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だ―ちゃ

第1話 プロローグ


 私立錬英女学園。

 明治時代に名門女学校として創立されて以来、様々な分野で世界に羽ばたく人材を育成・輩出してきた、日本有数の進学校である。

 共学化された現在も、その名声と高い偏差値を維持し続けており、財閥系の令嬢・令息や名家の子女が在籍者の約半数を占める、格式高き学園である。


 そんな錬英にももちろん、''劣等生''が存在する。


「はぁ...」


 白紙の「部活動入部届」を握りしめ、校門の前に立ち尽くすのは清水ケイ。背筋はこれでもかと曲がり、耳には校則違反のピアス。もし彼が錬英の制服を着ていなければ、警備員にとっくに追い返されていたかもしれない。

 だらしなく伸ばした長髪の間から覗く虚ろな瞳は左手にある''男子校舎''の入口を捉え、彼は歩みの方向を決めた。

 入学式から約半年後の夏休み明け初日、彼は未だに校舎の構造すら把握していなかった。そんな彼だから、クラスメイトの顔と名前は一致しないし、学園に知り合いと呼べる者も数人程度。


「キャーーー!夏休み明けも相変わらずお美しいですわー!」

「俺、今日の放課後に告白する!」

「お前の為に言っとくが、やめとけぇ?代わりに俺が行ってやる!」


 今、後ろで女子達の黄色い歓声や男子達の決意が聞こえて来ても、彼の関心の中には入らない。


 ただこの時は───

 らしくないことをしてみたくなった。


 後ろには女子と男子の二列で道ができ、その真ん中を凛と進むのは女子3人組だ。


「ずいぶんベタなモーセ型登校だな」


 庶民肌の彼にとって、このような光景は学園漫画でのみの存在だった。入学から半年経って初めて意識した光景に、かろうじて軽口だけは叩けた。

 歓喜する女子、ざわめく男子、憧憬と陶酔で満たされた時間は、その日の学校の雰囲気を決めかねない重要イベントとなっていた。


 その女子3人組は''開校以来の奇跡の世代''や''錬英三大美姫''と男子の中で噂されていた。3者それぞれに大規模なファンクラブが作られているらしく、その人気に劣らず、彼女たちの纏うオーラや容姿は誰が見ても息を飲む迫力がある。


 ケイはそのうちのひとりが気になっていた。3人の真ん中を歩く銀髪の美少女のことがである。


「似てるな」


 そう独り言ち、誰にも聞かれていないことを確認しながら、そそくさと3階にある自分の教室へ向かった。


 退屈な4限の生物が終わり、昼休み。彼みたいな、友達ができない人の昼休みは、大抵トイレの中か、机に突っ伏して終わるが、彼は意外なことに弁当を持って屋上に向かった。


 錬英の校舎は少し特殊で、校舎が女子と男子で別れており、基本的に人の行き来はないし出来ない。しかし、屋上だけは例外で、ふたつの校舎を跨いで存在し、大きなスペースを有している。そのせいで互いの校舎側の教室は日当たりが悪い欠陥構造である。


「ぁ...はぁ...」

 運動不足のケイは階段を1階分登るだけでも息が切れる。何度も訪れている屋上を迷いなく歩み始める。


「はーい、今日はケイがビリねー」

「私、やさいジュース...」

「おれ紅茶〜♪いや〜ケイさん夏休み明けだからって気が抜けすぎじゃあないすか?」


 屋上のフェンスに寄りかかるオレンジ髪のイケメンは、琴峰ナグサ。そして、高価な錬英の制服のまま平気でコンクリートに寝そべる美女は、西野マシロ。彼らはケイが唯一、何故か交流のある''知り合い''である。


「夏休み3回しか外に出ていない引きこもりに無理を言うな」

「それはケイが100やばい定期」

「上に同じ〜」

「くっ...っそれよりっ、朝は凄かったな。いつもあんなじゃ疲れるだろ」


 ケイは朝の「モーセ型登校」の話を切り出した。なにぶん生まれて初めての光景で、気になっていたので当事者に聞いてみることにしたのだ。


「ん、何を今更、そんなのいつものことじゃんね、マシロン」

「あ〜...鉛筆持ってない?白はあるんだけど、まだ完成してなくて」

「話を聞かんかーい」


 西野マシロ、''錬英三大美姫''が1人。某有名芸大の学校長を父に持ち、母は海外で著名なデザイナーとして活躍している。芸術の才を持つことは、彼女にとって血の宿命のようなものだ。また、容姿の才にも恵まれ、透き通った金色の髪は他の女子の羨望の的であり、三大美姫に数えられるのも頷ける、ような気がする。


