天国

湊 小舟

5000文字の檻

ここは、私たちの生きる現代、

この令和の社会はまさしく天国である───。




......ん?




何を言っているのだ、とあなたは思う。


天国?いや違うだろ。

例えるならば、ここは地獄だ。地獄なのだ。


───と、あながち間違いではない。


では、問おう。


なぜ、ここは地獄と言えるのか?


ここが地獄ゆえに、私たちは苦しいのか?


あるいは、苦しいからこそ、

ここを地獄と呼ぶのか?


否、まず前提。


───ここは地獄なのか?


なぜ、地獄なのか?




あくまで、個人的な意見だけれど、


答えは単純。


私たちは、誤解することができなくなったから。


誤解することができなくなった、

と言われると、まぁまた変な誤解を生むだろう。


さて、こんな妄言みたいな戯言を放り始めたのは

本当にシンプルで、深くて不快なモノ。



希死念慮。



これに限る。


最近、私が通う大学の構内で、

「死にたいなぁ……」とか、

「なんもやりたくない……」とか、


そんな声を聞いてしまった(盗み聞き)。

──それが始まり。


死にたいのなら、なぜ今、死んでいないのか?

そこまでする激情もないのかね?

中途半端だなぁ……なんて、


そんなカスみたいで野暮なことを、

考えてしまっていた。


まぁ、苦痛を伴う自死ほど嫌なものはない。

多分、安楽死が認められた暁には、

そこらに霊柩車の行列ができるだろう。


──葬儀屋さんの過労死が相次ぐかもしれない。



さてさて、とかく


"ここは地獄なのか?"


という疑問について私は


"誤解できなくなったから"と答えた。


なぜ誤解できないのか、


この現代日本は"天国"だからでしかない。

"天国"になってしまったからだ。


またしても、曖昧な言い方になってしまったな。

もっと分かりやすい言い方をするならば、


文明の進化。


電子機器の発達にある。


我々の持つ、重くて平たい板のせいである。


前提の前提として───

我々人類は知的好奇心と承認欲求を燃料に、

繁栄と衰退を繰り返し続けた種である。


それはホモ・サピエンスの頃から、

今に至るまで一貫して変わらない。


多分、彼らだってうんうんと、

頭を縦に振り回すだろう。


本能に眠る、果てしなきそれらは、

ゆっくりと、まったりと、私たちの理性を

形づくり、カルチャーを耕してきたのだ。


さて───


今の現代社会はどうだろう?


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Gemini

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......察しの良い読者諸賢ならあっさりと

理解できてしまうだろう。


そう、ここはまさに天国。

知りたいこと、感じたいことも

すべてはあの「黒い板」に収められている。


そう、私たちは天国に生きている。


溢れる娯楽、ゲーム、漫画、音楽、ポルノ。

かっこいい男性 or かわいい女性

ありとあらゆる全ての攻略法。

低コスト、大量生産、若さ。新しい物。


───なぜ、死にたがる?

あなたたちは天国に生きているのだ。

これ以上、何を求めるのだ?


そう、これが重要。

あらゆるものに満ち溢れたこの世に、

知的好奇心を満たした先に求めるもの。


それが、承認欲求。


いきなりだが、聞きたいことがある。

幼い頃の将来の夢、あなたは何になりたかった?


仮面ライダー、プリキュア。

あとはゲームクリエイターやら、

サッカー選手、野球選手。


あとはお父さんお母さんと同じ職業だろう。


私たち人間は可能性に満ちている。

しかし、可能性というものは大概、

何かしらの規制や制限のもと成り立っている。


私たちの可能性を形づくるのは、

"不可能性"である。


さらに問おう、


あなたは果たして仮面ライダーになれたか?

魔法少女になれただろうか?

矢沢永吉になれただろうか?


望んだところでなれる訳がない。

結局のところ、あなたは───

あなた自身にしかなることはできない。


でも、あなたは高望みする。

理想を追い続ける。


素晴らしい。とても素晴らしい。


理想を、夢を追い続けるのは

またまたホモ・サピエンス時代からの常識。

人類としての本能だ。


例えるならば、


「あの山の向こうには

美味しい果物がなってるかもしれない!」


かもしれない。

かもしれないのだよ。


あなたは、

"何者かになれるかもしれない"

と、今までなら誤解できた。


残念。


残念ながら、ここは天国である。

なんだって有り余っている。

情報で溢れかえっている。


......そう、詰み。


最初から、私たちは詰んでいたのだ。


ここ数十年の安寧は、

静かに、その牙を研いでいた。


積み上げられた情報の山。

その最高到達点を、

誰もが手軽に覗けるようになった。


各ジャンルの強者、天才を見る。


その次にすること、それは


"比較"である。


もう、答えは分かりきっている。

説明するまでもないだろう。


私たちは比較の果てに、

アイデンティティの墓場に沈むのだ。


天才達の鮮やかな輝きに瞼を焼かれ、

人々の賛美や崇拝に、その翼をもがれ、

努力の黎明期に至る前に───死に至る。


今まで、不可能性には"遊び"があった。

矢沢永吉や仮面ライダーになれずとも、

"他の何か"にはなれるかもしれない。


と誤解し、期待することができた。


しかし、上位互換的存在は山ほどいる。

それが、可視化されている。


家族の中では一番。

友達の中では一番。

学校の中では一番。

地元の中では一番。


今までなら、この辺りでも満足できただろう。

だが、今は違う。


否応なしに、"世界"が相手になるのだ。


そんなの、誰が戦おうというのか?

無謀な闘争心、野心を持つやつなんて

そう湧くわけがないだろう。


才能があるからと言って、

その分野で一番になれる訳ではない。

才能にも、残酷なほどの強弱がある。


中途半端な才能はハッキリ言って、

ほとんど使い物にならない。


いや、本来ならば誇るべき才能である。

にも関わらず、今では使おうにも、

使えそうにない現状がある。


それは、承認欲求。


全ては承認欲求に起因している。

今、この世界は暇つぶしに、娯楽として

誰かしらの才能をインスタントに消費している。


天才や鬼才に慣れてしまっている。


本来ならば、理解の及ばぬはずの

遠い存在を、"理解した気になって"、その結果、

輝きに慣れてしまった。


実際には、彼らの放つ光の表面を

少しかじるだけで満足し、

深く知ろうとはしない。


誰かしらの天才や努力家が生み出した。

まさしく最強の作品をただただ食すだけ。


それが問題なのだ、

才能のフードロスも甚だしいこの世。

まさしくUniverse25実験。


......ここは、楽園である。


疑いようのないほどに、天国らしい。

最高のユートピアである。


税をむしり取るむしり取る天使だっている。

そう、一応天使もいるのだ。

星新一 氏の「天使考」のように。


やはり、ここは天国。


天国ゆえに、情報過多で娯楽過多。

だから、想像や可能性の底が透明化する。

なにより、飽きる。


この天国は、確かに言わば地獄。

もはや拷問、ただの生殺しである。


ほんとうに善ばかりの人生を送った

躾されすぎて面白みを失った犬のような

カチカチ人間は、天国という地獄へと

打ち上げられてしまうのだろう。


こんなの許せる訳がない。

と仏陀さんやイエスさんが神々相手に

異議を申し立てようと、

死人に口はない。


"所詮、人は人だ"とあしらわれておしまい。


才能が自由を求めたとて、

神々が軽く銃を抜けば、おしまい。

即BANされるがオチ。


いくら突き抜けた才能を持っていようと、

それが規制の枠から外れていれば、

即退場。つまらないものである。


生きていたくはない。


かと言って、天国も地獄も嫌だ。


生きていたい。


周りのみんなでこの不幸を分け合ったとて、

結局は烏合の衆。なんにも変わらない。

どこぞの小説家は私たちにこう言うだろう。


"幸せを求めないのは怠慢だ"

"幸せを求めないのは卑怯だ"


違う。


求めないのではなくて、求めても"結末"が、

その先が分かってしまっているから、

動きたくないのだ。


生きていたいけど、生きていたくはない。


"ぼんやりとした不安"というより、

"倦怠のうちに死を夢む"というべきだろう。


これは、1970年代に流行った。

虚無感や諦観、退廃的な雰囲気が

時代と共に形を変えて、私たちの前に

現れたというべきではないだろうか?


