リアルバトルシミュレーション!

daichi

第一話 ゲーム始めました

 直径およそ二〇メートルの円形スタジアム……コロシアムを模して造られたゲーム空間がそこにあった。


 その中央では、二人の人間が距離を空けて向かい合っている。

 一人は、身長一九〇センチを超えようかという筋骨隆々の男であり、鎖と鉄球からなるハンマーをその手に握っていた。

 もう一人は、先に紹介した男よりも頭一つぶん背の低い青年だった。特筆するところのない標準的な体格である。彼は、全身が黒に染められた武道袴を着ており、右手には刀を握っていた。


「凄いな。肉体にくを動かす感覚がちゃんとある」


 青年は手の平を見下ろしながら、それを握ったり開いたりしていた。


『Ready……?』


 唐突に、そのような電子音声がコロシアム内に流れた。

 同時に、同じ内容の文字列がコロシアム中央へと表示される。

 青年は手から目を離し、正面へと顔を上げた。


『——GO!』


 間髪入れずに、対戦開始の合図が放たれる。


「オォォ——!」


 最初にアクションを起こしたのは大柄の男の方だ。男は吠えながら鉄球を頭上でブンブンと振り回し始めた。

 対して青年は歩きながら男へと近づいていく。

 十メートルはあった互いの距離が五メートルにまで縮み……そこで、遠心力の乗った鉄球を大柄の男は投げた。

 青年は軽く膝を曲げて、斜め前へと跳び出す。彼の脇を鉄球が通り過ぎていった。


「フゥンヌッ!」


 大柄の男が、鎖を手前に引き寄せるように腕を振った。その動作は波となって鎖を伝わっていき……真っ直ぐ進んでいたはずの鉄球に新たな力の指向性を与える。

 青年の横を過ぎて行った鉄球が、青年の頭部めがけて精妙に切り返してくる。


 青年はしゃがみ込むことでその鉄球を躱した。

 彼の頭上を鉄球が通り抜けていく。


 大柄の男は鎖を短く持ち直すと、自分に返って来た鉄球を頭上で回転させて再び攻撃に転化した。

 しかも今度の攻撃は、鉄球を真っ直ぐに投げるのではなく、薙ぎ払う様にぶん回すものだった。横に避けることはもちろん出来ないし、屈んで避けることも出来ないよう低い軌道に調整してある。


 これに対して青年は……身を低く屈めた。

 避ける為ではない。彼は、鉄球と高さを合わせた左腕でそれを受け止めたのである。


「シィイ‼」


 鋭い息が青年の口から吐き出される。

 気合と共に全身の筋肉が収縮し、鉄球という大質量に込められた運動エネルギーに真っ向からぶつかる。

 果たして……彼の身体は揺らぐことなくそこにあった。

 鉄球から生えたトゲによって左腕には傷穴が開いていたが、それ以外は全くの無事である。

 腕から剥がれ落ちた鉄球が地面に落ち、鈍い音を周囲に散らす。


 一瞬の硬直。

 大柄の男は鎖を手放し、青年へと殴り掛かった。

 しかしその拳が届く事はない。下からの斬り上げによって男の腕は本体から別たれ、ポトリと地面に落ちる。武器を失った時点でもう、戦闘面におけるアドバンテージを男は失っていたのである。

