗濯は終わる。乾燥機能付きだから、後は畳むだけだ。さっと済ませ、リビングでくつろぐ。

 ちょっと、ぼんやりとしていたが。ピンポンとインターホンが鳴る。慌てて立ち上がり、玄関に向かう。

 引き戸の鍵を解錠し、開けた。


「……おはよ、久しぶりに遊びに来たよ。志津香しづか!」


「おはよう、久しぶりだね」


 元気よく、挨拶したのは長年付き合いがある友人の白井茉穂しらいまほだ。私より、四〜五センチくらいは背が高く、スラッとした体型をしている。髪は黒髪だが、ショートにしていて。切れ長な黒の瞳とスッキリとした鼻筋が印象的な美女だ。


「……茉穂、来るんならさ。せめて、ライナーで連絡くらいはしてよ」


「ごめん、うっかり忘れてたよ」


「うっかりじゃないでしょ、しかもまだ朝方だしさ」


 苦情を述べたら、茉穂は両手を合わせてひたすらに謝る。


「本当にごめんって!ちょっと、志津香と話がしたくて。電車の始発で来たんだ」


「……仕方ないなあ、とりあえずは。中に入って」


「ごめん、すぐに帰るから」


 ため息をつきながら、茉穂を招き入れた。いつも、こんな感じだった。


 とりあえず、茉穂をリビングに案内する。慌てて、飲み物やお茶菓子用にと買ったマフィンなどを用意した。茉穂が好きなアッサムティーやフィナンシェ、ブラウニーをお皿などに盛り付ける。自分用にはセイロンのミルクティーやマフィン、アップルパイを同じようにした。


「茉穂、あんたはアッサムのストレートが好きだったよね?」


「うん、覚えててくれたんだね」


「まあ、あんたの好みは大体分かってるよ。そうでないと、怒るじゃないの」


 茉穂はそうだねと笑う。昔から、茉穂はマイペースで気分屋だ。よく、振り回されていた。けど、不思議と恋愛においてはきっぱりとしていて。好きな人がかぶる事はなかった。


「……志津香の淹れたお茶、やっぱり美味しい。二年ぶりだわ」


「それはどうも、けどさ。話したい事って何なの?」


「あー、実はさ。私、来週から出張で関西に行く事が決まったの。だから、お別れがてらに志津香ん家に来たんだわ」


「成程、だからかあ。今、まだ朝の九時だしね。こんな早くに来るのは何かあると思ったんだよ」


「うん、いきなり押しかけたのは本当に反省してます。けど、来月の中旬辺りまでは志津香と会えないし」


 茉穂はそう言って、アッサムティーを口に含む。私も何とはなしにミルクティーを飲んだ。


「……志津香、せめてさ。ライナーでメッセージくらいは送ってね」


「それくらいは私もするよ、今生の別れでもないのに。茉穂は大げさでしょ」


「志津香が冷たい」


 茉穂はしょんぼりとする。私は苦笑いしながら、マフィンを千切って口に入れた。あー、控えめな甘さが丁度良いわあ。しばらく、二人で語らうのだった。


 一時間としない内に茉穂は用意したお茶などを完食した。朝食も抜いて、こちらに来たらしい。最後は良い笑顔で帰って行った。

 私は若干、疲れながらも彼女を見送る。台風一過の後のようだわ。小さく息をつく。

 チュンチュンとすずめが鳴いたりする中、しばらくは空を見上げた。


 ――終わり――

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