第22話 最終話



「お前!美琴を殺害したな!」


「違うわ!そんな事……そんな事……絶対に無い。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


 恭介は美琴の死に不信感を抱き疑ってはみたが、定かではない。


 あの時しきりに猛毒のテトロドトキシンとマンバルジンを手渡してくれるよう訴えていた陽花里が実に怪しい。担当医が微量のテトロドトキシンが検出されたと言っていた。


 これを義父聡に打ち明けたら聡はきっと娘可愛さにもみ消しに掛かるに違いない。美琴が旅立ち、更にたった1人の娘陽花里までもムショ暮らしにさせたくはないだろう。


 🥼💉👩‍⚕️


 例えば自宅や職場で具合が悪くなったり、救急車で病院に運ばれたものの、搬送途中や病院到着後に亡くってしまうこともある。この場合、搬送先がかかりつけの病院であった場合や死因に異常がないのが明らかな場合、搬送先の医師による死亡診断書の発行が受けることができる場合もある。


 美琴は妹陽花里可愛さに立花総合病院が近所だった事もあり、かかりつけ病院にしていた。


 かかりつけの病院で亡くなった場合は、基本的に検視は不要だったが、美琴の両親が、泣き叫んだので内々に調べた。


「昨日まであんなに元気だった美琴が死ぬなんて信じられない」僅かばかりの異常でも見逃さず娘の無念を晴らしたい。その一心だ。




 だが、恭介は悟っていた。陽花里がしきりに猛毒のテトロドトキシンとマンバルジンを手渡してくれるよう訴えていたことを、それを義父聡に話した。


 もう陽花里との関係を暴かれても痛くもかゆくもない。恭介は神宮司家を追い出されてもかまわない。そう思って真実を話した。この家でがんじがらめにされ、美琴の亡霊だけに捕われて、生きた化石となって生き続けろと言うのか、俺だって好きな女と結婚もしたい。


 それでは何故恭介は陽花里が姉美琴を殺害したことを、義父聡に打ち明けなければいけなかったのか?


 恭介は仮にも誇り高き神宮寺家の婿養子だ。もしこんな真実が表沙汰になったら自分の築き上げた全てが汚されてしまうことを恐れた。それはそうだろ。絶対的な権威の象徴であるノーベル賞を授与されたそんな家庭に、それも人の命を救う医師の妹が姉を毒薬で殺害したなどと騒がれたら、栄えあるノーベル賞が汚される。そう思ったのだ。それから可愛い1人娘江梨香だって重い十字架を背負わされることになる。犯罪者の親戚となって一生生きなければならない。


「お父様猛毒のテトロドトキシンは、陽花里ちゃんが僕に執拗に盗み出してくれと言って訴えていました。こんな事が表ざたになれば、神宮寺家は地に落ちます」


 義父聡は青ざめ騒ぎ立てることを封印して事の成り行きを見守った。


 たとえ疑わしい状況が、ほんの僅か検出されたところで犯人は陽花里だ。


 何といっても次期病院長夫人陽花里の権限は絶大だ。義父病院長と義母事務長がいると言っても、息子亮可愛さに亮のやる事に口出しするような両親ではなかった。一方の亮はつけあがり両親には言いたい放題だが、優秀な陽花里には頭が上がらない。この立花総合病院の実質的な権力者は陽花里と言っても過言ではない。


 だから陽花里が「問題ない」と言えばそれにつき従うしかない。


 🥼💉👩‍⚕️


 恭介と静香の生活は始まった。遠回りしたがやっと誰にも邪魔をされずに終の棲家を見つけることができた。娘江梨香も桜木と交際がスタートしたばかりだ。


 パーッと目の前が明るくなり、今までの虚勢を張っていた自分に拍手喝采を送ってやりたい気分だ。ここまで上り詰められたのも、コンプレックスの裏返しがあったからこそだ。


 バカなことにエネルギーを費やして、がむしゃらに頑張って来たが、今思い返すとそれが機動力となってノーベル賞を取ることができたのだ。


 でも…もうそんなコンプレックスなどとっくに、どこかに捨て去られて、自分らしく生きる自身が出て来た。静香と、可哀そうな母麗子、それに江梨香と生きて行きたい。


 🦋

 恭介は愛する静香を誰に遠慮もせずにやっと堂々と抱ける幸せを感じている。喜びに燃える表情をしていたかと思えば、儚げな表情の静香に変わる。その表情に実母麗子を重ねている。


 育ての母信子と一緒に父の元に向かい、泣きながら「帰って!」と懇願(こんがん)する育ての母信子を同情して廊下で一緒に大きな声でお願いするのだが、ある夜ふすまが破れていて、たった7歳の俺は父太郎と実母麗子の秘め事を、なにも見ようとして見た訳ではないが、偶然見てしまった。


 最初は父太郎が実母に重なって暴力的な行為をしているのかと思ったが、それが暴力によって出る声ではない事をすぐさま、こんな子供ながらに男の感と言うものが働き、見てはいけないと思い目をそらしたが、実母は父太郎に抱かれながらも幸せは一瞬で消え、この恋に終わりが来ることを悟り、悲しみの表情に変わるのだった。


 それはこんなどうしようもない男を、母と同じ思いで待ち続けてくれた静香に重ね合わせることが出来るのだ。愛人という生き物はきっと喜びは一瞬で、心の中には不安と嫉妬に狂う蛇が住み着いているに違いない。だから……あのように自然に百面相のように表情が変えられるのかもしれない。


 その時だ。初冬の寒い夜に「冬蝶」が、弱々しくゆらゆら闇夜を月明かりに照らされ舞い踊る。美しく儚い母麗子に静香を……そして「冬の蝶」を重ね合わせるのだった


「冬の蝶」は俳句にも詠まれるが、余命いくばくもない生き物への心情を詠んだ句が多い。「冬蝶」「凍蝶」「越年蝶」とも呼ばれ、春の季語である蝶が夏秋を越えて冬まで生き残っている。


 本来は暖かな季節に活動する蝶が、冬の厳しさの中で凍りついたようにじっとしている冬の蝶を見かけることは珍しく、その姿から痛々しさや生きることの厳しさを感じさせる。


 その姿はまさに母麗子に重ね合わせることが出来る。俺は7歳の時のあの儚げで美しい白い肌を目の当たりに、母の亡霊の虜となり、母に似た静香を追い求めたのだろう。


 終わり




 🦋

「冬蝶」「凍蝶」「越年蝶」は「冬の蝶」の別名としても使われる。


 一般的に蝶は幼虫や蛹(さなぎ)の状態で冬を越すが、これらの蝶は、枯れ葉の下や木の陰などに隠れて寒さをしのぎ、成虫の姿で冬を越す。


 捨て置かれた寒々とした真冬の公園。だれも見向きもしない。緑の葉の上に、はねを閉じて集団で寒さをしのぎ重なり合っている冬の蝶。はねの裏は薄茶色で只の枯れ葉か、汚らしいゴミのかたまりにしか見えない。


 その実は、きれいな蝶の越冬集団ムラサキツバメ。ひっそりと身を隠すように生きてきた実母麗子と静香に重ね合わせる冬の蝶。


 


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冬の蝶 あのね! @tsukc55384

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