未亡

あるまん

 黒い女がいた。


 喪服だ。是は喪服。


……


 僕と、其のひとを容れ漆黒を走る明るき箱。闇深き時間じゃない筈だが窓に映るはふたり、いや、にひきか。

 汚き世界を見つめ過ぎて濁りし我が眼球あめだまが其のひとを見つめ。彼女が振り向いた時……


 其の瞳に、喰われた。


 其の黒き、暗き瞳孔から伸びた視線の舌に絡め取られ動けない。僕の眼はあのくちに飲まれ飴玉の様にゆくりと溶かされてしまうのか? 逸らすべきだがあはれ動かず……。

 あどけなさすら感じる顔立ち、細い体躯、喪服から覗くは青白き肌。睫毛の下にぽつりと哭き黒子なきぼくろ。身なりに似合わず染められた紅は獲物の血の色か。


 箱が僕のすあなの名を叫ぶ。呪縛が切れた僕は冷や汗で滑る手で鞄を抱きよろける様に立ち上がる。女は立ち尽くした侭微動だにしない……ショウウヰンドウのマネキンだったらよかった。

 開く扉から転げる様に降りたのは僕一人、一人の筈だ……振り向く事なく改札を過ぎ、構内を通り抜け、すあなへの道を急ぐ……人が消える時間でもないのに終ぞ見当たらず、自販機の光だけが僕を誘導する……帰路にこんな多くの光は差してなかった筈、と気付いたのは後だ。


 見知らぬ公園に、居た。時間的には見知っててもおかしくない近間の筈だが覚えがない。

 其れに、最近の公園には、このような……ギロチンの様に左右する箱型ブランコなど、首がかかれば其れだけを天高く千切り投げる……確か空中シーソーだったか? など、大人の僕が見上げる程の……墜ちれば怪我処では済まないだろうロケット型の遊具など……当に消え去っている筈だ。僕が子供の頃でも合ったかどうか。


「……一人目は、頭」


 闇から聞こえた声にびくりとする。見たくない。だが、見る前から何故か、確信があった。


「其のブランコの底、綺麗な赤でしょう? 頭を潰し脳漿をぶちまけても、直ぐには止まらなかったそうよ。いっそ跳ねられた方が助かったかもね」


 うら若き女学生にも思えた顔から、其の赤い唇から紡がれるのは呪怨か?


「二人目は、首。空中シイソウの反動で真上にらしいわ。落ちて来た後の頭は上下が逆になっていたらしいわ」


「三人目は、僅か数メヱトルから、墜ちただけ……でも、でも何故か……全身の骨が砕け、肋骨が心臓に突き刺さっていたそうよ……ふふり、不思議ねぇ……人間というのは其処迄脆くない筈なのに……」


 ひし、と後ろから抱きつかれる。僕の身体を其の青白き肌の四肢を使い拘束する……そう、電車から、降りなかった筈の……。


「……僕を……その子たちの様に……?」

 何故か、冷静だった。恐怖心という物は心を麻痺させるのか?

「……ふっ、ふふっ、うふふふふふっ……」


 後ろから僕の胸を抱いていた彼女の手は、其の侭、下に……そして、僕の……


「幾ら奪われても、其の度に新しく、産めばいいのよ……中々魅てくれる人は居ないけど……出来るまで、何度でも、何十度でも、何百何千度で尽きるまでも、シテ、あげるからね……」

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未亡 あるまん @aruman00

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