 続く二の太刀によって、大柄の男はその首を斬り落とされたのであった。



Winnerウィナー……シンヤァァァア‼』


 勝利を告げる派手なアナウンス。

 そして流れる歓声。

 コロシアムの中央上部には『シンヤ』というプレイヤーネームがウインドウという名の額縁に飾られていた。


 やがて青年……シンヤの視界は、舞台に幕を下ろすように上からフェードアウトしていった。



 * * *



 ログアウトの処理を済ませ、現実へと意識が戻る。

 心也しんやがまず最初に目にしたのは、特別高いわけではない自室の天井。

 彼はベッドから上半身を起き上がらせ、VRゲーム用のヘッドギアを頭から外した。


「あっ、お兄ちゃん起きた」


 心也の視線が声のした方へと向いた。

 彼の部屋の勉強机……そこの椅子には、中学生くらいの歳の少女が座ってこちらを見ていた。


心寧ここね、まだ部屋にいたのか」

「そりゃあ、私の大事な大事なゲームハードを貸し出してるわけだし、なんか変な事が起きないか見張っておきたいじゃん。というわけで返してねー」


 心寧と呼ばれた少女は心也の手からヘッドギアを取った。


「……で、どうだったの?」心寧が言った。

「ゲームの事か?」

「うん」

「……凄かったよ。最近のゲームってのは、こんなことも出来るんだな」

「まあ、このゲームは戦闘シミュレーションとしては再現度が高いからね~。まあ、ゲームとして見たらクソの部類に入るんだけど」

「そうなのか?」

「だって、これの優れてる点って『リアルに近い状態で実際の戦闘を体験できる』っていう部分だけなんだから。ゲームってのは、現実じゃ出来ない体験をするためにするものでしょ。なら意味ないじゃん」

「ああ、そういう……」

「あと、リアリティに寄せるあまりゲームバランスがクソと言うのも聞いた。

 ま、お兄ちゃんみたいな人には嵌まったみたいだけど……買うんでしょ? これ」


 心寧は、自身が持っているヘッドギアを指さして言った。


「ああ。わざわざソフトだけ買って試遊してみたかいもあったしな」

「そ。んじゃ、私はこれで」


 心寧が部屋から出て行く。

 それから心也もまた、外出の準備をするべくベッドから降りたのであった。










 家から出た心也は、自転車で十五分の場所にある家電量販店へと来ていた。

 彼は、買い物カゴも取らずに店内に入り、ゲームコーナーへと早足で向かう。


『未だかつてないゲーム体験をあなたへ! 超リアル派対戦バトル・グラディウムコロッセオ!』


 ゲームコーナーに置かれた小型のTVから、ゲーム宣伝用のコマーシャルが流れている。

 心也の足が止まり、その視線が画面へと固定される。

 グラディウムコロッセオ——略してグラコロ——それは、先程まで心也が試遊していたゲームソフトの名称であった。


『使える武器は百種以上! 剣・槍・斧……果てには素手まで何でもアリ!』


『超高精度の物理エンジンを使用。より現実に則した肉体の操作感を再現!』


『ルールは単純、決められた戦場での一対一ガチバトル! 致命部位の破壊か失血によるダウンを狙え!』


 そのような文言と共に、ゲーム映像がダイジェストで流れていく。

 そして最後に開発陣からの一言ということで、スーツ姿の男の実写映像が映し出された。


『——このゲームは、相手を倒すことで武器や装備がドロップする訳ではありません、経験値の獲得によってアバターが強化されていくわけでもありません、実績に応じたトロフィーやバッジの獲得もありませんし、レートなどの数値が目に見えて変化する訳でもありません。

 おそらく、いや間違いなく、ゲームの構築としては異常な事だと理解しております。

 しかし、目先の報酬にこだわるあまり小手先のやり方・戦法に固執するのではなく、自分本来のスタイルで相手とぶつかりにいく……限りなく現実に近づけた戦闘それ自体をただ楽しんでもらう……その想いからこのゲームは作られています。

 そういう方にこのゲームをプレイして頂けることが私への何よりの報酬となるのです』


 その話を聞いていた心也は、「遊び方を押し付けてる」なんて批判を受けそうな発言だなと思いながらも、それ以上にその言葉に対して共感を覚えていた。


(そうだ。別に俺はゲーム的な体験を求めているわけじゃない。俺が求めているのは、法による秩序が敷かれたこの社会で如何にして実戦を経験するか……そう、そこに“戦い”さえあれば俺は問題ない……)

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