あなたは美しかった

箔塔落 HAKUTOU Ochiru

あなたは美しかった

 あなたは美しかった。それはそれは美しかった。ほとんど、否、そんな副詞をつけなくてもいい、あなたは完璧に美しかった。どんな物語も絵空事も追いつかないくらいあなたは美しかった。あなたは鼻毛が出ていてすら美しかった。あなたは物理で赤点をとってすら美しかった。あなたは嫌いな人の話をしているときですら美しかった。これはあなたに恋をしているものの欲目だろうか? しばしばわたしはそう考え、少し懊悩した。「あなたは美しかった」ということで、なにかを糊塗している気持ちが少しだけしたからである。けれども、年月を経ても、あなたの美しさは変わらなかった。あなたはほうれい線ですら美しかった。あなたは下着を半分脱ぎかけのまま、化粧もおとさずに寝ていても美しかった。あなたはわたしに悪態をつくときも美しかった。そうしてあなたは、わたしが別れ話を切り出したときですら美しかった。泣きじゃくるあなたに、わたしは何度もあなたが悪いわけじゃない、と言い募った。実際、あなたの美しさはあなたの責任に帰するべきことではもはやないだろう。ましてや、あなたの美しさにわたしが押しつぶされそうになっているから、あなたと別れたい、だなんて。あなたを知って、わたしははじめて、美というものには重量があることを知ったのだ。

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