第23話 天使、家族になる


「こいつです! この女が、我々の孤児院に侵入して子どもらを危険に晒したのです!」


 ヴィーテル君と他に囚われていた子ども達を連れて地下室を出て早々、そんなことを言われた。孤児院を訪れた時に話をした男が、私に指を向けている。騎士達が数名、私を取り囲むように立った。


「その孤児院の地下室で、数名の子ども達が囚われていたのですよ。人攫いと思われる男達もいました」


 ヴィーテル君が攫われた後、彼の魔力を追ってたどり着いた場所は、孤児院だった。傭兵が数名いたので戦闘不能にして中に入り、怪しそうな地下室を見つけ出した。そこには子ども達が何人か閉じ込められていて、ヴィーテル君もその一人だった。人攫いと思われる犯人らが襲ってきたので返り討ちにし、彼を救出して今に至る。


 一番怒っていたのはリュビアだ。衝撃を与えるためにも彼女にかけている幻影魔法を解いて、小竜の姿で応戦していた。魔法を上手に扱い、彼らを戦闘不能にしていた。


 私の言葉に、男は狼狽しながら目をさ迷わせる。


「な……そ、そんなこと、私は知らない!」

「この子は、見ての通り天使族です。珍しいからと、貴族にでも売るつもりだったのですか? 残念ですが、あなた達が人攫いと共謀していたという証拠は見つけておきましたよ」


 孤児院に入り、ざっと中を見て回った。その時に院長室らしき場所で、人攫いのグループと連絡を取り合っていることが分かる証拠を見つけたのだ。これで、言い逃れはできないだろう。孤児院の子ども達も事情を知っているかもしれないので、彼らに話を聞いたらより確実になると思う。


 騎士は男に詳しい説明を求めている。男は見苦しく言葉を重ねていたが、罪はすぐに暴かれるだろう。孤児院の環境も改善していくだろうか。


 外に連れて出てきた子ども達は別の騎士の人に預けて、私はヴィーテル君の手を引いてその場を離れた。私からも詳しい話を聞きたいと言われたが、傷ついた彼を最優先にしたかったので断った。






「本当にごめんね、ヴィーテル君」


 真っすぐに宿屋に向かい、部屋に入ってから私は深々と頭を下げた。


「私が気を抜いたばかりに、あなたを危険な目に合わせてしまった。あなたと一緒にいると約束したばかりなのに、すぐに一人にさせてしまった。本当に、ごめん」


 ヴィーテル君が人攫いに狙われるという可能性は十分に考えられた。それなのに、私は彼から目を離したのだ。しかも、その狙われた原因というのは、恐らく孤児院を訪れた際に彼を天使族だと明かしてしまったからだろう。私が軽々しく口にしてしまったから、彼を危ない目に合わせてしまったのだ。全て、私の失態である。


「ラ、ラーシェは……わるくない」


 幻滅されてもおかしくないと思っていたら、彼はそう言って私の手を掴んだ。思わず顔を上げて、目を瞬く。


「ラーシェは、ぼくを助けてくれた。ぼくは、それがとてもうれしかった。一人になるって、思って……だれも助けにきてくれないかもしれないのが、一番こわかった」


 彼は宝石のように綺麗な青い瞳を涙で濡らしながら、私に抱き着く。私は一瞬驚いたが、そっと彼の背に手を回した。


「ありがとう、ラーシェ。ぼく、これからも、ラーシェといっしょにいたい」

「……ありがとう、ヴィーテル君。私も、あなたと一緒にいたいな」


 小さい頭を撫でながら、私は笑みを浮かべた。次は絶対に、彼を危険から守ろうと心の中で誓う。


「わたしも、ヴィーテル君と一緒にいたい!」


 私の肩に乗ったリュビアが突然口を開いた。ヴィーテル君は驚いたように目を丸くして、きょろきょろと周りを見渡した。誰が声を発したのか分からなかったようだ。


「わたしだよ、わたし」


 リュビアは翼を動かして空を飛び、ヴィーテル君の前で静止する。彼は、水色の小竜が言葉を発していることに気づいたのか、目をぱちくりと動かした。


「わたしはリュビアだよ。実は、喋れるんだ。よろしくね、ヴィーテル君!」

「よろしく、おねがいします」

「そうだ。突然だけど、ヴィルって呼んでもいい?」

「え? う、うん」


 リュビアとヴィーテル君は、すぐに仲良くなることができそうだ。安心した。


「あなた達のことは、私が守る」

「わたしも強くなって、みんなを守れるようになりたい!」

「ぼ、ぼくも! ぼくも、強くなりたい」


 自分に誓うように呟いた言葉がリュビアに聞き取られた。少々恥ずかしいいが、リュビアとヴィーテル君の言葉を聞いて、思わず笑みが零れた。私だけで彼らを守れるとは限らないので、彼らが自分自身を守れる程度の力は付けてもらいたいとは思っていた。


 今まで一人でいた分、誰かが傍にいてくれることが嬉しい。守る人がいると、自分も今まで以上に強くなれそうだから。


 ……これからの旅が、楽しくなりそうだ。




 ◇ ◇




 役立たず。邪魔な子。あんたなんか、いなくなればいいのに。


 何度、血の繫がった家族からそう言われてきたことか。親は優秀な兄ばかりを優先していた。彼はなかなか能力を開花させることができず、常に兄と比べられては無能だと馬鹿にされ続けた。最後には、出かけようと言い彼をこの場所に連れてきて、彼を置いてどこかに行ってしまった。


(……あんなの、かぞくなんかじゃない)


 彼は、そっと目を開ける。手に温かい感触があり、青い瞳を動かすと空色の目が彼を見た。


「眠れないの?」


 落ち着いた、穏やかな声が耳に入る。彼は小さく首を振って、握られた手に少し力を込めた。


「大丈夫。私はここにいるよ」


 彼女は優しく微笑んで、彼の頭を撫でる。微かな寝息が聞こえてくる方に目を向けると、水色の小竜が彼のお腹近くで丸くなって眠っていた。


 今まで、このように傍にいてくれた人は、いなかった。彼女がこうやって手を握ってくれているだけで、温かくて涙が出てきそうになる。


「……ラーシェ」

「どうしたの?」

「ぼくの、かぞくになってくれる?」


 彼女は、彼の言葉に目を丸くする。変なことを言ってしまったと思い、彼はきゅっと目を瞑った。しかし、彼女が柔らかに笑う声が聞こえて目を開ける。


「私でよければ、あなたの家族になるよ。私とリュビアとヴィーテル君。三人家族だね」


 全てを包み込むような眼差しが、彼をまっすぐと見ている。その言葉に、彼の目からは涙が零れた。


(ラーシェは……ぼくの、めがみだ)


 天使族が信仰している、いるかもわからない神よりも、彼女こそが本当の女神のように見えた。

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旅の果てに、終焉を臨む 〜転生した竜と孤独な魔女の旅行記録〜 ラム猫 @bungei80

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