第3話:そして、誰もいなくなった?

 少子高齢化社会となった日本では、余暇ができた老人が無料で手軽にWebで出来るとあって空前の小説執筆ブームとなっていた。


 大手出版社勤務の福間和男は、今日もボヤいていた。


 「まったぁ『異世界転生+チートスキル+とってつけた恋愛もの』かよ!やってらんねー。」


 福間はノートパソコンの充電コードを引きちぎるように引き抜くと、編集長の江田島篤郎の席に向かった。


 「編集長、ちょっといいですか?ちょっと、これ見てくださいよ。」

 「何だ!?朝っぱらから、俺の神聖な珈琲タイムを侵害して。」

 「もうやってらんないっすよ。朝から12作品を目がカピカピに乾くまで小説の下読みをしてますがね、12作品中8作品が異世界転生+チートスキル+とってつけた恋愛ものっすよ!?しかも、この保坂優香なんて女、10作品上げてきて、似たような異世界転生+チートスキル+とってつけた恋愛ものを3つも上げてんですよ。もはや、国名と主人公の名前とスキルが違うのと、巨乳かメイドか巫女かの違いだけ。史雄とかいうのは、死にてー、結婚してー、小学生からやり直してーってことをずーっと同じことを274話も書いてきてる。文学部を卒業した私の4年間は何だったんですか?学士って、何のスキルですか?教えてくださいよ、編集長!」

 「そりゃ、さぞかしだな。」

 「そんなダジャレで、俺のこの赫怒かくどして真っ赤に燃えているハートに油を注ぐような真似をしないでくださいよ。俺、もう辞めますよ、マジで。」

 「福間、奢ってやるから、これで、お前もホットコーヒーでも買って来い。怒れる福間を放ってホットけない。俺、今日、舌好調だな。。。おぉ、買って来たか。まぁ、そこに座れ。」


 江田島編集長は福間に新聞を放って寄越す。

 「なんすか?これ。あっ、珈琲あざす。はい、これお釣りっす。」

 「まぁ、社会面を見てみろ。」

 「あっ!エッ!?まじっすか、これ!?」

 「あぁ、そうだ。あの老舗書店が長らく続けてきた文芸大賞廃止のニュースにはさすがに激震が走ってな。今朝、さっきまでやっていた緊急幹部会議はこの議題さ。この影響で益々、うちの文学賞への応募が殺到することだろう。」

 「エーッ!?マジっすか!?俺、やっぱ辞めますわ。うん、とても珈琲一杯じゃ割に合わないっす。もう無理。退職代行「ムリモウ」に頼んででも辞めます。」

 「まぁ、そう荒れるな、福間!お前の優秀なボス犬は、もうちゃんとこの事態に手を打ってある!」

 「なんすか?人を一人ぐらい増やしたって間尺に合わないっすよ。焼石に水です。」

 「その記事をちゃんと読め。小説文学賞の廃止の理由が、AIによると思われる小説の大量投稿が原因で選考が事実上不能に陥ったとあるだろ?しかも、その小説がAIによって書かれたものなのか、人間によってキチンと書かれたものなのかが判別できないため、とあるわな。だから、毒は毒を以て制する、ことにした。」

 「といいますと?」

 「下読みをAIにやらせる。だって、どうせ、奴等だってAIで書いてくんだろ、パッとしない作品を大量に。大事な福間ちゃんの目を守るには仕方ねーだろ。」

 「そうすると、AIが書いた作品が大賞に輝いちゃう可能性も排除できないじゃないですか!?いいんですか、江田島編集長、そんなんで!」

 「バカッ!良かねぇーよ!だから、箸にも棒にもひっ掛からねぇというか、可もなく不可もないっつーか、毒にも薬にもならねぇようなどーでもよ作品はこちらも対抗措置としてAIで振るい落とす。そっからが、文学士さんの目利きの見せ所よ。通過してきた中から、人間がそれこそ目を皿のようにして、読み込んで、可能な限り、AIが書いたと思われる作品は人間の目で斬り捨てる。俺たちのハートを揺さぶったり、玄人の俺たちが膝を打つような作品を見つけ出すんだ!いいか、絶対にこの領域だけは、俺はAIのやつらの手には渡さねぇ。分かったか!?」

 「ハイッ!分かりました!さすが、江田島編集長!下読みを楽にさせてくれた分、最終選考に向けて作家先生たちに委ねる分のところは、この福間和男、言得イエール大学文学士の名に懸けて、精一杯、良作を選ばさせていただきますっ!」

 「ヨシッ。じゃあ、来週にはAIによる下読みプログラムが納品されてくるはずだ。それまで、目を休めるべく、今日は酒でも久々に飲みにいくか!?」

 「是非、よろしくお願いいたしますッ!」



 星は人を狂わす。書き手は巨視的な視座を失い、短慮でAI利用に走り、自ら「小説執筆の最大の醍醐味」を手放そうとしているだけでなく、自分での首を絞めていることに気づいていない。出版社側の努力があっても、いつまできちんとした作品が選ばれ続けるかの保証はない。


 下手をすれば、AIが執筆・AIによる無味な血の通わないコメント・AIによる下読み、とすべてのプロセスにで誰もいなくなってしまう事態を自らの愚行で招きかねない崖っぷちへ自ら突き進んでしまっているかのようだ。小説は「血の通った人間がハートを揺さぶる作品を生み出す」べきであるのだ。



 久々に飲みに繰り出し、文学を愛する江田島篤郎編集長と福間和男の酒量は相当進み、今や肩を組んで気焔を上げながら歩いている。


 「福間ぁ~!いいかぁ、『コイツぁ、本物だ!』と思った書き手に出会ったら、365日24時間いつでもいいから編集長の俺に知らせて来るんだぞぉー!今やそういう書き手はレアメタルの原石並みに貴重だ。分かったかぁ!?」

 「分かりましたッ!早速、一人、コイツは本物だ!っていう書き手がいるんすよ!聞いてくれますか?」

 「おぅ、勿論だ!福間、言ってみろッ!なんてヤツだ!」

 「はいッ!『青山翠雲』って書き手です!」


 「福間ぁ~!お前、成長したなぁ!実はな、俺もコイツだけは本物だと前から思ってたんだ!よぉーし、未来の編集長は、福間ぁ、お前だぁ!よぉーし、今夜はもう一軒行くぞ!」

 「江田島さん、今日は未来の文学防衛のために、徹底的に飲みましょう♪」

                <完>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこに愛はあるんか!? 青山 翠雲 @DracheEins

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画