「まあマシロに期待はしてないよ...はい筆箱っ」

「え、う、うわっ...とっとっ...こらー女の子に向かって、物を投げてはいけませんー」

「お前が女の子を語るな」

「それは違うと思うよケイ。それじゃあ女の子にモテないよ?」


 ナイフを飛ばしたら別の角度から画鋲が飛んできた。


「いや、俺はそれ以前だろうよ。」

「人に説教できるの?でしょ」


 訂正、槍が軌道を変えてマシロの頭に刺さった。


「HBしかないのーっ?ってか鉛筆はどこ?シャーペンじゃこれは時間かかるよおー、Bのえ、ん、ぴ、つー」


 さすが天才、凡人の批判など何一つ効いちゃいない。


「もう美術室で描けば?」

「そうするー」


 ナグサの助言に即答したマシロは、食べかけのお弁当と書きかけのスケッチブックを腕いっぱいに抱え、屋上を去ろうとする。


「ばいばーい」


 マシロの律儀な挨拶に、男2人はやれやれと手を振って応える。


 屋上は野郎2人になってしまったが、する話は近況や共通の趣味であるゲームのことくらいだ。


 恋バナなんてもってのほかである。


 意外かもしれないが、錬英女学園の男女仲はとてつもなく悪い。男女別の校舎に始まり、数々の不仲エピソードが存在している。部活は男女で区切られ、委員会員もどちらかの性別に偏っていたりする。

 時代錯誤もいいところだが、特に酷いのは、学校の代表である生徒会の現状で、毎年、どちらかの性別で会員が固まってしまうのだ。全会員は選挙で公正に選ばれるはずなので、そのような現象を、皮肉を込めて生徒会七不思議セントラル・マジックと呼んでいたりする。

 そんな毎日が戦場な錬英も、しがらみから解放される時が、先の美姫らの登校だったりするとか、しないとか。


「なぁ」

「ん?うわっなんで顔赤いんだよ、熱あんのか?」


 そう、恋バナなどもってのほかなのだ。三大美姫はいるが、彼女らを対象とした恋バナなど、他の男子から分不相応と総攻撃を受けるから、賢いならまずしない。他の女子もおよそ一般人の顔立ちをしている者は少数であるから例外はいない。


 琴峰ナグサ、イケメンで父親は社長らしいが、それが普通の学校であるから、ここではアドにはならない。唯一あるとすれば、学年1位の成績であることぐらいだが、それで恋愛に踏み切るほど、驕った人間ではない。それほどなのだこの学園の男女仲は。この半年間で分かったことだ。うん、こいつはそんな浮かれたやつじゃない。俺が変に勘繰ってるだけだ。


「おれ、すk───」

「はい、ストップー。お前、弄られたいのか?おう?覚悟は出来てるか?」

「ああ、できちゃったんだ、好きな人が」


 あーくそ浮かれてらぁこいつ。めっちゃときめいちゃってるわー

 別にね、他人の恋愛感情を否定するつもりも、馬鹿にするつもりもないよ?俺には関係ないし、さっきのは常套句みたいなもんで、牽制のつもりで言っただけだし?

 それでも言ってきましたよ彼、しかも俺が相談乗れる訳ないだろ。恋愛したことあるように見えるか?女子の横を通っても存在が抹消されてるんだよ?彼女らの視覚情報から。無関心通り越して、意識外の存在、超越者(笑)だぞ俺は。


 ナグサの口が開く度に脳内自虐が止まらなくなったケイは堪らなくなって聞いた。


「けっ、けっきょく誰なんだよ、ナグサの好きな人」


 ナグサは僅かな身震いのあと、膝に顔を埋めながら言い放った。彼は、


「はくぎんのそうげつ....」

「うわあああああ」

「かああああああ」


 浮かれまくっていた。


「...手伝って欲しい」


 訂正、沈没寸前だった。


 こうして、俺の''恋愛仲介人''の役目が幕を開けたのである。




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