父は戦闘員だった
kei
戦闘員の息子
僕は、母とふたりで暮らしている。
顔も見たことがない父は、悪の組織の戦闘員だったそうだ。
戦闘員。
個人の名前も出さず、顔も出さず、自由な発言も許されず、駒として戦い、死んでいく、あの戦闘員だ。
父は、母と駆け落ちした後、案の定生活に困窮し、僕ができたとわかったあと、戦闘員の募集に応募したそうだ。
破格の報奨金。生き延びることができれば、幹部登用のチャンスだってあるという触れこみ。
もともと、戦況は悪化の一途をたどっていた。たとえ戦況が良くても使い捨てなのに、この状況で生き延びることなんてできないことなんて、わかりきっていた。
この報奨金で新しい暮らしを掴んでくれ、と言って、父は家を出て行った。
母は、大きなお腹を抱えて、ひとりで国を出て、ヒーロー側の国に移住した。
僕が生まれたころ、ヒーロー側の視点で編集された番組を見て、母の目には一目で父とわかったその戦闘員は、二秒と映らなかったらしい。
小学校では、周囲のほとんどがヒーロー側に熱狂していた。
僕だって、顔も知らない父親や、母の母国の周囲の人たちのことは全く知らないから、母には言えなかったけれどブルーのファンだった。
そのブルーが殉職して、許せねえ、という声に同調したかったけれど、母の顔を思い出すと何も言えなかった。
中学になると、周囲の熱狂もほとんど冷めてくる。これで、楽になれると思った。
別に生まれが何であっても、何を好きになってもいいじゃないか、と言いたかった。
合唱コンクールで、熱い歌が歌いたい、という勢いがあって、こちらの国では誰もが歌えるあのヒーローの番組のオープニングを歌うことになった。
ピアノを弾くことになったのは、ユカリだった。
長い黒髪、切れ長の目、整った鼻筋。見覚えがある横顔だと思ったら、なんと殉職したブルーの娘さんだという。
僕は何もしていないけれど、むしろブルーのファンだったけれど、近づかないほうがいいかな、と思って、テナーパートの練習にいそしんだ。
放課後、偶然音楽室の前を通ると、ユカリがピアノを弾いていた。
クラスの曲ではない。この国ではまず聞くことはない、母がたまに小さく口ずさむ曲。合唱の練習のときよりも、はるかにうまく聞こえた。
立ち止まって聞き入っていると、突然演奏が止まり、ユカリが目を見開いてこちらを見ていた。
「ごめん、聞かれたくなかった?」
「この曲、知っているの?」
「聞いたことはある。いい曲だね。」
ユカリは、手早く荷物をまとめて、一緒に帰ろう、と言った。
女子とふたりで帰るのは初めてだった。むやみに緊張してしまう。
ユカリの長い髪が、目の前で揺れる。
「あの曲、どこで聞いたの?」
「母が歌ってた。」
ユカリは振り返った。
「あれ、敵国の歌だよ。ジャルバルデ様のテーマ。」
「様?」
あまり大きな声で言えないけれど、ファンなの、と彼女は言う。
はにかんだ顔はかわいい。
「あなた、あちらの人なの?」
「隠しても意味がないと思うからいうけれど、そうだよ。でも、生まれたのも育ったのもこっち。」
「そう。私はブルーの娘だって知ってる?」
「うん。」
「あの方が好きなんて、家族はもちろん他の誰にも言えなかったの。みんな、恨め、憎め、戦え、って、そればっかり。」
「僕もブルーのファンだって、母には言えなかった。」
ユカリは、ありがとう、という。
「父のことは、嫌いではなかったんだけど、ほとんど家にいなかったから、テレビの中の人みたいなんだ。」
「僕の父は、戦闘員だったらしいんだ。僕が生まれたくらいに亡くなってしまった。」
「それって、私の父が?」
「わからない。でも、誰とどう戦っても、結果は同じだったと思う。」
だって、戦闘員だぜ。というと、ユカリは複雑な顔をした。
「なんで、親がどうこうなったからって、こっちの心まで周りから決められなきゃいけないんだろうね。僕も、君も、好きなものは好きで、そのままいたいのに。」
「本当にそうよ。そのほうが都合がいいのかな。」
ユカリは、僕の手を取ってきた。
「ねえ、私、あなたともっと仲良くなりたい。」
「いいの?」
「他の人に何を言われても別にいいもの。お願い。」
こっそり譲ってもらったブルーのオフショットが母に見つかってちょっとした騒動になったり、調べてみたジャルバルデ様が髭が特徴的な背が高い大人の男性で、僕の背がなかなか伸びないことにこっそり悩んだり、僕の生まれが彼女の家族にバレて彼女が家出したりと、そのあとも色々あった。
僕たちが二十五歳になったころに終戦した。
そのころには、僕もユカリも自分の生きる場所も人生も選べるようになっていたし、髭は生えてこなかったけれど、背丈だけは彼女の好みに近づけた。
名もない戦闘員の息子だけど、受け取ってくれといって指輪を渡すと、きみといるのは戦闘員の息子だからでもジャルバルデ様の国の人だからでもないと言われた。
「自分の心は自分で決めていいって言ってくれたの、きみが初めてだったから。」
だから、自分で決めて、これを受け取るね、といって、ユカリは自分で指輪をはめた。
ちょっとポーズを決めて笑う彼女は、僕が大好きだったブルーによく似ている。
父は戦闘員だった kei @keikei_wm
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