第二話 vs西洋甲冑

 VR用のゲームハードを購入し、家にまで帰って来た心也。

 彼はさっそく自室でゲームの準備を始めた。

 箱からハード本体を取り出し、電源部分に差し込まれた絶縁シートを引き抜く。

 説明書を読む必要はない。妹からそれを借りたときの様に、ベッドに横たわった上で、頭にハードを装着して電源を入れる。


 心也の意識が真っ白な空間へと飛ばされる。

 彼はそこで、作ったばかりのゲームアカウントの登録を済ませた。


 彼の視界は直ぐにホーム画面へと切り替わり、そこにたった一つだけ入っているソフト……グラディウムコロッセオのパッケージが表示される。

 心也がそれを選択することで、彼の意識はゲームのそれへと飛ばされていった。






 ——そこは、壁や天井に方眼線の刻まれた白い部屋だった。

 縦横十メートル、高さ三メートルの密閉された空間。

 部屋の中央には、試し切り用の人形が置いてあった。

 この部屋はゲームログイン時のデフォルトルームで、マッチング中もここで待機させられる仕様となっている。

 シンヤが自分の体を見下ろすと、前回のログイン時に設定していた黒い袴姿になっていた。ちなみに彼のアバターは、現実の容姿・体型のスキャン内容を元に作られている。

 彼は指を振ってメニューウインドウを表示させ、メインコンテンツである『1vs1対戦』を選択した。彼の視界の右端にマッチング中であることを示すUIが表示される。

 彼は続けて小指で別のウインドウを表示させ、プリセット登録していた刀を手元へと呼び出す。

 そして刀の感触を確かめるように数回素振りを行った。


 ――ピロリン


 そこでマッチング完了の合図が鳴りシンヤの意識は暗転していった。

 視界が切り替わった先はあのコロシアムだ。

 シンヤの正面には、同じようにしてここに飛ばされてきた全身甲冑フルプレートアーマーのプレイヤーがいる。彼の手には西洋式のロングソードが握られていた。


『Leady……GO!』


 戦いが始まった。

 シンヤと西洋甲冑が互いの距離を詰めんと進む。シンヤはゆったりとした歩調で歩み寄り、西洋甲冑は小走りで駆けていく。


 シンヤが間合いに入ったところで西洋甲冑は長剣を横に振った。

 シンヤが仰け反るようにして身を引く。彼の喉元を剣が通り過ぎていった。

 そして、剣を振り抜いた西洋甲冑の隙をシンヤは狙わ――ない。


 西洋甲冑が刃を返して再び斬り掛かってくる。今度はそれをシンヤが刀で受け止める。西洋甲冑は切り口を変え、下から斬り上げた。しかしそれもシンヤは受け止めた。西洋甲冑は剣による打ち込みを繰り返していき、シンヤはそれを刀で受け続け……たまに躱したりする。

 シンヤは依然として反撃を行わない。


(全身甲冑と刀って相性悪くないか……? こっちには、鎧越しに衝撃を通せるほど武器に重みがない。

 それに、顔もフルフェイスで覆われてるし、隙間を狙うのも難しいな)


 シンヤが観察・考察に集中する。

 他方で、一方的に攻撃を加えているはずの西洋甲冑はシンヤに対して手応えを得られずにいた。というのも、防戦に回っているはずのシンヤは先程からほとんど後ろに下がっていないのである。シンヤのその振る舞いにはある種の余裕すらあるように感じられた。

 寧ろ、壁を手で押すと反力が返ってくるように、不動に近いシンヤへの打ち込みを通してこちら側がプレッシャーを与えられているような気分すら西洋甲冑は感じていた。

 果たして自分は、相手に対して意味のあることをしているのか……その疑念が西洋甲冑の剣に鈍りを生む。


「カァァァッ!」


 受け止めた剣を気合と共にシンヤは押し込んだ。鍔迫り合いの状態へと強制的に持っていき前へ前へと踏み込む。

 ズリ……ズリ……と西洋甲冑の足が後ろに擦られていく。しかし、西洋甲冑の体勢は崩れることなく曲がりながりも拮抗状態を保っていた。


「——フハッ」


 肺に残った空気を一気に吐き出しシンヤは瞬間的に力を強めた。そして相手を突き飛ばすように剣を握る腕を伸ばす。西洋甲冑がたたらを踏み、その隙を使ってシンヤは、西洋甲冑の被っているフルフェイスの金属メット……の視界確保用の隙間へと刀を突きこもうとする。

 西洋甲冑にとって間違いなくそれは、剣での迎撃が間に合わないタイミングであった。







 ——だから西洋甲冑は剣を捨てた。

 そして突き出された刀を鎧の手甲で弾き逸らす。

 それはシンヤにとって虚をつかれた動きであった。であるが故に、西洋甲冑の次なる行動に対するシンヤの対応が遅れる。西洋甲冑は、刀を突き出す時に伸ばしたシンヤの腕も、上から絡めとるようにして脇に抱え込んで拘束したのである。

 西洋甲冑は腰の後ろに差した短剣を逆手に引き抜き、動きの封じられたシンヤの喉元に向けてその刃を走らせた。

 シンヤは残った方の腕で短剣を止めた。刃を直接受けた訳ではない。短剣を握る拳の方を受け止めたのである。西洋甲冑は殴り掛かるようにして何度か短剣で斬りつけるが、それも全部同じようにしてシンヤは受け止めた。

 とはいえ、余裕で攻撃をいなしている風なシンヤに余裕があるわけではその実ない。現状素手しか使えないシンヤにとって全身甲冑装備の相手に対する有効打を持てないからだ。


(なら……まずは崩す!)


 相手の左腕の付け根……腕と肩の接合点をずらしてやるようにシンヤは掌打を放った。それにより、シンヤの右腕を拘束している西洋甲冑の脇締めが緩む。

 シンヤは右腕をそこから引き抜く……のではなく、更に奥へと押し込んだ。腕の根元の辺りまでずっぽりと腕を差し込み、西洋甲冑の背中から肩へと腕を回すようにして脇固めを極める。

 脇固めを極められたまま西洋甲冑は膝を着かされ、上半身まるごと水平になるような俯いた姿勢となった。


「悪いけど、俺は組打ちも行けるクチでね」


 そう言ってシンヤは、右手から左手に移し替えた刀を、西洋甲冑の頭部メットの隙間へと差し込んだのである。

 その少し後に、シンヤの勝利アナウンスが流れた。そして、『連続して試合を行いますか?』という文面のウインドウが、『YES』『NO』の選択肢と一緒にシンヤの眼前に現れる。


「次も行っちゃいますか」


 シンヤは『YES』の選択肢を押した。




—————————————

プレイヤー名 : シンヤ

対戦戦績    : 二勝〇敗

—————————————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月26日 18:00
2026年1月2日 18:00
2026年1月9日 18:00

リアルバトルシミュレーション! daichi @dai_oku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