カラーズ(おばさんのおもいで)
ナカメグミ
カラーズ
2019年秋。1年前にフリーズしたおばさん(当時45歳)の脳みその奥に、久しぶりに鮮やかな6つの色が届きました。赤、ピンク、黒、黃、緑、青。モノクロだった視界に、久しぶりに色が入ってきた感じです。思いついたらやってみないと気が済まないスイッチが入りました。推し活の始まりです。
かれらは6人グループ。歌も踊りもきちんとそろえてくる優等生的なグループが多い中で、彼らは明らかに異彩を放っていました。良い意味で「不良的」。いつも穏やかで努力家の青年。運動神経が抜群で演技もうまい青年。父親譲りの端正な顔立ちとミュージカルにも出演する歌唱力を持つ青年。俳優としての資質が芽吹き始めた青年。
おばさんが6人の中でも特に好きだったのは2人です。
1人目はラップ担当の青年。というかラッパー。細身。食が細い。自分でラップの歌詞を作る。6人の中でも特に不良のにおいがしました(良い意味で)。ラップを歌う姿は、とにかく挑戦的。挑発的。ふだんの番組出演の態度は反抗的(良い意味で。かつ当時)。でも先輩への礼儀は人一倍きちんとしている。白い歯を見せて微笑むことがお約束の雜誌の表紙で、彼はまず笑っていない。でも白いTシャツが大好き。何枚も持っていました。
彼に運命を感じたのは、その名前。おばさんの漢字1文字の名前と、彼の漢字1文字の名前。これの画数が同じ。しかもおばさんの旧姓と彼の苗字の画数が同じ。つまり氏名の画数が同じ(これはある推理小説を愛読してから名前にこだわるようになった単なる癖で、深い意味はありません)。同じ画数の漢字など山ほどあろうに、そこに運命を感じる。これぞファン心理なのです。
2人目。そして1番好きだったのは、アメリカ人の父親、日本人の母親を持つ青年です。彼は長身の体から繰り出すダンスがダイナミックで、華がありました。そしてとにかく笑います。自分が言ったギャグで大口を開けて笑います。でかい声で笑います。つられておばさんも笑います。おばさんが大口を開けて、でかい声で笑うのは美しくない。でも笑ってしまう。久しぶりに弾け出す素の感情です。英語の歌を、彼は感情をこめて歌います。そのときはナイーブさがうかがえます。そのギャップがたまりませんでした。
推し活のステップを踏み始めました。
まずファンクラブに入ります。ファンクラブの会員にならないと、ライブの申し込みができないからです。久しぶりに中心街に行って、都市銀行のATMの、初めて使う機能を操作して会費を振り込みました。別グループの推しでしたが、ついて来てくれるという子どもと2枚分のチケット。ネットで申し込みました。紙から、デジタルチケットというものに変わり始めていたので、スマホの操作を覚えました。ファンクラブのカードというものが、こんなに立派なものだったとは知りませんでした。会員番号は決して早い方ではありませんでしたが、自分だけのカードがうれしくて、早速愛用する手帳のポケットにしまいました。
CDも買いました。同じ曲のA、B、Cの3パターン。ジャケットなどの装丁、メイキング映像つきなど、収録内容が微妙に異なるのですべてです。CDには握手会の申し込み権利がついていて、地元に来る予定でした。当たった場合に備えて、一瞬であろう握手の時間に言うセリフを考えました。MV(music video)を撮影する彼らのメイキング映像は、何度も見ました。彼らの素の表情がわかりました。
そのほかDVD、カレンダー機能つき写真集。ライブに備えて、よく笑う青年の顔写真うちわ、6色に輝くペンライト。スーパーが主な買い物場所だったおばさんは、ネット通販で物品を購入するということを覚えました。縁がなかったYou Tube(ユーチューブ)を初めて見たのも、彼らのチャンネルでした。楽しそうにはしゃぎ、じゃれ合っていました。繰り返し同じ場面を見る母親に、子どもたちは辟易していました。深夜の密着ドキュメンタリー番組で、1人がリップバームを使っていました。リップクリームをやめてバームに変えました。おしゃれに縁がないくせに、よく笑う青年が宣伝していた香水を買いかけました。
2020年3月末。抽選に当たって楽しみにしていたアリーナ公演は、コロナで中止になりました。
世の中の機能がコロナ禍でフリーズする中、おばさんが励まされたのは彼らのユーチューブの動画とCD、DVD。そしてカードでした。
ファンには年賀状や、誕生日のカードが届きます。「他の人と同じ、印刷物だよ」。子どもが言いました。その通りです。でも指定日配達で自分宛てに届く郵便物など、無職のおばさんにはほかになく、彼らの写真と筆跡が見られて、画面の中の彼らがお祝いしてくれているようでうれしかった。
堪能したDVDや年がかわるときのライブ番組を見て思ったこと。アイドルはフルスペックでなければできない。歌詞とメロディーを覚える。ダンスの振り付けを覚える(おばさんはこの能力が皆無です)。ステージ上のフォーメーションを覚える(彼らは個性的なので、他のグループよりは厳密ではなかったように記憶しています)。正面のステージと後方のミニステージをつなぐ両サイドの通路を走ったり、踊ったり。落ちたら怪我をする透明な動くステージ上を、ぎりぎりまで広く使って踊る。高い所から、危険をかえりみないで登場する。
特にクレーンに載ってのファンサ(ファンサービス)は画面越しに見てもすごいです。この日のためにおしゃれをして、グッズを手に、彼らと同じ空間を共有したくて全国各地からやって来たファン。手にするうちわには、いろいろな思いが書いてあります。(例・大好き。こちらを見て。投げキッスをしてなどの内容)。たくさんのうちわを瞬時に見て、ファンの目を見て応えます。応えようとします。視力をフル稼働し、自らの安全を確保しながら。リハーサル、1日2公演(抽選に当たったアリーナ公演の日の場合)。気が遠くなるような気力、体力、自己管理能力。ただただ、感服するばかりなのでした。
おばさんは今、52歳。体力、気力は落ち、ファンクラブの更新は見送りました。彼らは今年の3月、国民的アイドルグループも立った地元のドームに来ました。おばさんはもう交通機関がやっとです。列に並び、グッズを手に座席に行く元気がない。でもいっときでも、自分の意志で好きなもののために動いたという記憶は、鮮明に残っています。子どもが先日、演技派で知られるようになった青年の映画を見に行きました。すごくよかったと言っていました。
今、路線バスに乗っています。対向車線を、石焼き芋を売る移動販売車が通りました。石焼き芋は子どもの大好物です。懐かしいね。一緒に見たかった。
(了)
カラーズ(おばさんのおもいで) ナカメグミ @megu1113
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