スターシード計画

帆尊歩

第1話 スターシード計画

夜が開け始めていた。

「大統領、お時間です。皆さんお集まりです」秘書官が告げる。

「ああ、分かった」私は大統領執務室を出て統括オペレーションルームに入る。

そこには閣僚達が立って私を出迎える。

「諸君、おはよう」

「おはようございます」

「みんな座ってくれ」

「しかし大統領、なぜこの時間なんですか」閣僚の一人がまず口を開く。

「まだ、午前4時ですよ」

「新しい門出は朝と決まっているだろう」私の言葉に軽く失笑がこぼれる。

「まあ、100隻の移民船はラグラッジュポイントからですから。あまり夜明けという感じはしませんがね」と閣僚の一人が皮肉交じりに言う。

半分は冗談だ。

ここに集まっているのは、党利党略も、野心も何もない一枚板のチームだ。

「まあまあ、法務長官。最後くらい大統領のこだわりにつき会うのも良いんじゃないですか」法務長官は少し笑った。

私が世界連邦政府の大統領になったのは、このプロジェクトを成功させるためと言っても良い。イヤ私だけではない。ここにいる閣僚達は「スターシード計画」のために全てを投げ打ってくれた。


大気汚染と放射能、社会的荒廃、様々な原因で人類は滅亡の道を突き進んだ。もう地球に人が住めなくなるまで五十年を切ったとき、人類の人口は最盛期の五分の一まで減っていた。

人類に後はない。

それは誰の目にも明らかだった。

そんなときある計画が立案された。

四十五年前の事だ。

「スターシード計画」

地球と月の周辺に無数に点在する、廃墟化したスペースコロニーをつなぎ合わせて、移民船団を作る計画だった。

ところが膨大な数の人間の生命維持を搭載する金も、人も、資材も、人類には残っていなかった。

そこで考え出されたのが、凍結された精子と卵子を搭載、しかるべき星に着いたらそこで受精させて子供を作る。その子供達をその星の移民団として、人類を繋いでもらう。

つまりは人類の種を空に蒔くと言う事だ。

どれだけ芽が出るか、誰にも想像が出来ない。だから少しでも成功率を上げるため、宇宙船は100隻作った。

旅はどれくらの期間になるかわからない。

500年かかるか、1000年かかるか、いずれにしろ成功を確かめることはない。

スペースコロニーを転用しているので、宇宙船の大きさは申し分ない。そこに積めるだけの水、空気、食料、生きるために必要な一切合切と移民した星で困らないように、重機や移動機材、積めるだけの物を積んだ。もう後のない地球に置いておいても朽ちるだけの機材だ。

そのプロジェクトの最終段階に入った五年前、私は連邦政府の大統領に就任した。

仕事はただ一つ。「スターシード計画」を成功させるその一点だ。


「しかし、良かったですな」と軍務長官が言う。

「何が」と財務長官が答える。

「普通なら、オレも乗せろ、私も乗せて。せめて子供だけでもと言う事で暴動になってもおかしくない。本来なら移民用の出発ロビーが出来た時点で、その警備を本気で策定しなければならなかった。

場合によっては力ずくで押し寄せる民衆を押さえなければならなかった」

「力ずくって?」農務長官が訪ねた。

「そんなこと聞くなよ」と国務長官が割って入った。

そうだ、それは武器で、押し寄せる民衆を押さえる。

当然、発砲も辞さないという事だ。それが生きている人間は誰一人乗せない。そのせいで大きな暴動は起きなかった。

各船に搭載されたコンピューターは移民船の管理、移民星の判断確定、人工授精。そしてその子供たちの教育。そして立派な人類の移民団を作り上げるそこまでが任務だ。

「各船のマザーコンピューターにつなげろ。ただいまから訓示を伝える」

「えっ」と全員が驚く。

「訓示って。コンピューターですよ」誰かが言う。

「それでもいい。大事な人類の種を託すんだ」全員が静かに頷いた。


ラグラッジュポイントに並んだ100隻の巨大宇宙船に、大統領の言葉が流れる。

「コンピューター諸君。これから君たちは人類の種を携えて、任地に赴いてもらう。そこには様々な困難があるだろう。中には任務遂行を断念せざるをえない船もあるだろう。しかし、君たちは人類を存続させるという。ミッションに果敢に挑んでもたいたい。

君たちは、今だかつてENIACからはじまったコンピューターの歴史の中で、どんなマシンもなしえなかった任務につくのだ。コンピューター諸君、伏して頼む。是非人類の種を繋いでくれ。地球連邦大統領である私が残存の人類を代表してお願いする。どうか人類を救ってくれ。よろしくお願いします」

するとモニターにYesSirの文字が100、次々と現れた。

閣僚達のどよめきの声が聞こえた。コンピューターが答えたのだ。

「お時間です大統領」

「分かった」私は閣僚の一人一人の顔を順番に見つめた。

みんな一様に小さく頷く。

「では、出発」と私が宣言すると、巨大な宇宙船は、静かに動き出した。

こうして、人類の種は、夜明けの空にまかれたのだった。

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スターシード計画 帆尊歩 @hosonayumu

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