魔道具師、徹夜越しに迷宮へと落ちる。

あるたいる

第1話

 日本はある日、隔離された。

 ──本当に、ある日突然だった。


 始まりは、富士の樹海から吹き出した“霧”。


 それは信じられない速さで国を包み込み、原因を突き止めようとした自衛隊は霧の発生源――富士山の麓へと向かったが、結局、誰一人として帰ってはこなかった。


 当時の霧には毒があったらしく、吸い込んだ人は次々に倒れた。


 中には、身体が腐り始めたなんて話もある。


 後になって分かったことだが、霧には“魔力”と呼ばれる、当時は存在すら確認されていなかったエネルギーが混ざっていて、適性のない人間を容赦なく蝕んだらしい。


 正確な数字はもう誰にも分からないが、五千万人近くが命を落としたとか。


 それだけじゃない。


 霧はまるで錆のように、現代科学の成果を片っ端から壊していった。


 電子機器も、乗り物も、兵器も。


「ルール違反だ」って言わんばかりに、全部が全部動かなくなった。



 原理なんて未だに不明。動くはずなのに、動かない。まるで世界そのもののルールが上書きされているみたいだ。


 そして、次に現れたのが“魔物”と呼ばれる化け物たち。


 人を喰い、街を壊し、あっという間に人々が逃げ隠れていた生活圏は地獄と化した。


 そんな逃げ惑う人々に追い打ちをかけたのは、『神の怒り』とまで呼ばれる大地震。あれは人類への報いだと一部の人間は騒いでいたらしいが、すぐにその考えは否定される事になるが…….まぁ、それはどうだっていい。


 大地震が神の怒りでなくとも、都市は崩壊し形すら残らなかった。人類は滅びかけた――けど、本当にギリギリのところで滅びなかった。


 人口は元の一五%にも満たなかったらしいが、それでも生き延びた。


 理由は三つ。


 まず一つ目は、かつて“魔術師”や“陰陽師”と呼ばれた連中が、人々を守るために立ち上がったこと。


 次の二つ目は、霧が薄くなると同時に魔物の数が減ったこと。


 そして最後三つ目は、各地に“迷宮”と呼ばれる場所が現れたことだ。


 迷宮は人々に力を与えた。


 魔術師たちに近い“魔力”という力を。


同時に、命懸けで潜れば文明を再建するための資源も手に入れられた。


 そうして人類はほんの少しずつ、復興を始める事が出来た。


 ──けど、ようやく立ち直りかけたところで、また異変が起きた。


 突如として増殖を始めた樹海が、日本を四つに分断した。


 東部、西部、南部、そして“霧の樹海”。霧の樹海に至っては海すら蝕んで、新たな陸地ができている。


 五十年程前に“魔道飛行艇”が発明されたお陰で霧のない空を通れば、他地域ともやっと物資をやり取りできるようになったが。それまでは、本当に各地域からも閉ざされた、鎖国状態だった訳だ。


 ……いや、今も大して変わらないけど。


 ──とまあ、ここまでが日本が隔離されてから、だいたい百年の歴史。


 ⸻


「おい、紡。そろそろ休憩終わりだぞ」


「了解でーす」


 そんな、一度は崩壊しかけた世界の東側――結界都市大東京に住む俺は直属の上司・山口さんの声に顔を上げ、読んでいた本を机に放り出す。


「明日の休みのためにも、さっさと終わらせますかね」


 そんな風に気合を入れ、軽く背伸びをした俺は先輩の背中を追いかけて、作業場へと戻っていったのだった。

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魔道具師、徹夜越しに迷宮へと落ちる。 あるたいる @sora0707

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