第24話(最終話):傷と、未来へ続く静かな音
あれから数ヶ月が過ぎた。季節は巡り、家の周りの木々には新緑が芽吹いていた。
杉山家は、以前の「完璧な新築」とはかけ離れた姿で、静かに呼吸をしていた。リビングの床には新しいフローリングが張られ、大黒柱の根元も修復された。しかし、書斎の壁には、新しい石膏ボードに書かれた美樹のメッセージが残され、それは家族の「お守り」となっていた。
光一は仕事を休職し、家族と過ごす時間を増やした。彼はもう、家の中に「秩序」や「完璧さ」を求めることをやめた。代わりに、家族と笑い、話し、家の中の小さな「音」に耳を澄ませるようになった。それは、妻や娘の話し声、笑い声、食器の触れ合う音。
秋乃は、完全に元気を取り戻していた。彼女は以前のようにキッチンに立ち、料理をする。時折、ふと窓の外を眺め、以前感じた「冷たい視線」を思い出すが、すぐに頭を振る。あの悪夢のような匂いや声は、もう二度と聞こえない。
茜は高校生活に戻っていたが、以前よりも遥かに強くなっていた。彼女は、あの家の中で自分と母を信じ、父を救うために戦った。彼女にとって、あの家はもはや恐怖の対象ではなく、「家族の戦場」であり、「再生の場所」となったのだ。
その日の午後、茜はリビングで宿題をしていた。
光一は庭で、以前美樹が解体した換気口の跡を、新しい木材で補強していた。彼はもう、その穴を「欠陥」ではなく、「家が外の世界と再び繋がるための開口部」だと考えていた。
トントン、トントン――。
父が木材を叩く、穏やかな音が響く。
その音を聞きながら、茜はふと、思い出した。この家が呪われ始めた最初、母が怯えていた「微かな音」。
その音は、父が今立てている「木材を叩く音」と、驚くほど似ていた。しかし、以前の音には粘着質な悪意が混ざっていたのに対し、今の音は温かく、未来を築く希望に満ちていた。
茜は美樹に送ったメッセージを開いた。最後に送られてきた美樹からのメッセージは、呪物を処分した数日後に届いたものだ。
美樹: 呪いの核は全て燃やし尽くしたけれど、一つだけ残った疑問がある。土屋悟の技術ノートにあった『ワダツミノオカミ』と、彼が自分の体の一部を埋め込んだ「躯(むくろ)」。もしかしたら、土屋は呪いを通して、自分の死を「完璧な家」の一部として残そうとしただけなのかもしれないわ。
そして、そのメッセージの後に、美樹は小さな追記をしていた。
美樹: でも、本当に怖いのは、呪いそのものよりも、『完璧』を求め続けた光一おじさんの心の隙間を、土屋の狂気が見抜いたこと。完璧な家など存在しない。でも、だからこそ、不完全な家族は、お互いを必要とする。それが、この家が教えてくれたことよ。
茜はスマートフォンを閉じ、宿題を再開した。外から聞こえる父の木を叩く音は、ゆっくりと、しかし確実に、「二年目の呪い」を新しい「三年目の希望」へと塗り替えていた。
この家は、もう彼らを閉じ込めようとはしない。
なぜなら、杉山家はもう、「完璧な家」という幻想から、卒業したのだから。
(完)
『二年目の呪い:狂気の職人が遺した家』 トモさん @tomos456
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