裏切り(杏海's Story)
第41話
見てしまった。姫島が絢に告白をしようとしていたところを。
そうか。絢はすでに姫島に心を奪われているのか。それも取り返しのつかないくらい。
身体が重たい。家の扉を開けるだけでも力が必要に感じる。
「ただいま……」
「おかえり。ご飯もうちょっとかかるから、先に宿題しちゃいなさい」
異様なくらいのローテンションで帰ったにも関わらず、ママは何も気づかずに、宿題をするように促す。そんな元気ないんだけど。本当にデリカシーの無い人。
まあ、わざわざ玄関まで出迎えてきてくれてるのだから、うちのママは優しいのだとは思うけど、わたしの求める優しさじゃない。絢みたいにめんどくさくない優しさが欲しい。
「あっ、ちょっと」
そして、こういう時に限って気付かれる。視線がわたしの親指に向かっている。変なところばかり気付くことに苛立ってしまう。
「また指掻きむしってる。もう高校生なんだから、いい加減変な癖はやめなさい」
「わかった」
癖じゃない。そこに明確な理由があるのに、ママは気付かない。
素っ気なく答えたけれど、一応ママの言うことを聞いている素直な子であれば、問題はないらしい。それ以上苛立った声を出されることはなかった。
とはいえ、さらに怒られるのも時間の問題だろうから、そろそろこの癖も直した方がいいのだろうけれど。
これからはもっとバレない場所に傷をつけてしまった方が良いかも……
「パパの病院で診てもらったら?」
「治らなかったらそうする」
「さっさと診てもらったほうが良いんじゃない? 癖になってるでしょ?」
「ちゃんとやめるよ」
「やめられなかったら、診てもらいなさいよ?」
「わかった」
しっかりと頷いて、話を聞いていることをママにアピールしてから、わたしは逃げるようにして2階にある自室へと向かった。
すでに姫島のせいで疲弊しているのだから、これ以上話を続けると、ママにも八つ当たりをしてしまいそう。
まあ、わたしが親に当たりたくないのは、八つ当たりをすることが申し訳ないというよりも親の言うことを聞けない悪い子というレッテルが貼られてしまうことがひどく面倒だからという理由だけれど、。
部屋に入ってドアを閉めた。バタンと大きな音を立ててしまったのが怒られたことへの苛立ちとしてママに思われないか不安になるけれど、下からは何も声はしないから特に何も思われてはいないらしくてホッとする。
誰にも聞かれないように、静かな声で数を数える。。
「……4、5、6」
6秒数えて大きく息を吐いた。
アンガーマネジメント。6秒間で怒りは落ち着くとは聞くけれど、残念ながら全然落ち着きそうな感じはしない。6秒数え終わっても、イライラはまったく止まらなかった。
もちろん、さっきのママとの会話のことではなく、姫島のことで。また親指の爪で手を自傷しようとしたけれど、必死に耐える。
思い出して、肩で息をした。部屋で一人、フーフーと荒げた息を出していた。
告白しかけた姫島のことも、わたしに黙ってこっそり姫島と会っていた絢のことも、許せなかった。
さすがにあれだけ怪しい行動を続けられてたんだから、絢が姫島と一緒にいることくらい以前から余裕で想像はついた。怪しいと思ったけど、絢を泳がせておいた。追及してはぐらかされるよりも、しっかりと現場を確認した方が良い。
先に帰ったふりをしたら、もしかしたら今日も姫島と帰るかもしれない。わたしがいないことを、ここぞとばかりに喜ぶかもしれない。
もちろん、そうであってほしくは無いのだけれど。わたしの考えすぎであってほしかった。
それなのに、考えすぎどころか、思っていたよりもずっと仲良しな空気を出していた。あの子たちが仲良くなってから、まだほんの数週間なのに。
わたしが直前で屋上に入らなければ、あのまま告白は成功して付き合っていたに違いない。
「わたしの絢なのに……」
高校は絢と同じ場所にした。絢のために部活もやめた。クラスでも浮いた。何もかも、絢のためにしてるのに。絢はわたしに返してくれないどころか、萌桃に完全に気持ちが向いている。
「悔しい……」
勉強もスポーツも努力したら上達するから好きだけど。人の気持ちはどうにもならないのが虚しかった。どうすれば絢の気持ちがこちらに向くのかわからなかった。
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく
苛立ちの感情は我慢できない。
わたしは気づけば机の引き出しを開けていた。いつか使う時が来るだろうなと思って買っておいた小さな果物ナイフ。
刃をソッと手首に当てる。無機質な金属の感触が、心地よい。
多分、バレたらママから信じられないくらい怒られる。
小さく唾を飲んだ。このまま手を引けば、後には戻れない。
でも、苛立ちが止まらない以上、進むしかない。
手首にそっと当てたら、ひんやりとした感触が伝わる。さすがにちょっと緊張するな。
線でも引くみたいに、ツーっと手をうごかす。あっという間だった。線を引いた場所は、触れてから少し時間が経った後に、綺麗な赤い血が流していく。
「姫島と仲良くなるのを止めると絢に嫌われてしまう。それなら、姫島の方をどうにかすればいい」
あの子は純粋だから、きっと簡単な嘘であっさり言いくるめられる。
「ごめんね、絢。わたしは優しく無いから」
このまま姫島と付き合った方が絢は幸せになることはわかるけど、平気で引き裂くよ。
切られた手首が本来不要なはずの傷をつけていた。何もしなければ、綺麗なままだったはずなのにね。
パパからもう1枚チケットもらっておかないと。忘れないように、ちゃんと3人で行けるように。
帰りは絢と2人で帰れたらもっと良いけどね……
ポタポタと落ちる赤い血が机に色をつけていく。
「絢のことは誰にも渡さないよ。絢はずっとわたしのそばにいてくれないと困るんだから」
あははっ、と嫌な笑いが無意識にこぼれていた。
わたあめ 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji
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