エッセイ 友はパチンコをやめて…
阿賀沢 周子
第1話
だいぶ前、私がまだ現役で会社員をしていたころのユニークな友人の話である。彼女を仮にKと呼ぼう。切れ長の目と細い鼻梁、少し鼻にかかったかすれ声。裏表がないさっぱりした性格で、所作が小粋な人だった。
晩秋、職場の会議の流れで、ある小料理屋のカウンター席にいた日、たまさか隣り合ったのが縁の始まりだった。少し年下のようだが妙に波長が合う。
誰しも人生でそういう人と出会うことがあるだろう。性別に関係なく、価値観が似ていて、話そうと思ったことと同じことを相手が先に言ったり、笑うツボが同じだったり。同じところで頷く、返事が重なるなどなど。そんな具合で、その後も二度三度と会うようになった。
仕事は民間病院の准看護師だ。水商売や販売員など様々な職を経たあと、学校へ行き資格を取り、高齢者専門の病院施設に落ち着いたという。互いの職場の話をよくした。Kの話は興味深く、私は主に聞き役だった。
付き合い始めて半年は経っただろうか。その日は趣味の話になり、彼女は「パチンコなの」と明かした。
「ストレス解消にいいのよね。何にも考えないでいられる」
週に何回か行くが、給料日前は少し回数が減るらしい。月に投入する金額を聞いて、その多さにびっくり、口があんぐりあいた。
思わず本音の直球で返した。
「お世話の中には高齢者の下の世話もあるでしょう。そんなにして稼いだ大事なお金をパチンコなんかに使っているの?」
追い打ちもかけた。
「もったいなくて、私ならしない」
しばらく音沙汰がなかったが、初夏の晴れた日、Kからドライブしようと誘いが来た。
「迎えに行くから」というので、外出の支度をして玄関先で待っていると、真っ赤なメルセデスベンツのクーペが目の前に停まった。
「パチンコやめたの」
二人乗りのスポーツタイプ。ドアを開けてにこやかに私を招く。さてこの展開は私の想像を超え、目がまん丸となった。
中古だというが、乗り心地は間違いなく良い。木漏れ日の中を縫うように過ぎていく。運転技術もまあまあ。しかし、困ったことにどこへ行っても、乗り降りするときにジロジロ見られる。
二人とも、服装はおしゃれでもなんでもなく、気持ちは車に負けてはいないが、たぶん端から見て乗るにふさわしいとは思われなかったのだろう。ファンだったダイアン・キートンの様にさりげない大人の女になり切れていなかったということか。
その後秋口になると、Kが男性と付き合うようになった。間もなく同棲しはじめたということもあり、行き来は減った。電話で近況を話すくらいでベンツに乗る機会はなくなった。彼氏には一度会ったことがあるが、背が高くやせ型で二人で乗る姿は絵になるだろう。
Kと知り合って2年近く経った、秋雨の降る夜。「話を聞いてほしい」と携帯電話にメールが来た。この秋は梅雨の様にじめじめした天気が多かったが、その日は今にも雪になりそうな氷雨だった。知り合った小料理屋のカウンターで会う。
Kは少し痩せた感じがする。訳ありな顔つきをしているので、Kが話し出すまで待った。
「事故ったの。彼氏を駅まで送って帰る途中。下り坂だったので結構スピード出てた」
「…?」
「全損壊。廃車にするしかないって。ベンツでなかったら死んでただろうって言われた」
「身体はどこもなんともないの?」
Kが言うには入院するほどの怪我はなく、むち打ちで頸椎カラーを一時期つけていたが今は外しているという。
目の前に出されていた小鉢を、何かもわからず口に入れた。Kも食べ始めたがやはり味はしてなかっただろう。死と隣り合わせだった事故のショックは相当大きい。聞いているだけでも鳥肌がたっていた。
「彼氏と結婚することになったの」という顔つきもなぜか嬉しそうには見えなかった。
結婚式はしないで親族の顔合わせだけだったようだ。車の借金は保険でチャラになったと聞いたような記憶があるがはっきりしない。あれから会っていない。
パチンコをやめないで、ベンツに乗らないでいたらKの人生はどうなっていただろうとは、今でも考えることがある。
エッセイ 友はパチンコをやめて… 阿賀沢 周子 @asoh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます