第4話堤防フィッシング
1歩1歩堤防に近づいてきた。波の音が大きくなってくる。かなり距離が近くなってきたが、まだ俺には気づいていないようだ。どうやら釣りに夢中になっている。急に近くから声をかけたら驚かれるのではと思って、どうすればいいのか迷う。近づいて良く見えるようになり、その人はどうも半袖半パンの男子学生のように見える。筋肉意外とあるし。羨ましい。横にあるバケツを見ると、そこには大量の魚がいる。
「すごい釣れてるな」
「夏だからな」
つい声を出してしまったが、驚く様子も見せず淡々と返してきた。
「あ、気づいてたのか」
「そりゃな。釣りばっかしてたから、周りや魚の気配に敏感になるんだ」
「特にカサゴにな」と付け足して自慢げな顔で海を見る。そしてまた1匹、イワシみたいなのを釣り上げた。素っ気なさそうに見えたが、目を輝かせながらこっちをみてくる。
「やってみるか?」
どうやら釣りに誘ってくれているらしい。
「興味は少しあるんだけど、釣りはこれまで一度もしてきたことないんだよな」
「興味があるだけで十分だ。釣りの経験がないならまずはサビキだな。特に必要なアクションも少ないし、小さい魚を狙うから初心者でもやりやすい。慣れてきたらフカセ、ルアーとかいろいろと挑戦できるし、まずは釣竿を握って感覚を覚えて、餌の種類もワームやイソメ、それに…」
「まてまてなんもわからん」
「とりあえず、ほい、やってみな」
いつの間にか手に釣竿を握っている。餌も付いていた。少ししつこい気遣いだが、興味が少しあるのは事実だ。せっかくだしやるか。
言われたように操作をすると、スルスルと糸が海の底に沈んでいく。少し竿を上げて餌を散らす。5秒ほど経過した。
「なんかツンツンって感覚あるんだけど」
「よし、リールを巻け」
「おう」
するすると、糸が巻かれていく。そして糸の先には何か動く影が。
「お、3匹も一気に釣ったか!しかもアジだ。初めてで複数釣るのはすごいぞ。やっぱりお前は才能があると思っていた」
「…どうも」
こう素直に褒められると返答に困って恥ずかしい。
でも、もっと釣っていたくなった。
その後も何度かアジやイワシ、あとたまにヒイラギとかいう聞いたことないやつも釣れた。
「このバケツの魚、全部持って帰るのか?」
「ああ、まあな。家で捌いて食べたり、友達に配ったりしてるぞ。そうすればいつか魚を好きになって、釣りも好きになってくれたらと思ってるが、なかなかみんな釣りに興味を示さん」
「それはまあ、かわいそうに。てか魚捌けるんだな」
「まあ一応、家は小さい食堂みたいなのをやってるからな。まあ親がやってるだけで、釣った魚も別に客に出しもしないが」
「食堂か。今日村を回ったときは見かけなかったな」
「ん、ここに観光に来てるのか?」
軽くいつも通り説明をした。特に説明をしても驚いた様子もなく、すぐにまた釣りを再開した。
最初はこんな夜中に釣りをしているから、恐る恐る話しかけたが、丁寧に教えてくれて、手伝いもしてくれる。すぐに仲良くなり、すっかり一緒に釣りを楽しんでいてしまった。
「え、もう日付回ってるじゃん」
気づけばもう12時を過ぎていた。さすがにそろそろ帰るか。
「ありがとな、始めてだったけど普通に楽しかった」
「それはよかった。俺はよくここにいるから、暇な時とかまた来てくれ」
「オニオコゼみたいに動かずにな」とまた付け足したが、まだその魚ジョークは何も理解できなかった。まあ、動かないようなやつなんだろう。
まだ少し釣りを続けてから帰るようで、先に堤防から出て道路へ戻る。後になって、名前を聞いておけばよかったと思った。眠くもなってあくびで目が濡れてぼやける。早く帰りたい。
うとうとしながら道を歩く。もう少しで家だ。
「今日はいろんな人に会ったな」
来て初日で、同年代の知り合いを多く作れた。こんな自分に優しく接してくれて、とても暖かくて嬉しかった。何日か前とは気持ちが段違いだ。
そんなことを考えながら歩いていると、前からも誰かが歩いてくる。
誰かとすれ違った。身長が小さくて、近くに来てようやくいるとわかった。薄い紫がかった髪が横を通り過ぎていった。後ろを振り向く。暗くてよく見えないが身長的に小学生、あるいは中学生の少女に見える。でももう日付を回っているし、こんな時間に出歩いていていいのか。危ないし家まで送った方が、と思ったけど、傍から見れば多分俺が不審者になるのだろう。それに、今は家まで帰っているだけなんだろう。
そうこうしているうちに、どんどん離れていってしまった。もう今日は帰ろう。早く帰ってベッドで寝たい。
家に着いてシャワーを浴びる。そしてベッドにダイブ……したいが、勝さんに借りているものだ。そっと入ることにした。なんだか、楽しい一日だった。幸せな気持ちで眠りにつく。
けど、少しだけ気がかりな事もあった。
よく見えなかったが、帰りにすれ違った少女の、一瞬だけ見えた顔は、悲しそうだった。
もりみさき @yuuuuun
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