あの時代は、学生運動の失敗から発生した

圧倒的な地獄であった。改善の余地はある。


しかし、蘇った虚無は、現代社会が

天国に変わりゆく際に排出された幸せ成分の

副作用的なもの。


改善の余地は......ない。

理由は、言うまでもないだろう。


この世界を面白おかしく

生きていける人間なんて、


非常に頭の良いエリートか、

超楽観主義の非凡な人間くらいである。


一般的な普通の人間を司る大脳は、

負け戦的人生に嫌気がさして、

やがて───思考を辞めるよう指示するだろう。


それでも、私たちは死なない。


一旦は存在意義───

レゾンデートルにしがみつく。

私たちは明日に期待をして、


自分の存在する理由なんてものを、

勝手に定義し、正当化する。


そして、また絶望してしまう。

延々とこの繰り返しが続く。


その結果、ストレスで脳に異常をきたした

繊細な人間から続々と楽園から消えていく。


それでも、この楽園はなんら変わりなく

動き続ける。


なんせ代わりならいくらでもいるから......。


悔しい。


悔しいよな?


そう、悔しいんだ。


だから、私たちは創作を続けるのだ。


創作において、上位互換的存在なんて

溢れるほどいる。


時価に変えられる価値すらない創作だってある。


歴史的文豪と比較されることもある。

そうなれば散々な目にあうだろう。


それでも、創作を続けるのだ。


"楽しければいいじゃん!"


違う。全く違う。


評価されたい。勝ちたい。

誰にも負けたくはない。多分、誰だってそう。


あなたは絶対に勝てないと、

古びた画布を被されて、

埃をかぶって忘れ去られてしまうなんて。

それこそ、ただの生き地獄だろう?


だから───楽しければいいんだ。


と、思ってしまうのだろう。

否定はできない。


けれど、やっぱり悔しい。


私は多分、変われないし、


多分、何を書いたとて

誰も変わらない。


ここまで大体4000文字。


この4000文字だって誰にも

読まれやしなければゴミクズでしかない。


でも、書いてしまう。


短編だってそう簡単じゃない。


長編となれば、途方もない長距離走だ。

着地点もゴールも見えない。


客観視する読者としての目が廃れ、

綻びやらズレが生まれる。


それに気づいた時、死ぬほど

嫌な気持ちになる。


しかし、


楽園から消え失せた

"不可能性"はここに発生する。


"なにやってもうまくはいかない"


不毛な創作活動になってしまうのは

十中八九どころか、もう確定している。


私は特段、文才や性格に恵まれていない。

それでも、大きな夢をちゃんと描いている。

しれっと、強かに。


"一番になりたい。"


絶対に叶わない。

じゃあ、別にオンリーワンでもいいんじゃない?


NO。


これもまた違う。

それは綺麗事だ、汚いよりはマシかもしれない。

けど、こんな綺麗なもん、私に似合わない。


それはそれで修羅の道。

周りの私より若くて才能のある

少年少女なんて、いくらでも出てくる。


そりゃあ負けまくるだろう。


後ろから軽々、天才の群衆が私を

追い越していく。


それも、勝敗なんて失礼なくらい。

天と地ほどの大差をつけられて、


"負けてしまうのは当たり前"。


───違うな。


やっぱり負けたくない。


私はどうしようもなく負けたくないらしい。


死にたい。


でも、負けたくないから死なない。

もし、死んだとて蘇ってしまうだろう。


楽園で野垂れ死ぬ寸前、

私こそが、袋のネズミだと分かっていようと

蘇ってしまうだろう。


シュール、アートか?───否。

形骸化した屍。天才の影響?。

似通った没個性。ジャンクフード。


創作活動も、もはや砂の惑星。

私たちは"不可能性"という楽園最後の

オアシスを求めている。


"誰だって、いずれ飽きられて使い古される"。


まず、飽きられるという段階まで

進めることは、ないと思う。


そう、修羅の道を行ったとて、

まだ何も見えやしない。


でも、この先に何があるか。

私にはわからない。


"不可能性"に満ち足りているかもしれない。


振り返ってみると、過ぎ去った季節ばかり。


思い出せないことも多い。けど、

道のりは、ほとんど変わっていない。


それだけ分かる。


嫌になる。何も変わってないんだから。


けど、"不可能性"はずっと私たちを待っている。


だから、会いに行く。


それらが顔を出すまで書き続ける。

正体を暴いてやるまでは終われない。


すでに廃れた砂漠に何がある?


だから作る。木を植えよう。


嵐が吹き曝してなお、歩き続けよう。

この───砂上の天国を

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